第2話 置き去り
「……この辺りで止めろ!」
馬車の外からそんな声が聞こえた。
護衛の……オリピアージュ家の騎士たちの声だ。
俺は数日前に家を追い出され、そしてそのまま馬車で《遠く》に送られているところだった。
一体どこに連れて行かれるかは聞いても教えてくれなかった。
父としては、後々、教会に尋ねられたときに「適当に捨ててこいと言ったから知らない」と言いたいだろうし、本当は細かに指示していたとしても言わないのが最良だからだろう。
何せ、教会には魔術師や特殊能力者がうようよいる。
あの場……オリピアージュ家の父上の執務室でされた会話を、数日後に詳細に再現したり出来たりする者もいないとも限らない。
そういうことが出来る者がいる、とまことしやかに囁かれているのだ。
一応、兵士たちにも尋ねてみたが、彼らは俺に対して黙っていろの一点張りである。
実家にいた時は気さくに会話もしていたというのに悲しい話だが、彼らにしても家族がいるし、そもそもオリピアージュ家にこれから先も仕え、仕事をし続けなければならない。
つまり、俺を何処かに置いた後、あの家に戻り、そして教会からの厳しい詰問に応える任務があるのだ。
やはりその場合にも教会は様々なことをやってくるのが予想され、心すら読まれかねないというのは簡単に想像がつく。
そのようなことまで出来る特殊能力者など本当にいるのか?
という気がするが……そうとしか思えないような実績をあげていることは確かだ。
絶対に見つからないとまで断言された要人の子供を、ただ一人の男を尋問しただけで救出、とかな。
一言も喋っていないというのにである。
やはり警戒するしかないのだろう。
そんなことを考えていると、がさり、と馬車の幌が開く。
そこから見覚えのある顔が覗いた。
この馬車の護衛たちのリーダー格であり、オリピアージュ公爵騎士団の騎士団長でもあるバッハ・ローグだ。
厳しい顔立ちに、真剣な眼差し。
俺に剣術を教えてくれた教師でもある。
それだけに、以前はかなりきやすい関係にあったのだが……。
「……ノア。出ろ」
と、言葉少なに俺に対して馬車から出るように命令した。
彼に命令口調で何か言われるのは別に初めてではないからまごつきはしなかった。
剣術の修行をしているときは、中途半端はいけないからといつも厳しい命令口調だったから。
しかし、それ以外の時は決して敬語を外さない彼が、こうして命令口調で厳しく俺に言ってくることは、やはり自分の立場が今までとは大幅に変わってしまったのだなと理解せずにはいられなかった。
半ば自分でも受け入れたことのはずだった。
だけど、こうして突きつけられると思った以上に……悲しい、のかな?
いや、虚しいのかもしれない……。
俺があの家を追放されることで、両親や弟たちの最低限の安全は守られるのだ。
必要な犠牲となれたことは、良かったと思う。
けれど、もう俺は戻れないのだ。
光の中へ帰れず、そして笑顔を浮かべられるような生活をすることも、もう出来ないのだ。
そう何かに宣告されたようで……。
しかもこれから、俺は何処かに置いて行かれるのだから。
死ねと言われているようなもの、というかまさにそれそのものなのだし。
嫌になってくる……。
バッハに引き出され、幌の外に出ると、そこは道すらももう、ほとんど存在しないような深い森の中だった。
俺が乗ってきた馬車の轍と、バッハたちの乗ってきた馬の蹄鉄の跡だけが地面に刻まれているが、それ以外は苔むしていたり木々の根が縦横無尽に駆け巡っている。
おそらく、最近の道というよりは古い時代は道だったものの、相当昔に見捨てられ、獣やあまり褒められた職業でないものが一応使って維持されてきた。
そんなところなのだろう。
というか、まさか俺をこんなところに捨てていく気なのか。
せめてどこかの村とかそんなレベルではないかと甘くみていたが、本気で全く人気のないところにまで連れて来られるのは想定外だった。
確かに人がいるところだと、追放された貴族は袋叩きの危険はあるが、それに耐えて、しばらく頑張っていれば村の一員として認められることもないわけではないと聞いたことがあった。
だから一縷の望みをその辺りにかけていたのだが……完全に当てが外れたな。
どうしたものか。
どうにかなるのか。
そんな考えが俺の頭の中を行き過ぎる中、バッハが説明する。
「……ここは王国の西部……厳密に言うと、オラクルム王国には属してはいない地域、通称《煉獄の森》と呼ばれる場所だ。ノア、お前も知っているな?」
「れ、煉獄の森!? 本気か……こんなところに置いて行かれたら、本当に死ぬしか……」
《煉獄の森》と聞いて、俺は心底驚く。
いくら人気のない森に連れてこられたとは言っても、せいぜい中央から離れた、人があまりすまない土地の小さな森に、とかその程度だと期待していた。
しかし、ここは有名な《魔境》である。
《魔境》とは、確かに人がいないのは間違いないし、王国の版図からも外れた土地で、辺境であるのもその通りだ。
けれど、問題はそこではない。
まずいのはここが強力な魔物たちが住まう、人間が住めないと長い年月の中で認定された土地だということだ。
そんなところに捨てられて生きていける人間など、それこそ人外レベルに強力な戦士や魔術師しかいない。
それなのに……ここに俺を!?
流石にまずいだろう、と思って、俺はいそいそと帰り支度を始めたバッハたちに縋り、
「ちょ、ちょっと待ってくれ! もう少しばかり、人里手前まで戻ってくれないか……流石にここじゃあ……」
と言ってみたのだが、バッハは俺を無慈悲に引き剥がし、
「……ノア。これはお館様のご指示なのだ。逆らえぬ。諦めろ」
と重苦しく応えるのみだった。
引き剥がし方は乱暴なものではなく、聞き分けのない生徒に言い聞かせるような、そんな優しさを感じたのが救いだったが、しかし実際には死の宣告なのが何の救いもない。
それからバッハは、
「……一応、数日分の食料と、短剣を一本置いておく。これはお館様と……俺からの餞別だ。ノア……諦めるな。生き抜け。俺は最後とは言わんぞ……ではな」
そう言って、馬車を先導し、遠くの方へと去って行ったのだった。
俺はしばらくその場で途方に暮れていた。
諦めるなって?
この状況で諦めないなんて選択を取ったところで……数日もせず死ぬだけでは?
そんな疑問だけが、俺の頭の中をぐるぐると駆け回っていたのだった。
今日はもう一話くらい更新するかもしれません。
ブクマ・評価・感想などお待ちしております。
どうぞ下の☆☆☆☆☆を全て★★★★★にしていただければ感無量です。
よろしくお願いします!