第57話 意思の疎通
「ええ、構いません。冒険者組合に登録し、《カード》を発行してもらう、ですね?」
グレッグから説明された内容、その要点をとりあえず復唱した。
彼が言うには、この街において正規の手段で一番簡単に身分証を取得する手段はそれだという。
もちろん、トラン侯爵家の力を使うなら、他にも方法はあるという。
それらについても説明されたが、いずれも何かしらの問題点があった。
特に、カタリナが主導して使える方法ではなさそうだ、というのが一番大きかったが。
彼女の力で出来ることは。彼女のこの街の参事会での味方の一人であるところの冒険者組合長、彼に話を通すことによって、通常よりも《カード》発行について便宜を図ってもらうという方法だった。
まぁ、無難なところだろう。
《カード》は人の身分証明で最も普及しているものだが、発行できる団体は限られてくる。
冒険者組合はそのうちの一つであり、教会と違って主に冒険者管理のために《カード》を活用している。
記載内容も教会発行のものとは色々と異なる。
デザインもな。
彼らの発行するカードは、それ自体によって冒険者としての腕……つまりはランクというものを表すためだ。
もちろん、しっかりとランクは記載されるのでデザインで差をつける必然性はないのだが、その辺は遊び心だろう。
あとは、その方が確認しやすいというのもあるだろうな。
具体的には色で分けられていて、材質も異なる。
《カード》はその魔道具としての性質上、魔力を通す回路を張り巡らせる必要があるが、別に魔銀を使わなければいけないというわけではない。
ただの鉄でも、加工次第でどうにかはなるのだ。
その分、耐久性とかつけられる機能とかは減ってくるから、教会が貴族に発行するような《カード》とは違ってくるが、一般的にはそれで十分なのだ。
まぁ、だから冒険者組合の出すそれは、教会発行のそれが完全版とでも呼ぶべきものなら、簡易版とか機能限定版とか、そんなものだ。
高位冒険者のものに関してはほとんど完全版に近いらしいが、俺たちが発行してもらう予定なのは間違いなく一番ランクの低いものになってくるだろう。
つまり鉄製のものになるはずだ。
「その通り。冒険者組合長のフレスコ・メイン殿はカタリナ様を妹のように可愛がってくださっている方です。今回のことについても、詳しく説明すればきっと力になっていただけるでしょう。紹介状をお渡しするので、そちらを職員の方に提出していただければ便宜を図ってくださるはずです」
グレッグが自信ありげにそう言った。
ただ、本当にそうなるのかな、という気もする。
ある日突然、俺のような人間が急にそんな手紙を手渡しにやってきたら怪しまれないだろうか。
まぁ、カタリナと仲がいいのなら確認する手段はたくさんあるだろうし、そうしてもらえればすぐに分かってもらえるだろうが……。
一応、俺はその心配について口にしておく。
「私のような人間がそのような手紙を持ってきても、信じていただけるのでしょうか?」
これにはカタリナが答える。
「間違いなく。フレスコ様は非常に剛毅な性格をされておられますが、一度懐に入れた方には極めて優しい方です。私にも何くれとなく協力をしていただいて……ですから、きっと」
「……なるほど。分かりました」
その剛毅な性格、と言う表現はちょっと怖いな。
そう言う奴には覚えがあるのだ。
具体的には、俺がかつていた家の、騎士団長なんかがそう言う奴で、これがまた頑固で厳しいのだ。
そして最後には、剣で示せとか腕で見せろとかそんなことを言うんだよ……。
しかし、まさかカタリナたちにそんな文句を言うわけにはいかない。
ただ、問題が生じた時に頼れるように糸を用意しておくのは忘れないようにしなければ、と俺は思った。
だから言う。
「もしもなんらかの誤解が生じた場合……ご連絡申し上げても?」
これにカタリナは不思議そうな顔をしていたが、グレッグの方は俺の心配を理解してくれたらしい。
「それもそうですな……では、その際にはまた、ここを訪れていただければ。門番には話を通しておきますので」
そう返答してきたので安心する。
貴族の家に、そう何度も容易には訪ねることは普通は出来ないからだ。
許可をもらっておけば、連絡くらい取れると言うのはよかった……と思ったのだが、ここでカタリナが首を大きく傾げて、
「……? ノア様たちは、しばらくこのお屋敷で生活されるのでは? 宿などもないでしょう?」
と言ってくる。
これにグレッグは、まずい、と言う表情をする。
どうやら、この辺りについて主人と意思疎通をしていなかったらしい。
彼のような家宰にしては手落ちだな。
いや、カタリナに話したところで、これを言い出すのが初めから目に見えていたからか?
俺としては、宿については自分たちでなんとかしなければならないと考えていたし、グレッグもそのつもりだったからその点については特段触れずとも意思が通じ合っていたのだが……。
数も多いしな。
俺とキャスだけ、ならともかく、コボルトたちもいる。
彼らは晩餐の席であるここにはいなくて、別室で食事をとっているが、それは俺の方から頼んだことで、差別とかではない。
彼らはテーブルマナーとかがないので、カタリナと食べるのにはちょっと問題がある、との判断だった。
貴族の機嫌はどこで損ねるかわからないからな……。
実際、グレッグも家宰であるのに失敗しかけている。
気の毒なことだ、と思った。
カタリナは続ける。
「しばらく落ち着かれるまで、ノア様たちはここで何も心配されることなくお過ごしくださいな。グレッグ、頼みましたよ」
これにグレッグは、視線を泳がせるが、最後には諦めたらしく、
「……承知いたしました」
そう言ったのだった。
どうやら俺たちはしばらくの無料の宿を手に入れたらしかった。
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