第27話 対話と変心
「……話を聞いてくれ!」
ダメ元だが、俺はとりあえずそう叫びながらその少女の前に飛び出た。
もちろん、その攻撃に当たらないようにギリギリの隙間を縫った上でだ。
《猫闘術》のスキルは、攻撃力もさることながら、高い回避力をその保持者に与えてくれる有能な技能であり、そのお陰で出来ることだった。
流石に狂気の少女も、この《煉獄の森》においていきなり人間が飛び出してくれば驚くようで、目を見開いてこちらを見つめる。
さらにその魔術や聖術の技も、ぴたりと止まった。
どうやら、話し合いも一切できずに殺される、ということはないらしいなと少しだけ安心する。
もちろん、数十秒後、結局ズタズタにされて殺されました、なんてことになる可能性は無くなっていないが。
その時はどうか、一思いにやって欲しいものだが……とりあえず、俺は続ける。
「……聞いてくれるってことで、いいか?」
「え? え、ええ……貴方は……いえ、貴方様はもしかして……?」
「貴方様? あぁ、一応、公爵家の出だから形をつけてくれてるのか?」
他にこの目の前の人物がそうする理由が見当たらず、俺がそう尋ねると、少女は言った。
「そんなことより、お名前を」
少し急いでいるのか、それとも焦っているのか。
目が爛々と輝いていて、ちょっと恐ろしいくらいの感情がその奥にあるのが感じられて怖い。
先ほどまでは虚ろだったのに、どういう変化か。
目的の人物を発見して、殺せることに喜びを感じているとか?
ありそうな話だな。
そうだとしたらもう、俺はおしまいだけれど。
ただこうして出てきてしまった以上、もうそうなったらそうなったで仕方ない。
その時はどうにかして逃げる術を探しはするけれど。
「俺の名前は、ノア。以前はノア・オリピアージュだったが……すでに俺は追放された身だ。あの家からも籍は抜かれているだろう。《カード》にもはっきり、ただのノアとしか書かれていないしな。確認するか?」
通常なら《カード》の記載を他人に見せることなどあり得ない。
けれど、そうしなければ父上や母上、それに弟たちの安全を確保できないのであればそうするしかない。
《カード》の詳細については持ち主本人しか操作できないので、一番最初に表示される俺のステータスを見せても、キャスたちの詳細について確認されたりはしない。
だから大丈夫だろう。
《従属契約》について細かく見せろと言われたら、その時は断るしかないが。
そしてそのまま逃走コースかな……。
そんなことを考えつつ、答えを待っていると、女性は頷いて、
「やはり、そうですか……。では私からも自己紹介を。私は、《剣の聖女》アト・ヘレシー。教会の三聖女の一人……でした。先ほどまでは」
「は?」
急に何言っているんだ、こいつは。
そう思った俺に、アトは続けた。
「今日ここにきて、私は確信しましたわ。私は、ノア様。貴方様にお仕えするためにここに呼ばれたのだと。どうぞ、私を貴方様の麾下においてくださいませ。これでも出来ることは多いです。この《煉獄の森》においては、他の二人の聖女よりもずっとお役に立てますでしょう」
******
殺すか、捕獲するか。
その二択しかあり得ない。
私はそう思っていた。
それこそが聖下に対する忠誠の示し方であり、神への信仰の表示に他ならないと。
だからこそ、私は驚いた。
その方を目にした瞬間、私が理解してしまったことに。
一体何を理解したのか。
簡単な話だ。
ノア様こそが真なる《聖王》であり、私があったのはこの方のためにこそなのだということをだ。
今まで仕えてきた《聖王》を名乗るものは全くの偽物であり、仮の主人に過ぎなかったのだとも。
だから私は、ノア様にお名前を尋ね、それから私を部下として召抱えていただけないかお願いした。
ノア様は極めて困惑されていた。
なぜ、自分を追っていたはずの教会の聖女が、自分に仕えようとするのかと。
それに先ほどまでは森を破壊したではないかと。
私の変心があまりにも極端すぎて、本当かどうか分かりかねているのだろうと思った。
だから私は細かく教会の内情について説明することにした。
なぜ私がここに来たのか。
ノア様の教会においての扱い。
《カード》の機能。
それに根源技能の意味など。
それらを聞き、ノア様はそのあどけない顔に驚きを浮かべ、また同時に納得も現した。
今まで感じていた疑問……それは主に、なぜ自分に《聖王》などという根源技能が与えられたのか、という点が大きかったようだが、それも解決したらしかった。
私は少しでもノア様のお力になれたことが嬉しく、そしてそのことに驚く。
私は、私の生の中に喜びは殺害と破壊にしかないと思っていたのだ。
けれど……もっと他の、暖かなものがここにあったのだと、私は今日この日、知ったのだ。
私はこれから、ノア様のために生きる。
そして、彼の側に侍り、彼の側で彼よりも先に死のう。
心の底からそう思ったのだった。
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