第33話 生き残るために
「……流石だな」
結局、アトを重傷を負ったコボルトの元に連れていったのだが、ものの数秒でその傷を完治させてしまったことに俺は改めて聖女の力の凄まじさを知った。
こんなものがあと二人も教会にいるのだ。
なんとしてでも俺の死をアトには教会に伝えてもらい、俺の存在を教会の記憶から完全に消してもらいたかった。
そうでなければ早晩、俺の命の灯火の方が消し去られること請け合いだった。
勘弁してほしい。
「いいえ、このくらいでしたら大したことでは。治癒系は私よりも盾の聖女の方が得意ですので」
「アトよりも、か……」
これよりもすごいとなると、どんなレベルなのだろう。
気になって尋ねてみると、アトは言う。
「そうですね……数百人からなる騎士団全員を一度に治癒できる、という感じでしょうか。もちろん、それだけやればしばらくは休養が必要ですが……一度にそれだけのことは私にも無理ですから」
「数百人も一度に……それは、今のコボルトくらいの重傷者も?」
コボルトの傷は、体の半分ほどに火傷を負っている状態だった。
息も苦しげで、人間であれば死んでいるだろうというほどのもの。
魔物であるから命を保てている。
それくらいの重傷だった。
それなのに、アトは簡単に治してしまったのだ。
これを一度に数百人に、となってくると、それはもう奇跡というほかない。
「そうですね。部位欠損も含めて全ての治癒ができる、と言うことです。私も一人二人なら部位欠損程度を治すことは出来ますが、やはり人数が……私はどちらかといえば、治すよりも壊す方が得意ですので、どうしてもそうなりますわ」
「……」
壊す方が得意、の言葉には今更ながらに戦慄を覚えるが、事実であることはわかっている。
三人の聖女の中で最も攻撃的であり、最も多大な戦果を上げてきたのがこの剣の聖女アトという少女だ。
その代わりに聖女らしい、と言ってはなんだが、治癒系については弱い、とそういうことだろう。
いかに万能に見えても、得意不得意くらいはあるのだ。
その事実が、少しだけ俺の心を慰める。
それでも、たとえ他の二人より治癒系に弱くても、一人二人なら大抵の傷を治せるのだから、やはり聖女という存在は凄まじいなと思わずにはいられないが。
「ま、まぁ、聖女たちが凄いのはわかったよ……それで、どうだろう?」
「何がですの?」
「いや、俺にもこうして仲間たちがいるからな。ここでの生活も問題なく出来ると思うんだ。それについて観察したいと言っていただろ?」
「あぁ、そのことですのね。ええ、お仲間が、数はそれなりにいることは分かりましたけれど……やはり戦力が不安です。この辺りは《煉獄の森》の中では比較的、弱い部類の魔物が主に生息している場所になりますが、それでも強力な魔物が全くいないというわけでもありません。魔猫とコボルト、コボルトソルジャー併せて十匹程度では、いつまで保つか……」
これは中々に痛い台詞だった。
この辺りで俺たちはまだ、あまり強い魔物と遭遇してはいない。
気楽に勝てるわけではないにしても、なんとか頑張れば倒せる程度のオークとか、せいぜいがその程度だ。
しかし、俺とキャスはあの恐ろしげな巨人、スカテネに出遭っている。
あれがこの森においてどのくらいのランクの魔物だったのかは分からないが、ああいうのがウヨウヨいるのだとしたら……。
間違いなく俺たちは早晩、死ぬことになるだろう。
だからアトの言葉にも咄嗟に反論が出てこなかった。
そしてこれが失敗だった、と悟った時には遅かった。
アトは俺の無言に大いに力づけられたかのように言った。
「どうやら、お分かりのようですね。そう、皆様には戦力が必要なのです。そしてそれは私……」
「ちょ、ちょっと待て。アトには役割が……!」
焦ってそういうと、アトは少し残念そうに、しかししっかりと頷いて、
「ええ、分かっております。私はノア様の死亡を教会に伝えにいかねばなりません。ですが、その前に少しばかり滞在し、皆様を鍛えることは出来ます。教会も、私が協力しない以上、ノア様の居場所をそう簡単には見つけることが出来ません。ですから、時間は多少あります」
「鍛えるって……」
俺たちをか?
いや、ありがたい話かもしれないが……それでなんとかなるのか?
キャスはまぁ、分かる。
魔猫は最終的にはかなり強くなる魔物だ。
しかしコボルトたちはそれほど期待できるとは思えない。
となると、俺が強くなるしかないのだが、そのためには《従属契約》の力が必要だろうと思うのだ。
けれどアトにはまだ、見せたくはなかった。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、アトは言う。
「私はかつて、傭兵団におりました。そこで学んだことは、どんな人間でも一月あれば、ある程度のところまでは鍛えられる、ということです。特に皆様は、この森でかなり厳しい生活を送ってこられたことは想像に難くありません。そのような過酷な環境に耐えうる人間というのは、生きる力があります。私の指導に従えば、皆様を、立派な傭兵団へと鍛え上げてみせます」
確かに、それは聞いたことがあった。
剣の聖女アトは、ある有名な傭兵団の団長の娘であり、聖女となる前は傭兵としてその腕を振るっていたと。
しかし別に俺たちは傭兵団を目指しているわけではないのだが……。
強くなれるなら、それでもいいのか?
これならば、俺の《従属契約》についても特段口にする必要はなさそうだし……まぁ、アトにはできる限りさっさといなくなってほしいのは変わらないが、一月、という期限を切ってくれるなら、耐えられなくはない、かもしれない……。
そこまで考えた俺は、キャスと視線を合わせる。
どうかな?
というわけだ。
返ってきた答えは、
まぁ、いいんじゃないかにゃ?
そんなところだ。
だから俺はアトに言った。
「……分かった。じゃあ、アト。頼めるか。全員が、ここで生き残れるように」
これにアトは、その精巧な人形じみた顔に、極上の笑みを浮かべて、
「もちろんですわ。必ずや皆様を強力な傭兵に仕立て上げてみせます!」
そう言ったのだった。
だから傭兵になりたいわけじゃないんだって……。
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短編書いたので、お暇でしたらご覧ください。
「定点、悪役令嬢」
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