第4話 水の確保
「……助かった。これで干からびて死ぬ危険は回避できそうだ……」
ホッとしてそうつぶやいてしまったのは、目の前に小さくはあるが、泉を発見したからに他ならなかった。
大きな湖とかでもよかったが、そう言う場合は正直、魔物が水を飲みにきていないか周囲をかなり警戒しないと危険なので、むしろこれくらいの泉でよかったと思う。
チラリと確認すれば全体が視界に入り、俺以外に動物がいないことが明らかに分かる。
それを確認した後、俺は水の濁り具合や、泉の中に動物の死骸などないか慎重に確認してから、実家の護衛連中が置いておいてくれた金属製の容器に掬って入れた。
それから、その辺の石を拾い集め、その場に簡単な台を作り、その下にここに来るまでの間に拾っておいた適度な枯れ木を敷いてから、呪文を唱える。
「……火精よ、我が願いに応え、ここに僅かなる火を与えたまえ……《小火》」
すると俺の体から何かが抜かれたような感覚と共に、目の前……つまりは、水の入った容器の下、重ねてある枯れ木の中央部分に力が集約するのを感じた。
魔力の集積だ。
それは俺の願いに応えるように、ぽっ、と小さな炎となって現れる。
火属性魔術だ。
俺はそれほど魔術師として高い才能を持っているわけではないことは、《カード》に記載の一般技能欄の《火属性魔術2》の数値で分かる。
ただ、2であっても最低限の魔術くらいは使うことができる。
そしてそれはこのようなサバイバルの場においては非常に有用なものなのだ。
小さくても火を作れる、と言うだけで野生の動物や魔物たちを避けられる可能性はぐんと高まるからだ。
火など全く恐れたりはしない魔物も当然いるが、多くの動物や魔物は根源的に炎を恐れることは知られている。
だからこそ、人間よりも魔物の方がずっと強いこの世界で、俺たち人間が生きる場所を確保出来ているのだ。
火は、力なのだった。
ただ、正直なことを言えば《火属性魔術》よりもまず《水属性魔術》を持っていた方が役に立っただろうが……俺は身に付けていない。
魔術というのには適性というのがあって、俺は《火属性魔術》と《風属性魔術》しかそれがなかったんだよな……。
一般的な魔術に対する適性から見れば悪くはないのだが、貴族の中で見ると平凡、と言ったところだろう。
才能のあるものたちは、属性魔術に関しては、基本四属性……つまりは、火、水、風、土の全てを持っていたりするから。
まぁ、それでも魔術学院でも主席クラスが持っている程度で、普通の貴族子弟は俺と同じくらいのものだが。
父上は基本四属性全てを持っているんだよな……俺はその才能を受け継げなかった、というわけだ。
弟のゼルドは幸い、父上の才能を継いだようで、四属性全てを持っている。
俺がこうして追放されても、家はあいつが継いでくれれば安泰だろう……出来れば俺が継ぎたかったが、今となってはどう逆立ちしたって無理な話だ。
考えるのはやめよう。
それよりも、今は水だ。
煮沸すれば生水を飲むよりもずっとマシだ、という考えから沸騰させてしばらく経つ。
「そろそろいいんじゃないかな……」
そう思って俺は火を止めた。
それから、金属製の容器の柄の部分を、火傷しないよう厚手の布で覆って持ち、少し離れた場所にこれまた手持ち無沙汰な時間に作った台の上に載せる。
冷めるのを待つためだ。
流石に熱々の状態では飲めないからな……。
まぁ、そんなに時間はかからないだろうさ。
そんなことを考えていると、
「グギャギャ!」「ケケー!」「カカッ!」
という、妙に愉快な鳴き声が、俺の耳に入ってくる。
距離は……それほど近くもなさそうだが、十分に聞き取れる距離だからうかうかしてもいられない。
確認しにいかなければ、気づけば後ろに近づかれて襲い掛かられる、なんて事態も招きかねないだろう。
俺は仕方なく、ここまでえっちらおっちら背負ってきた布ぶくろをその場に放置したまま、情けで与えられた短剣を手に、静かにその声の方へと確認に向かうことにした。
この《煉獄の森》は危険な魔物たちが生息する魔境ではあるが、すべての魔物がそうである、というわけではない。
一般的な魔物が生息しているのはいうまでもない話だ。
世界のどんな場所にも虫がいないようなところは余程の極寒地帯とか、極限地帯とかでなければ考えにくいように、食物連鎖の最下層を下支えする存在というのはこんな場所にだって、いる。
少なくともそう言われている。
本で読んだ。
どこまで信じたらいいのかは正直疑問ではあるが、今はそれを信じて動くしかない……。
そんな俺の知識と照らし合わせると、先ほどの鳴き声を出した魔物の正体は……やっぱりな。
俺は低木と草むらの間に隠れつつ、その魔物たちを発見する。
緑色のデコボコとした肌、魔女のように高い鼻、身長は人間の子供ほどで、頭身は四頭身くらいだろうか。
持っているのは棍棒のようだった。身に付けている衣服は……ボロい腰布か、あれは。
そんな魔物。
つまりは……。
「……ゴブリン。どこにでもいるな、あいつらは……ん?」
しかし、そんなものよりも気になる存在が、彼らの足元にいた。
何か楽しそうにしているのは見てて分かっていたが、何故なのかは声だけではわからなかった。
けれどこの距離まで近づいて、それがなぜなのかがわかった。
ゴブリンは全部で三匹いたわけだが、その足元で何かがもぞもぞ動いているからだ。
ゴブリンたちは、それを足蹴にしたりして楽しげにしている。
動物を……弄んで。
他者をそのようにして喜ぶ邪悪さが、彼らにはあるのだ。
異様に、腹が立った。
それは、他人から弄ばれたように人生が最悪のものになってしまった自分と、その小さな生き物を重ね合わせてしまったからかもしれない。
愚かなことかもしれないが、俺は気づけば短剣を手に立ち上がり、
「うぉぉぉぉ!!!」
そう気勢を上げながら、奴らに襲いかかっていたのだった。
読んでいただきありがとうございます!
後少しで日刊ハイファンランキング表紙に入れそうな空気感を感じております……!
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