第20話 保護すべき対象として
詳しく話を聞いてみると、二匹のコボルト……いや、コボルトソルジャーは、元々、ただのコボルトだったということは確かなようだった。
お互いにしばらく話をさせてみると、知り合いであることがすぐに明らかになり、そのことはお互いのエピソード……湖に行ったとき、水面に映った自分の姿に見惚れていたとか、届かない位置にある葡萄をどうにかとろうと挑戦したけど取れずに悔しがって捨て台詞を吐いていたとか、そういう話をしてはっきりさせていた。
そして、その時にはしっかりと二匹とも、ただのコボルトだったことを覚えている、という。
「わふ!(それなのにどうして犬魔の英雄に!?)」
「わふわふ!(私もそのような器ではないのに不思議です!)」
二匹揃って、自分の評価があまり高くないらしい。
犬魔の英雄、とはつまり、コボルトソルジャーのことを指すらしかった。
そのあたりについて色々聞いてみると、コボルトというのはこうやって小さな集落や群を作って生きる魔物であり、集団で狩猟や採集をしながら生きているのだという。
子供は集落で大切に育て、大人になるまでにどうやって生きるかをしっかりと教え込み育んでいく。
……この辺りで少しばかり俺は泣きそうになった。
俺の置かれている状況と比べてしまったからだ。
人間の社会よりも百倍思いやりに満ちていて、どうせならコボルトに生まれていればよかったな、と思ってしまうくらいである。
しかし、現実にはそこまで甘い話でもなさそうだ。
コボルトは子沢山らしいが、この《煉獄の森》においては、一度に五匹生まれても、そのうち一匹、二匹が生き残るのがせいぜいで、その他はみんな死んでしまうのが普通だという。
その理由は彼らが見捨てるとかいうわけではなく、森の強力な魔物に食われたり、あまりにも厳しい生活環境の中で、食料が確保できずに餓死させてしまったりとかなり辛い理由だ。
いや、こういうことを辛い、と思うこと自体、俺は割と人間として甘く育ってきたのかもしれない。
食うに困ったり、化け物に襲われるという危険は少なくとも俺にはなかった。
まぁ、毒を食事に混ぜられたり、暗殺者に殺されかねないという危険はあったが……そういうのは気をつけていれば意外となんとかなるものだからな。
そういうわけで、コボルトというのは非常に群での結束が強く、お互いのことをよく覚えているのだという。
にもかかわらず、俺と会話できる二匹……コボルトソルジャーの二人は、お互いがそうなったことに気づかなかったという。
その理由は察するに、そうなったのがほとんど今さっきだからではないだろうか。
具体的には、俺と《従属契約》したその直後、とか。
だとすれば今気づいたことにも納得がいく。
そんな話をすると、
「わふ……? わふわふ(従属契約、ですか? ふむ、そう言われると殿に逆らう気持ちが起きませんな。先ほどまでは追い出してやると思っていたのですが)」
「わふっ! わふわふ?(その契約にはどういう意味があるのでしょうか! もしかして話せるのもそれが原因ですか!?)」
二人揃ってそんなことを尋ねてきたので、俺は答える。
「おそらくは、話せるのは従属契約が原因の一端であるのは間違い無いだろう。ただ、他のコボルトとも従属契約は
結んでるけど話せないから、進化したから、という理由の方が大きいと思う。そこでだ。お前たち二人が、他のコボルトたちと違ったところなんか、何か心当たりがないか?」
こう尋ねたのは、そこを探れば、他のコボルトたちも進化させられるのではないか、と思ったからだ。
そうすれば、俺の抱える戦力が上がる。
従属契約したのだから、これからこの森で生きていくのに、コボルトたちを利用……もとい、ともに生きていく糧を得ていくことは確定なのだが、出来ることなら損耗を少なくしたい。
ここは《煉獄の森》だ。
もちろん、こんなところで生活する以上、仲間が死なない状況なんてそうそう簡単に確保できるわけもないことは分かっている。
けれどそれでも。
俺はこいつらと……コボルトと、契約を結んだわけだ。
従属契約、という名前であって、俺に彼らを従属させるというものだが……その内実として、俺はただ奴隷のように扱うなんてことはしたくない。
むしろ対等に、一緒に生きていきたいのだ。
だから無闇矢鱈に彼らが死ぬような選択肢は取りたくないし、可能な限り幸せに生きられるように配慮して生きたいとまで思っている。
従属契約、というが……俺がしたいのは、どちらかというと、保護、みたいなものなのかもしれないな……。
まぁ、こんなところで、俺みたいな小さな人間がそんなことを思うこと自体、烏滸がましいのかもしれないが……。
俺は国からも家からも捨てられた人間だ。
だからこそ、俺はこの魔物たちにそのようなことはしたくないのだった。
できるかどうかはわからない。
でも挑戦する価値はあるはずだ……心の底からそう思った。
そしてこの考えが、俺のこの森での隆盛の始まりになったのは、俺も思ってもみなかったことだった。
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