第47話 決着
「……アグアグアガォォォ!!」
何を言っているのか全く聞き取れないような叫び声を上げながら、邪樹人がこちらに近づいてくる。
腕……というか、枝をこちらに数本伸ばしつつだ。
あれに触れてはならない。
ただの樹木の枝のようにしか見えないが、人間の腕のように動かすことも出来るのだ。
触れれば引っ掴まれるのは目に見えている。
さらに……。
「……!? くそっ!」
後ずさろうとしたところ、地面から魔力が吹き上がってくるのを感じた。
そこを見ると、細い樹木の根のようなものが俺の足に巻きついていた。
確実に目の前の邪樹人の仕業だ。
地属性魔術にはこのような魔術はないから、植物属性魔術になってくるだろう。
幸い、あまり強度は高くないようで、力を入れて足を引くと、ぶちぶちぶちっ、と音を立てて切れた。
そのため、邪樹人の枝を逃れることが出来たが、こういう搦手は地味に面倒くさい。
ここは森であり、足元には根がたくさん生えているのでそもそも気を配りながら戦ってはいる。
しかしそれはあくまでも、既に生えている根や蔓に引っかからないように避けるくらいの感覚であって、自発的にうねる様に足に絡みついてくる植物の蔓に気を配らなければならない訳ではなかった。
けれど、今の魔術を見る限り、まさにそういうことを気にしなければならないのだ。
これは地味に面倒くさいことだった。
早いところ決着をつけないと……。
まずいのは決して俺だけではない。
マタザたち、コボルトたちのこともある。
向こうはそもそも数が違うから、邪樹人一匹相手なら問題はないだろうと想いはするが、絶対はない。
誰も失わずにここを攻略するのだ……!
「……にゃっ」
そんな俺の方に、ふっと合間を縫ってキャスが降りてきて、肩を叩き、飛んだ。
たった一瞬だったが、彼女の言いたいことを俺は理解する。
焦るな。
そういうことだろう。
今の俺にはかなりの焦りがあって、それが行動選択を誤らせる可能性が高かったように思う。
けれど、少しだけ頭が冷えた。
キャスには本当に助けられるな……。
街に行けたら、何か良いものでも買ってあげたいものだ。
ほとんど今の俺は無一文だけどな。
一応、アトが活動資金にと街に着く前にお金をある程度くれるという話だから、その辺の心配はいらない。
まるでヒモのようだが、そうなる代わりに《煉獄の森》でこうやって強敵と戦っているのだから、代わりたい奴はまぁいないだろう……。
くだらないことを考えながら、邪樹人の攻撃を一つ一つ避けていく。
さらに冷静になれて、邪樹人の枝の動きにパターンがあるのも見えてきた。
確かに他の個体よりは強力で、力もあり、パターンも多いように思うが、それでもそこまで複雑な動きは出来ないようだ。
枝の数が多いから、その手数は無限にあるような気がしていたが、良く見ればそんなこともない、というわけだ。
恐れていた魔術にしても、間髪入れずにずっとこちらに放たれている訳ではないようだ。
足元の蔓が蠢く前に、邪樹人は一瞬の集中を要するようだった。
それさえしっかりと観察できていれば……。
「……ここだっ!」
蔓が足に巻きつく前に避けることが出来た。
そのままの勢いで、俺は邪樹人との距離を詰める。
「ガァッ!?」
邪樹人はそれが予想外だったようで、樹皮がそのまま顔の形に成形されたような顔に器用に困惑の表情を浮かべ、後ずさろうとした。
けれど、別に邪樹人と戦っているのは俺だけではないのだ。
横合いから、シュッ、と静かな音が飛ぶ。
それは邪樹人の枝を二本、切り飛ばした。
「にゃ!」
よっしゃ、とでも言っているかのようなキャスの声が聞こえた。
彼女の適切な補助が、いいタイミングで入った、というわけだ。
太めの枝を一本失い、邪樹人はバランスを崩す。
俺から遠ざかろうとしている最中だったので、なおさらだ。
そして、そんな大きな隙を俺が見逃すはずもなかった。
少しばかり、俺と距離があるのは確かだ。
けれど、俺にだって、遠距離攻撃くらいはある。
アトからしっかりと模倣し学び取ったそれがな。
「……《飛舞剣》!」
技能名を叫びながら俺はその技を放つ。
技能名は別に言わずとも発動するのだが、言った方が正確性や威力が少しばかり増すことは知られている。
その理由は、込められる魔力や闘気が瞬間的に増えるからだ、というものから、本人のやる気がそのまま技に影響するのだという精神論まで色々言われている。
実際のところは解明されていないが、事実ではあった。
だから、時と場合によってではあるが、技能を放つとき、その技能名を叫ぶことは普通にある。
詳細を教えたくないからと言わない場合もあるし、特に聞かれて問題ないから、とか、周囲の仲間たちに効果範囲を教えて相打ちを防ぐために言う、とかそういうこともある。
今回は、特段叫んだところで誰も聞いてないし、邪樹人だとて技能名を認識するわけもないから問題ないパターンだな。
そして、俺の放った《飛舞剣》は確かに邪樹人の枝や頭部に命中し、大きな傷をそこに刻み込む。
マタザたちの《飛剣》とは威力も大きく異なり、彼らのそれでは出来なかった、飛ぶ斬撃のみによる《核》の破壊すらも、俺はやり遂げることができたのだった。
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