第52話 騎士団にて
「……え? いやいやいや、父上! それはちょっと無理ですよぉ」
手を顔の前で振りながら、冗談でも言っているの?と目の前の人物の正気を疑うように笑いつつそう言ったのは、十代半ばほどの少年、クザン・ローグ。
オリピアージュ公爵騎士団の従騎士であり、そして公爵騎士団の騎士団長であるバッハ・ローグの実の息子であった。
そんな彼の目の前にいるのは当然、彼の父であるバッハであり、ひどく厳しい表情で実の息子のことを見つめている。
こうやって二人が並んでいるところを見比べてみると、似ている、とか親子だ、と一目で看破できる者は滅多にいないだろう。
バッハの方は実に厳しい姿勢の、しかし真面目で実直な騎士、と言った様子だが、息子の方は軽薄そうに見える若者で、その動きもどこか適当に感じられるからだ。
そんな息子の様子にバッハは慣れてはいるが、今回ばかりはとため息をついて、
「無理も何もない。お館様からの直接のご指名だぞ。是非も無い。奥方様も、それにゼルド様もお前ならば、と納得しておられる。お前以外にいない」
「なんでそんな信頼が厚いんですか……? 無理ですって! 《煉獄の森》と言ったら化け物しかいない魔境ですよ!? あんなところに従騎士一人行ったところで死ぬだけですから!」
父親の無茶な指令は、まさにそれだった。
正確に言うのならば、彼の主人であり、そしてもちろんクザンの主人でもあるオリピアージュ公爵、セトの指令である。
確かに騎士団に入る時に、公爵及び公爵家に対する命を賭けた忠誠を誓ってはいる。
けれどそれはあくまでも納得できる死に方ならば、と言うだけであって、ここまでただ死ねと言われているようなことを平気な顔で出来るというわけでもない。
それがクザンの言い分であった。
父親の方から言わせれば、それが命令ならばたとえ納得できずとも死ぬのが騎士だ、と言うのだろうが、自分はそうではない、と思っているクザンだ。
だからこそ、押し問答を今、繰り広げている。
けれど、そんなクザンにバッハはぽつりと言う。
「……だが、ノアは行った。そして今も生きている……」
そう、それがそもそもの理由だ。
だから彼を探しに、いや、無事をその目で確認しに行けと、そう言う話だった。
それについては、クザンも否やはなかった。
ノアは、将来の主人。
そう考えて訓練を積んできている。
現オリピアージュ公爵のために命を捨てるのは、納得できなければ嫌だと思ってしまうが、それがノアのためだったら。
多分、父が言うように、納得できずとも笑顔でそれを選ぶかもしれない。
そう思ってしまうくらいには、ノアに惚れ込んでいた。
それなのにだ。
ノアは追放されてしまった。
その理由を詳しくは伝えられてはいないが、何かとてつもない問題をやらかした。
それ以外に考えられなかった。
教会が捜索に来たりもしたから、余程のことなのだろう、とすぐに察せられた。
だから言ったのだ、とクザンはそんな公爵家の様子を見て思った。
あの将来の主人は、自分のことを普通だとか平凡だとか思っている節があるが、やらかすことはかなり異端なのだ。
よくよく注意していないと、いつかこの家も追い出されますよと、ことあるごとに言ってきた。
彼は妙な表情をしつつも、分ったと、気をつけると言っていた。
それなのに……。
自分の忠告を聞かないからだ、と。
ただ、それでも《煉獄の森》にわざわざ送られるほどの罪を、あの人が犯すとは思えない。
そうも思っていた。
出来ることなら捜索に行きたい。
公爵騎士団など飛び出して。
その機会が、やってきた。
だから今、自分は行くべきだ……。
そう思うものの……。
「クザン、何を悩んでいる? ノアを探しにいかせろと、あれほどしつこかったお前が、今になってなぜ怖気付く? 言い訳を繰り返す必要などない。誰も反対などもう、しないのだから」
バッハの指摘に、クザンはその顔に貼り付けていた笑顔が剥がれ、唇を噛んだ。
「父上……僕は。僕は怖いのです……ノア様が、僕を詰るのではないかと。お前など必要ないと、いざと言うときにそばにいなかったお前などと……そう言われるのが」
そうだ。
多分理由はそれだけなのだ。
だからことさらに軽薄な態度をとって、拒否しようとした。
しかしバッハはそれを最初から見抜いているのだろう。
「馬鹿なことを。ノアは……あの方は、そんなに狭量な方ではないことなど、お前の方がよく知っているだろう。だからこそ、お前をも受け入れ、そして心酔させた。まぁ、あの方にはそんなつもりなんてなく、ただ同い年の子供と遊んでいたらいつの間にか仲良くなっただけ、なのだろうがな。そういうところが、きっといい公爵になるだろうと、期待していた……」
なのに、なぜこんなことに。
そんな言葉を飲み込み、バッハはもう一度息を深く吸う。
それから、クザンの肩に手を当てて、はっきりと言った。
「……従騎士クザン・ローグ。お前に命令を言い渡す。密かに《煉獄の森》周辺に赴き、ノアを捜索せよ。なお、この際に問題となる身分は全て、なかったものとされる……意味はわかるな?」
つまり、従騎士の身分は奪われると言うことだ。
ノアを今、追いかけるということはそういうことだ。
でなければ、公爵家にも、そしてバッハにも迷惑がかかる。
逆に公爵家やバッハからすれば、その方が身軽になれるし、国家間の行き来も容易になるという判断だった。
手助けについても普通に行うが、ただ形式上そうしておく必要がある。
そういう話だった。
それでも普通なら断る。
身分は重要だ。
なければ人は頼るものなどなくなってしまう。
それを奪うにはそれなりの理由も必要で、だからクザンは何らかの大きな問題を起こしてそうなったことにされるだろう。
つまり、もう従騎士という身分には戻れない可能性も高い。
それでも、クザンは言った。
「承りました。必ず、ノアを発見し、その旨、報告いたします……!」
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