第34話 修行
鬱蒼と茂った森の中で、息を殺して潜んでいる。
一言も声を発してはならないし、衣ずれの音すらも命取りになる。
そんな緊張感がこの体を満たしていた。
……大丈夫だよな?見つからないよな?
そう考えた直後、周囲から、
「ぐげっ!」「がっ!」「あふっ!」
という、悲鳴がいくつも聞こえてきた。
ヤバいヤバいヤバい!
逃げた方がいいか?
それとも……。
選択に迷っていると、
「……ノア様、惜しいですわね。次点ですわ……やっぱり一番はキャス様のようです」
後ろから声が聞こえてきて、振り返ると同時に意識が刈り取られたのだった。
******
「……皆さん、頑張られましたけれど、やはりまだまだですわね」
アトが残念そうに俺たちにそう言った。
彼女の前には、俺と、キャス、それにコボルトソルジャーの二人と、それからコボルトたちが並んでいる。
一応、コボルトの子供も数人いるが、彼らについてはアトはあまり気にしていないというか、うるさく言わない。
けれど他の者が姿勢を崩すと、彼女の魔術が飛んでくる。
「そこっ! 規律が緩んでいますわ!」
そんな言葉と共にである。
規律って。
ここは騎士団か……?
いや、彼女が考えているのは、傭兵団の方だったか。
ともかく、決まりがかなり厳しいのだった。
アトが俺たちを鍛える、と決め、俺たちがそれに乗っかったのはいいが、問題はその方法だった。
これについてアトは古巣の傭兵団式で行くことにしたようなのだが、これが相当に厳しいもののようで、話を聞くだに逃げ出したくなったくらいだ。
それは型の稽古から始まり、戦闘に必要な知識の叩き込み、それに実戦にまで至るもので、合理的効率的なものではあった。
ただし、それは修行時間が一日二十四時間に渡る、という問題点を除けばの話だ。
この二十四時間は睡眠時間を入れないでの話だ。
睡眠をとるなということではないが、睡眠時間についても修行中であるのは何も変わらない。
そういう話だった。
まぁ言っていることは分かるし、そういう心構えで頑張れということだろう。
初めはそんなことを思っていたが、時間が過ぎ、夜になってから気づいたのは、アトが真実その言葉通りの意味で言っていたのだ、ということだった。
夜、すやすやと眠っていると、突然、頬に熱線の刺すような熱さと痛みが走ったのに気づいた。
驚いて飛び起きると、そこにはアトが立っていた。
彼女は言ったのだ。
「気を抜きすぎですわ。何かの気配がしたら、即座に起き上がれるように注意をしておかなければなりません……!」
なるほど、そこまでやるつもりだったのか、と俺はやっとそこで戦慄と共に理解したのだった。
ちなみに頬に流れる熱い血に関してはしっかりとアトの持っていたハンカチで拭き取られ、さらに治癒魔術によって即座に治された。
少し気になったのは、そのハンカチを丁寧に折り畳んで、大事そうに懐にしまったところだろうか。
意外に几帳面な性格をしているのかもしれない。
傭兵団にも色々あるが、アトがいたところは彼女のキビキビとした指導からして、相当に規律に厳しかったようだし、そういう最中で身についたのかもなとも思った。
ただ、あまりにも厳しすぎることはコボルトたちにはきついのではないかと思ったので、その点については言っておくことにはした。
「コボルトたちには流石にこういう傷を負わせて理解させる、みたいなのはやめておいてくれよ。可哀想だろ」
しかし、これに返ってきたのは意外な台詞だった。
アトはキョトンとした表情で、
「もちろん致しませんが……?」
と返答してきたのだ。
ん?
だったら今のやりとりは一体……?
一瞬そんな疑問が俺の頭の中に浮かんだが、すぐにアトがそれを押し流すように捲し立てる。
「ご寝所に来たついでにお話し致しますが、明日の訓練は、私から身を隠すことになりますわ。ですから、可能な限り息を静かにし、身動きも僅かなものにすることを念頭においてくださいませ。コボルトの皆さんには朝、お伝えしておきますので。では失礼いたします……」
そう言って彼女は去っていく。
何か、嵐が過ぎ去ったような気がして、もうそれ以上眠れる気がしなかった。
そして行われた訓練。
結果として寝不足が堪えたのか、俺はキャスよりも早くアトに発見されてしまったわけだ。
でも、たとえよく眠れていてもキャスの方がこの森をよく知っている。
身を隠すのも得意だろう。
そもそも体の大きさもだいぶ違うしな。
彼女が本気で隠れたら、俺も多分見つけられない。
にも関わらず、なぜアトは見つけられるのか。
キャスは最後までアトから見つからなかったとはいえ、最終的には発見されている。
それはアトの技能の一つ、《魔力探知》と《生命探知》というものの複合であるらしく、これは一般技能であり、誰でも努力次第で身につけられるもの、らしい。
アトはこれを俺たちが身につけるべき最優先の技能と位置付けていて、そのために最適化された修行を課しているとのことだった。
これを身につければ、少なくとも魔物の位置や距離くらいであればほぼ全て近づく前に察知できるという話で、だからこそ森では必須なのだと。
アトは五歳の時にはすでに身についていたらしく、だから今から俺たちも余裕で身につけられる、と言っているのだが……本当だろうか?
しかし身につけられなければ、きっとアトはここを去らないだろう。
だから俺たちは死ぬ気で頑張るしかないのだ……。
最悪、俺には裏技もあるしな。
なんとかなるはずだ……。
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