第18話 手加減
「……キャス、よくこんなところ見つけたな。やっぱり嗅覚が違うのかね……」
「にゃ」
草むらに隠れながら、ひそひそ声でそんな会話をする俺たち。
俺たちの視線の先には、強力な魔物が跋扈する《煉獄の森》には似つかわしくない、のどかな光景がある。
切り開かれた森に、小さく粗末ではあるが、木材や枝で作られた数軒の家屋、そしてそれらに出入りしている者たちの姿……。
見るからに俺たちが新たな拠点にするに相応しい、素晴らしい場所だと言えるだろう。
問題があるとすれば、この小さな集落と思しきものを主な住処としている存在が、普人族などをはじめとする人間ではなく、魔物であるということだろうか。
それらは子供のように小さな体躯だが確かに人間のように二足歩行をしている。
けれど肌は見えず、その体表は全てふさふさとした体毛で覆われていた。
頭部を見ると、まるで人間ではなく獣のそれだ。
具体的にいうのなら、犬の頭部が乗っかっている。
犬魔精、そう呼ばれる魔物たちの姿がそこにはあった。
「出来ることなら交渉して、俺たちを住まわせてくれないかと頼みたいところだけど……流石に無理だよなぁ」
ぼやくようにそう言うと、キャスが、
「にゃにゃ」
その通り、とでも言うように頷く。
魔物というのは普通、キャスのように物分かりがいいものばかりじゃない。
というか、そうでは無いのが普通だ。
キャスがあまりにも友人のように振る舞ってくれるので魔物も友達になれるんじゃないか、なんて気がしてきてしまうが、本来なら人間と敵対するものばかりだ。
一部、テイマー系の技能を持っている者たちだけが、真実、魔物を友として生きていけるくらいで。
まぁ、一般技能にもテイマー系の技能はあるから、頑張れば全ての人類と魔物が友達になることも不可能とは言えないだろうが、それはいわゆる机上の空論というやつなのだった。
ともあれ、今の俺が目の前のコボルトたちと友人関係を築くのは難しいだろう。
少なくとも、今すぐには。
だから……。
「仕方ない。襲うか、キャス」
「にゃっ!」
俺がそう言いながら立ち上がると、キャスは茂みから飛び出し、コボルトたちに向かって走り出した。
俺もまた地面を蹴り、コボルトたちの集落へと向かったのだった。
******
「……思った以上にうまくいったな」
「にゃ」
周囲をキョロキョロ見回すと、その辺にコボルトたちが倒れている。
と言っても全部で五体ほどで、もう二体ほどが歩き回りながら倒れたコボルトたちを介抱していた。
しかし、俺たちに襲いかかる雰囲気はもはやない。
それも当然で、俺たちは彼らを完全に屈服させたからだ。
犬魔精、というだけあってコボルトたちは非常に犬と似たような性質を持っている。
それは、上位者に従う、という本能だ。
それを利用して鉱山などで彼らを従わせ、仕事させている例が多く、また彼らは鉱石類に対する高い感知能力というか、嗅覚を持っているために人間とは実はかなり近しい魔物のうちの一つだった。
だからこそ、俺とキャスは、コボルトの集落を、平和的に住まわせてもらうことにしたのだ。
魔物だから、という理由で全てのコボルトを殺してしまうことも出来ただろうが、それをやるには問題がある。
まず、ここでそれをやると血の匂いが広がってしまうので、魔物を呼び寄せることだ。
まぁ、それは最悪、俺の風属性魔術やキャスの水属性魔術で流してしまえばいいのかもしれない。
けれどそれに加えて、俺の心のどこかに、魔物に対する親近感というか、あんまり殺したくない、という考えが生まれていた。
キャスを友人としてしばらく生活しているからだろうか。
それとも他に理由があるのだろうか。
それは分からない。
でも、俺は……。
そんなことを言っても、食べるためにとか守るためにとか色んな理由をつけて、魔物たちは殺して行かざるを得ないのも分かっているが。
今回のコボルトについては嫌だったのでその本能に従った、というわけだ。
特に生活が人間っぽいからな。
それも罪悪感を強めたのかもしれない。
ゴブリンとか、洞窟の外を徘徊してたあの凶悪な巨人なんかは殺せるなら迷わず殺してしまうだろうし。
自分勝手だよな、人間って……。
人間というより、俺個人がか。
と、自らにツッコミを入れながら、コボルトたちの大半が目が覚めたのを確認する。
全員がまだ動けるわけじゃなさそうだが、傷は深くない。
短剣とかは使わず、素手で挑んだからな。
キャスから借り受けた《猫闘術》が非常に役に立ったのだ。
あれは強い技能だ……《仮》レベルでコボルトを制圧できるくらいなのだから。
しかも怪我をさせないように手加減も出来るという性質も持っていた。
キャスも同様に、というか俺よりも高いレベルでそれをやっていた。
キャスがいつもはしない二足歩行になり、するするとコボルトの攻撃を避けながら肉球でぶん殴り昏倒させていく姿は何か滑稽ですらあったが、同時に高い技術も感じさせた。
俺はもう少し不器用で、しかも肉球もないから手加減はキャスより下手になってしまったが……《仮》ではなく1とか2とかになれば、俺にももうちょっと手加減がうまく出来るようになるのだろうか?
分からない。
しかし、この技能は今後も育てていく必要がありそうだ……。
そこまで考えてから、あぁ、そうだった、と思って、俺はコボルトたちに向かって口を開いた。
「……よし、起きたか。お前たち、俺が分かるか?」
読んでいただきありがとうございます!
可能でしたら下の☆☆☆☆☆を全て★★★★★にしていただければ感無量です!
ブクマ・感想・評価、全てお待ちしておりますのでよろしくお願いします。