第56話 連邦の政治制度
大分、やらかしたかな……?
先程のやりとりのことを考えて、俺は少しばかり不安になっていた。
というのは、この国の政治制度についてぽろっと口にしてしまったことだ。
あれは流石にその辺の平民がする話ではないからだ。
政治制度について大まかに理解はしているとしても、街の住民的にはなんだかえらい領主様と参事会が協力してこの街を運営している、くらいなものが大半なはずだ。
流石に商人とか職能団体の上層部とかになってくると話は違ってくるだろうが、それは彼らが参事会に参事会員として参加できる資格があるからだ。
そういうところにまず関わらない一般人は詳しくは分かっていない。
そもそも、政治機構に興味などあまり持たないだろう。
俺の場合は自らの所属する国のそれと比較して、他国の政治制度や機構について学んだから、この国のそれだって知っているのだ。
そういう前提がすっぽり頭から抜け落ちていた。
単純に本当に面白いな、と思ったのも大きい。
何せこの国、ユリゼン連邦の政治制度はかなり複雑だ。
俺の故郷たるオラクルム王国が伝統的な王政をとっているが故に、分かりやすすぎる、というのもあるかもしれないが、連邦制という複数国家の集合体であるが故に、必然、その内部は複雑になる。
元々は別々の国であった訳で、そもそも今もそれぞれの州の人間は、その州のことを自らの国だ、と考えている。
例えば、ここ、アルタイル州だとて、元はアルタイル王国、であったわけで、いまだにこの州の人間は自分はアルタイルの人間だとは考えてもユリゼン連邦の人間だ、とはあまり考えない。
意識に上らないと言えばいいのだろうか。
もちろん、知識としては分かっているだろうが……。
そうなってしまうのにはもちろん理由があって、それぞれの州政府は、それぞれの州によって政治機構や制度が大きく異なる。
連邦の土地全てに適用される法律ももちろんあって、それが基礎となり一つのユリゼン連邦として機能していることは事実だ。
しかし、細々としたことはそれぞれの州政府が決めていることも多いのである。
例えば、貴族制度の有無とか……。
ユリゼン連邦に所属する州全てが、元々王国だった、というわけではなく、貴族制が元々なかった国もあることからそんな風になってしまっている。
ここアルタイルについては元が王国であり、連邦に加入するにあたり、その存続は問題になった。
ただ、国や土地を治めるというのはそう簡単なことではない。
当時のアルタイルは国内が揉めていたとかそういう事情も特になく、ただ、外敵……具体的にいうのなら、それこそ俺の故郷であるオラクルム王国などからの脅威を感じて、より大きな幹の下に、という考えて連邦に入ることを決めた。
そのために、市民たちに革命の種が育っていたとかいうこともなかったので、貴族制を維持することに問題は生じなかった。
けれど、連邦政府たる連邦議会に、それぞれの州を代表する州議員を送り込むためには、市民の政治参加も要請されていた。
そのために、貴族制を維持しつつも、都市には都市参事会を置き、参事会員には市民もつけるような制度設計となった。
もちろん、全ての市民が、というわけではなく、職能団体の代表とか、ある程度以上の資産を持つ商人とか、そう言った限定はついているけれど、ここに市民の政治参加が可能となり、貴族と市民との政治的距離は近づいた。
それでも、それぞれの貴族の土地所有とか、特権とかは維持されているし、武力などについてもあまり変化はないので力の有無には大きな差があるのも実情だ。
けれど、州を代表する議員となり、連邦議会に参加できれば、市民であっても大きな力を持てる。
必ずしも貴族優位といえないわけだな。
だからこそ、この街、ミドローグにおいても、トラン侯爵家の令嬢であるカタリナはそれほどの強権を振るえない、ということだ。
トラン侯爵本人ならともかく、彼女はあくまでも父親から任じられて都市参事会員の地位についているに過ぎない。
つまりこれは他の参事会員と大して立場が変わらないということだ。
俺がカタリナの立場なら、父親の権力をちらつかせたりしながら、他の参事会員に圧力をかけたりして権力の掌握を考えるだろうが、話をなんとなく聞く限り、カタリナはそこまではやっていないようだった。
というか、父親からそれをしないように言われているようだったな。
竜は自らの子供を魔境に投げ入れる、とはよく言ったもので、トラン侯爵も似たような心境なのかもしれない。
このミドローグという小さな箱庭くらいは、自分の力だけで治めてみせよ、と。
もちろん、自分の力といっても本当にカタリナただ一人でというわけではないのは、トラン侯爵家本家の家宰であるらしいグレッグをつけていることからも分かるが。
それにしたっておそらくは敵対勢力からのものだろう、刺客を派遣されるまでの状況になっていると想像しているかどうかは謎だな。
いくら本家から助力があまり望めない立場にいる、と考えていても、カタリナ本人にちょっかいを出すのはまずいと普通は思う。
だからそこまではされないだろうから頑張ってこい、ぐらいの感覚だったのではないか、と俺は思うが。
まぁ、グレッグが今回のことは本家に報告するだろうし、俺が心配することではないか。
それよりも今必要なのは……。
「ノア殿、では、そういうことでよろしいですかな?」
食事の席で、グレッグがそう言った声に俺は顔を上げた。
もちろんグレッグは共に食事をとっているわけではなく、あくまでも脇に控えているが、カタリナから説明を求められて今の今まで、色々と話していたのだ。
内容は、俺とコボルトたちの身分証についての話だった。
そう、俺にとって大事なのはそこだ。
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