第38話 告白の決意
どうする?
一体どうする、俺!
突然のアトの登場に、俺の頭の中はかなりパニックになる。
それでも一応受けてきた貴族の教育のお陰で、態度にはそれほど出てはいないはずだ。
実際、アトも俺の態度に関しては不審な顔はしていない。
ただ、どこか輝くような微笑みで見ているだけだ。
あの表情はどういう意味なのだろうか。
わからない。
というか、どこまで見られたのか。
今のは、と尋ねたということは、やはり《飛舞剣》を放っているところは見られたと見て間違いないか……。
そんな思考が俺の頭の中を一瞬で過ぎ去ったあと、俺があまりに慌てすぎて特に何も言葉を発せなかったのでアトの方が先に口を開いた。
「……流石ノア様ですわ!」
それは驚きの言葉だった。
流石?
何が……。
アトは続ける。
「まさか、これほどの短期間で《飛舞剣》を身につけてしまわれるとは……。訓練の場では《飛剣》すらもおぼつかない様子でいらしたのに、本当は上位技能である《飛舞剣》の方を修められていたなんて……あぁ、なるほど! 部下の皆様のやる気や自信のことを考えて、あえてあの場ではできないふりをされていたということですわね!? お心遣いも完璧ですわ……このアト、改めてノア様には感服いたしました。我が魂の主人にこのような言い方は不敬かもしれませんが、語弊を恐れずに申し上げるなら、そう、見直しましたわ……!」
あぁ、あぁ。
言われるごとに何かがゴリゴリと削られていくのを感じる。
なるほど、確かにアトから見るとそう見えるのか。
そのことについては納得した。
しかし実際のところ、俺はズルをして技能を使っているに過ぎないのだ。
しかもまだ借用しているだけで、自らの技能として完全に身につけられたわけではない。
何十回何百回も使用した上で、やっと《仮》が外れて1の表示になるのだ。
そこまで当然、まだ至れていない。
それなのにアトが想像してもいなかった成果を、俺が出したかのように認識されて、正直に言って恥ずかしかった。
俺には全然そんなこと出来ていないというのに。
見直すどころか見下げ果ててくれ、みたいな酷く自分を卑下したい心すらも生まれてくる。
まぁ、自分の技能を使って得た成果ではあるので、そこまでは思う必要はないかもしれないが……。
ただ、ふと思う。
本当にこのままアトにそう認識されたら、まずいのではないか、と。
彼女は俺たちを鍛えてくれている。
戦力を適切に把握し、俺たちが彼女なしでもここで生き残れるように、とだ。
そんな彼女に誤った情報を与えてしまうと……最終的に俺たちが危機に陥ることになる。
具体的には、俺の戦力を高く見積り過ぎて、必要な実力まで到達していないのにそう判断されてしまうということだ。
彼女の今の表情の輝きから、その高い可能性を感じる……。
ふと、もう、諦め時なんじゃないか?
そう思った。
ここまで、俺はアトについて、《従属契約》で従えた存在であるにしても、技能それ自体が怪しげだし内容も詳しくわかっていないのだから、深く信じすぎるのは危険だと考えてきた。
しかも、彼女はその辺の魔物であったキャスやマタザたちとは異なり、歴とした教会所属の人間で、教会は俺がこのような場所に追放されることになった原因に他ならない。
恨みがある、というわけではないが、敵対する存在であるのは間違いなく、しかもアトは契約以前はその力を俺たちに向けていた。
だからこそ、警戒しなければ、とそう思ってきた。
けれど……。
今の彼女はどうだろう。
客観的に見て、もうそのような扱いをする必要がある存在とは思えない。
俺たちのために色々な骨折りをしてくれて、料理も作ってくれるし、衣服の世話すらもしてくれている。
全員に厳しいが、それは訓練の時だけであって、基本的によく見てくれているのも理解している。
教会の情報もくれるし、おそらくはもうそこに戻りたいとは思っていないだろうに、俺たちのことを考えて一旦戻ってくれる気でもいる。
ノアよ、今の彼女の格好を見ろ。
元々真っ白で、傷一つなかったその衣服は今、多量の魔物を倒し、また森の中で過酷な生活を俺たちとしてきたが故に、最初の頃の純白さを完全に失い、また解れや破れも見える。
もちろん、彼女は裁縫等の技能があるから、十分な手当はなされているものの、本来彼女はこのような見窄らしい格好になる必要のない地位にいて、こんなに大変な目に遭う必要などない人だったのだ。
それなのに、俺たちのために。
それを考えると、何か、もういいんじゃないかという気が心からした。
ここで裏切られたら、もうそれまでじゃないか?とも。
冷静に考えて、俺が生き残れているのは《聖王》技能の派生技能《従属契約》がそのほとんど全てを占めている。
つまり、これが使えない技能である場合には、俺の命運など風前の灯以下に等しい。
この技能が、アトは従属したものだ、と扱っているのだ。
もう、完全に……は流石に怖いものの、キャスやマタザたちくらいには信じてもいいんじゃないか。
その結果どうなっても、それは仕方がないものとして諦める。
そうしようじゃないか。
そこまで考えた。
そんな俺を、アトはその整った顔で不思議そうに見つめていた。
俺が黙り込んでいることを不審に思っているだろうに、何か考えている、と察してそうしてくれていたのだろう。
いい奴だ。
多分。
それにこうして近い位置で見ると、その顔立ち、表情の動き、目の潤みがよく分かる。
……うーん、まずいな。
あんまり見つめ過ぎると危険だ。
そう思った俺は、真面目な方にと思考をずらし、決意を固めて彼女に言うことにしたのだった。
「アト、君に話したいことがある。とても大事なことだ」
アトの瞳が、期待に膨らんだ感じがした。
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