第19話 犬魔精
俺の呼びかけに、その場にいるコボルト達は、ピン、とその耳を立てる。
どうやら聞く気はあるというか、やはり俺たちに敗北したことでその本能に刺激を与えることに成功したらしい。
ただ言葉が通じるのかどうか、という問題はあるが……まぁ、それこそ犬や猫を相手にするようなものだと思うしかない。
猫語しか喋らないキャスとだって意思疎通できてるんだ。
コボルトとだって俺は話せるはずだ……。
「お前達は俺に敗北した。それは分かるな?」
とりあえずのジャブだ。
舐められてはならない。
だから若干威圧的にそう言ってみると、コボルト達は震えた。
しかしながら、言葉の意味自体は微妙なようで、隣同士並ぶコボルト同士で、「ねぇ、今の一体どう言う意味?」「なんか怖かったけど……」「やっぱりぶっ殺すとかじゃないかな、怖いなぁ」みたいな反応をしている。
うーん……対応を間違ったか?
切り口を変えてもう一度挑戦してみることにする。
「とにかく! 俺とキャスはここに住む! それに文句は言うなよ!」
ジェスチャーを交えつつ、そんなことを言うと、今度は伝わったようだ。
ぱぁっと表情が明るくなり、それからコボルト達が近づいてきて、それから俺とキャスの匂いを嗅ぎ始めた。
なんだこれは、と思っていると、
「わふわふ(我々と共に住んでくれるのですか?)」
「わふっ!(このような強き方が共にあってくれるとは! 殿!)」
犬……と言うか、コボルトの鳴き声と共に、何か妙に時代がかった不思議な声も一緒に聞こえてくるようになった。
なんだこれは……と思い、それから、ピンとくる。
俺は《カード》を見てみた。
するとそこには、
従属契約:魔猫(幼)、犬魔精(10)、犬魔足軽(2)
そう表示してあった。
やっぱり思った通りか……。
どうやら、このコボルト達は俺に従属する道を選んでくれたらしい。
まぁ、それは戦って屈服した時点である程度分かっていたから、今の段階で声が聞こえてきたのは何故かと言う話になる。
多分、それは俺が先ほど、ここに住む、とはっきりと意思表示を彼らに向かってしたからだろうと思う。
従属契約は、あくまでも契約だ。
つまり、両者の意思が合致しなければ多分成立しないものと思われる。
コボルト達が一方的に俺に負けた、従わなければ、と思っていても、俺の方で完全に受け入れると考えなければ成立しないのだ。
そして、俺がここに住む、もちろんコボルトを追い出すつもりもない、と言う意思をはっきりと思い浮かべた時点で、契約が成立した……。
そう言うことではないだろうか。
他にも細かい条件とかありそうだが、意外に説明文が微妙だからわからないところもある。
この調子だと何かデメリットがありそうで怖いが……使わないとも言えない技能だ。
俺の生命線だからな、この従属契約こそが。
だから色々試して理解していくしかない……。
ただ、契約自体についてはそれでいいとしても、まだ《カード》の記載に疑問はあった。
犬魔精とはコボルトのことだが、犬魔足軽とは犬魔精の進化したと言われる魔物、コボルトソルジャーのことだ。
彼らは通常のコボルトとは違って身体能力に優れ、また刃物なども扱い始める。
普通のコボルトはせいぜい、棍棒とかその程度だからな。
身体能力もゴブリンに毛が生えた程度。
しかしコボルトソルジャーは一匹でノーマルゴブリン数体に匹敵する戦闘力を持つ。
だから、この集落に最初から、コボルトソルジャーがいたのなら、俺とキャスの侵略はこれほどスムーズには進まなかったはずなのだが……。
急に現れた?
けれどどうして……。
そんなことを考えていると、群がってくるコボルト達の中でも、一際大きな体をした二体が、
「わふ?(どこに住まれるのですかな? お好きな家を選んでください!)」
「わふっ!(殿、こちらの家が良いですぞ! 私が手ずから作った家でして、素材には森のとても硬い木材を使っております!)」
などと話しかけ続けている。
先ほど聞こえた声、それはこいつらの声で間違いなさそうだ。
ただ二重に聞こえる……。
他のコボルト達の鳴き声は普通に「わふ?」「わんっ!」「ぐるる」としか聞こえないので、この二体が例外なのだろう、と言うことも分かる……。
「おい、お前とお前」
「わふ?(儂に話しかけておられますかな?)」
「わふ!(私に話しかけておられるのでしょう!?)」
二体がそれぞれの反応でそう言ってくる。
片方は比較的年老いた印象の声で、ただ見た目はそれほどでもない。
もう片方は若く溌剌とした声で、時代がかっているというよりは騎士っぽい話ぶりだな。
「お前達二人に話しかけているんだよ。それと、お前達二人に限ってだけど、言っていることが分かる……」
「わふわふ!?(な、なんですと!?)」
「わんっ!(お話が出来ますね! 我が君!)」
どうやら、俺が言ったこともちゃんと伝わっているようであることもこれで分かる…
これが彼らが人間の言葉を理解できていると解釈すべきか、それとも俺との間でだけ意思疎通が可能と考えるべきかは検証が必要だろう。
だが、そのためには俺以外の人間の言葉の話者が必要になってくるが、今のところそんな当てはない。
いきなり検証は暗礁に乗り上げたので諦めることにする。
いつかやれればいいんだ……今大事なのは、こいつらのことだ。
「あぁ、まぁそうだな……それで、お前達は……コボルトソルジャーだよな?」
「わふ?(コボルトソルジャー……なんですかな、それは)」
「わふ……(よくわかりません……)」
まぁ、それは半ば予想していた台詞でもあった。
そもそも魔物の名称とか人間が勝手に決めただけだからな。
そのまま伝わるとは考えにくいし。
一応他にも尋ねてみる。
「コボルトって分かるか?」
「わふ! わふわふ! わふ!(それはわかりますぞ! 儂らのことですな!? 殿!」
「わふわふ。わふわふわふ(もちろんです、我が君。誇り高き犬魔精たる我々のことだと理解しております)」
どうやら自分たちの種族はわかるらしい。
というか、俺が人間の言葉で言っても普通に通じるのか。
じゃあ、さっきのはどう言うことなんだろうな。
とりあえず質問を続けることにする。
しかし……。
「犬魔精? お前ら、犬魔精じゃないぞ……? もしかして、やっぱりさっきまでは犬魔精だったのか?」
俺の質問に、二匹の犬魔足軽は大きく首を傾げ、それから二匹で顔を見合わせた後、
「わふっ!?(お、お主……犬魔の英雄様!?)」
「わふわふ……?(そんな、私は……あなたこそ、そうなのでは……?)」
と驚きに目を見開いた。
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