第54話 同乗
「……本当によろしかったのでしょうか? 聞けばトラン侯爵閣下のご令嬢でいらっしゃる。私のような無頼のものと、このように馬車に同乗されるのは……」
そう言ったのは、馬車の中、カタリナの目の前に座る少年だった。
歳の頃は十四であるらしく、カタリナとほぼ同じである。
あまり整えてはいない、荒い黒髪と、理性を感じさせるが同時に野生すらも宿す、獣のような黒目が印象的だった。
明らかに真っ当な職になどはついてなさそうに思えるが、しかし礼儀を何も知らないというわけでもないというのは話ぶりからも分かる。
カタリナの隣に座る家宰グレッグも、彼……ノアを不思議そうな目で見つめている。
実際、カタリナから見ても、かなり不思議な少年だった。
存在感も、そしてあれだけの数いた襲撃者たちを一掃してしまったその手腕も全て含めて理解が及ばない。
無頼のものだというが、これだけの能力をそのような者が持っているというのか。
それに連れだという獣人たちや、テイムしたペットだという猫系の小型魔物も、それ自体はおかしくはないのだが、なんとも言い難い違和感のようなものを感じる。
本来なら関わらない方がいい、危険な空気を持った人物たちだ、とカタリナは感じていた。
けれど感謝は伝えなければならないし、伝えたかったため、こうして一緒に街まで行くことを提案した。
もちろん、グレッグははじめ、難色を示していた。
けれど、彼がいかなる報酬も必要がない、特に何もいらないと去ろうとしたのを見て、色々と考えを改めたらしい。
グレッグはそれから、その優秀な家宰としての技能……話術や交渉術で以て、彼から要望を聞き出し、それに満足してカタリナに提案してきた。
その提案はトラン侯爵の娘であるカタリナにとっては容易に実現できることで、だからこそ乗ることにした。
ただ、グレッグは馬車に同乗させることまでは提案していないと言うだろうが。
これについてはカタリナの独断だった。
この少年と話してみたい。
自覚はしていなかったが、カタリナはノアに知らず強い好奇心を覚えていたのだった。
「いいえ、気になさらないでください。無頼の、とおっしゃいますけれど、命の危機に晒されていた私たちをすんでのところで助けてくださった方なのです。今更、身の危険が、などとは申し上げませんわ」
「そうおっしゃいますが……グレッグ殿。家宰である貴方からしてもこの状況は望ましくないのでは?」
「私はお嬢様のご意向に従うだけですので……それに、ミドローグの街へ行かれるのでしたら、共に向かった方が良いのは間違いありませぬ。馬車に同乗されていれば正式なお客さまであると衛兵たちにも説明しやすくありますので……構わないかと」
グレッグのこの説明は一応の、というか本当は本意ではないのだろう。
しかし貴族家の家宰として一流の、丁寧な言葉遣いと仕草、それに表情によって不快に思わせないように話していた。
だから普通ならそのまま受け入れて気にしない。
特にそれが平民であるのならば。
貴族であっても、もののわかっていない貴族子息とか、何も考えていない令嬢とかなら、まさにそうなることだろう。
けれど、カタリナはこの時のノアの表情に感じるものがあった。
特段、グレッグに言い募ろうと口を開こうとしたわけでも、不満を示したわけでももちろんない。
けれど、少しだけ瞳の中に感情が覗いたのだ。
まるで、
……この家宰も大変だな。
そんなことを思っているかのように。
ただの気のせいかもしれない。
けれど、そうではないのなら……やはり、この人は、面白い人だ、とカタリナは思った。
その興味は貴族令嬢としてあまり望ましいものではなく、隣のグレッグがさらにげんなりとした表情を浮かべていることにカタリナは気づいていなかった。
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「……この獣人たちを街にですか? 身分証は……なるほど、後で用意されると。難民ですか……確かに獣人たちはそういった状況に置かれやすいですし、ついこないだも、そのようなことがありましたからね。獣人の多いミドローグとしても受け入れることに問題は……もちろん、トラン侯爵家がある程度の責任を負ってくれると言うのであればですが。ええ、でなければ無尽蔵に増えることになりますから……はい、ではそういうことで」
正門にある衛兵詰所に常駐している文官が、少しばかり神経質そうな口調でグレッグにそう言った。
ここはアルタイル州、トラン侯爵領の地方都市、ミドローグ。ここはカタリナが父より領政を学ぶようにと任された街である。
ただ、カタリナが一人で治めていると言うわけではなく、カタリナはあくまでもミドローグの都市参事会員の一人として、限定的な力を与えられているに過ぎない。
ただそれでも、他の参事会員のほとんどが、トラン侯爵の息のかかった者で、カタリナにとっては権力闘争に明け暮れなければならないような状況にはない。
だからこそ、この程度のこと……ミドローグの住人として、普人族の少年一人と獣人たちを十人と少し、それにペットである猫を一匹程度受け入れるくらいのことは容易にできる。
それでもどこか文官の感じが悪いのは、カタリナの政敵が一人もいないと言うわけではないからだった。
カタリナはそのことについて、少年に謝る。
「嫌な思いをさせて申し訳なく思いますわ……トラン侯爵家の権力であればこのようなこと、簡単にできるだろうとお思いでしょうが、実際にはこんなところです」
「いえ、この街は確か、都市参事会が治めていたと記憶しております。トラン侯爵領であるといっても、侯爵家の言い分が全て通るような機構にはなっていないのですから、当然かと。やはり連邦は政治制度が複雑で面白いですね……」
返ってきた言葉に驚いたのは、カタリナのみならず、家宰のグレッグもだった。
どう考えてもその辺の無頼の輩が言えることではないからだ。
それに少年もふっと気づいたのか、
「あっ、いえ。そのようなことを旅の途中で寄った宿で、商人たちが話しているのを聞いたもので……」
言い訳のようにそう口にしたが、カタリナの興味はさらに強く燃え上がったのだった。
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