第5話 その生き物は
それはとても無様な戦いだった。
いや、戦いとすら呼べない何かだったんじゃないかな、と思う。
俺はこれでも一応、バッハから剣術の指導を受けて、それなりの腕……具体的には一般技能で《剣術3》と表示される程度の腕前にはなった。
これがどの程度の腕かと言えば、初心者に毛が生えたようなものに過ぎない。
そもそも剣術技能は、上位技能がいくつかあるので、通常の《剣術》についてはたとえその最高位《剣術10》になったとしても、どんな魔物でも倒せるとかそう言うことにはならない。
それでも、10まで修めれば大したものなのだが……まぁ、そんなところまで全く到達する気配のない俺の腕がどの程度か、だいたい想像出来るだろう。
とはいえ、そうは言っても馬鹿にしたものではなく、ゴブリン程度ならば十分相手には出来るくらいではあるはずだった。
バッハにも、実戦経験はないとしてもそこそこやれるようになったなと褒めてもらっていたくらいなのだ。
それなのに、である。
現実は非情だった。
剣を振れば息が乱れ、目の前にゴブリンの棍棒が迫ればこれほど恐ろしいと感じるのだと言うことを、俺は今日、初めて知った。
全く危険のないところでの木剣を使っての模擬戦の中には、そういった恐怖心に慣れると言う意味合いもあったはずなのだが、実際に殺気を向けられると、その恐ろしさは段違いだった。
それでも、ここで死ぬ気で戦わなければ、まさしく俺は今日ここで死ぬのだと言うことだけは分かっていた。
だから必死で戦った。
無様でも、泥臭くても、体を棍棒で叩かれ、皮膚をその辺の木の枝で切り、膝を石ころで擦ってジクジクとした痛みが襲ってきても、足を一歩でも止めればあの魔物たちは俺の命を容易に奪うのだと言うことを、理解していた。
どれくらい戦ったことだろう。
もう時間の感覚もなくなり、息もしているのかしていないのか分からなくなった辺りで、やっとゴブリンたちの攻撃が収まった。
その理由は明らかで、肩で息をする俺の足元に、三匹のゴブリンが、物言わぬ骸となって転がっていた。
俺が倒したのだ、魔物を。
人生で初めての経験だった。
生き物の命を奪う、と言う経験は全くないわけではなかった。
解体などの経験を積むために、家畜の屠殺の手伝いをするようにバッハに命じられてやったこともある。
そんなことをやらされる貴族令息など、滅多にいないと思うが、バッハは元は冒険者だったらしく、その辺りの厳しさが他と違った。
ただ、その経験が今は生きているのか、確かに生き物の命をこの手で奪ったと言うのに、まるで衝撃を感じなかった。
そこにはただ事実としてゴブリンが死んだ、と言うそれだけのことがあり、そしてとりあえず危険は去ったのだというホッとした気持ちが浮かんできた。
「……いや、それだけじゃないか。生きてるか……?」
戦いが終わった、と理解すると、思考がやっと戻ってきて、俺は何のためにゴブリンたちとの戦いを選択したのかを思い出す。
それはあのゴブリンたちが、碌でもない行為をしていたからであり、その対象はおそらくは小さな動物だった。
今もそれは確かにその場に横たわっていて、俺は慌てて駆け寄る。
そしてその命について確認してみた。
「……息は……しているな。怪我も意外になさそうだ……骨も折れてない」
口元に手を寄せると、確かにそこには空気の流れがあった。
小さな体の、前足や後足についても触れながら確認するが、いずれも折れているような感触はない。
もちろん、俺は医者でも何でもないから本当にその診断結果が正しいかどうかはわからないが、一応、命の危険はなさそうに思えた。
「よかった……でもこの場に放置しておくわけにはいかないか。それに……こいつらの死体からは離れた方がいいだろうしな……その前に素材はもらっておこう。何があるか分からないし……」
口にする必要のない、独り言を俺は言う。
もちろんそれは、自分の精神の平衡のために。
周囲に魔物の気配があったら流石に黙り込むけれど。
ちなみに素材だが、ゴブリンを始め、魔物たちの体は武具や魔導具の素材になるために重宝される。
とは言っても、ゴブリンくらいだと、一般的に使える素材はたった一つだが。
短剣でそれぞれのゴブリンたちの心臓近くを抉る。
するとそこから、小さな小石のような物体がころりと出てきた。
「……《魔石》だ。本当に持ってるんだな……まさか初めての魔物討伐が、家を追い出された直後になるなんて思ってもみなかったけど……なんか感無量だな。生きていけそうじゃないか?」
自分を鼓舞するためにそんなことを言ってみる。
でも、現実が厳しいままなことも十分に理解していた。
ゴブリン三匹程度を倒せたところで、この煉獄の森を生き抜けるはずなどないと言うことを。
でも、倒せないよりは倒せた方がいいことは間違いない。
悲観的なことはこれ以上考えず、まずは出来ることからやっていこうではないか……。
「《魔石》もとったし、とりあえず拠点……泉のところに戻るか。あそこも移動した方がいいかもな……おっと、この子も連れて、と」
未だ意識を失ったまま横たわっている動物を優しく抱き上げる。
可愛らしい生き物だった。
なぜこんな森にいるのか少しばかり不思議だが……それは子猫だった。
紛れもなく。
「お前も俺も、碌でもない場所に紛れ込んだ異物だよな……お互い、頑張って生きていこうぜ……」
聞いているはずもないのに、その子猫に独り言のように話しかけながら、俺は泉の拠点へと戻っていく。
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