第12話 拠点の安全性
「にゃっ、にゃっ!」
森の中を一匹の可愛らしい猫が楽しげに歩き回っている。
小さいが、成長した時にどれほど優美な猫になるか楽しみになる姿だった。
もちろんそれは……。
「おい、キャス。あんまり離れるなよ。危ないぞ……俺が。お前より俺の方が弱いんだからさ……」
俺と《従属契約》を結んだ魔猫であるキャスパリーグに他ならなかった。
そんな彼女と一緒に俺、ノアがこの《煉獄の森》をピクニックよろしく歩き回っているのだ。
《煉獄の森》は王国でもよく知られた《魔境》であり、こんな風に気軽に散策するような場所ではない。
けれど、俺たちがそれをせざるを得なくなったのには理由があった。
俺たちが今、拠点にしているあの洞窟。
あそこをずっと使い続けられるのなら、もう外に出ることはほとんどせず、中でずっとゴキブリと水魔術の水だけで生きていってもよかったのだが……。
残念ながら、というべきか、ある種の必然というべきか。
あの辺りにあまりよくない気配を感じ始めたのだ。
それは夜訪れた。
俺もキャスも、その時はぐっすりと深い眠りに落ちていたのだが……その圧力に、急に目が覚めたのだ。
別に攻撃されたとか、誰かが洞窟に入ってきたとか、そういうことはなかった。
それなのに、である。
起きた俺とキャスは目を見合わせ、お互いが何かに怯えていることをその瞳の揺れから理解した。
その対象は……おそらく洞窟の外にいるだろう、ということも。
何か恐ろしいものが外にいる。
その気配が、確かに俺たちには感じられたのだ。
もちろん、見に行かないという選択肢もあったのだが、俺たちが住んでいるのは《煉獄の森》だ。
日夜、魔物や動物たちの激しい命の奪い合いが繰り広げ続けられている危険地帯であり、そんな場所では日常の警戒を怠り始めたものから死んでいくのは流石の俺にもわかった。
だから俺は、キャスには後ろにいるように言ってから、可能な限り静かに、外の様子を覗いたのだ。
するとそこにいたのは……。
「……人間、か……?」
つい、そう言いたくなってしまうほどに人間のシルエットに近い何かだった。
けれど、そんなはずなどない。
そもそも、その大きさは通常の人間を優に超えている。
目算だが、おそらくは三メートル以上はある……。
巨人だ。
巨人族は人に友好的な、いわゆる亜人としての巨人族と、そうではなく人間を喰らうために存在していたり、悪徳の主として君臨する魔物としての巨人がいる。
これは古い時代にあった神々の戦いの後、善なる神に与したか、悪神たちに加勢したかで分かれたと言われるが、これもどこまで信じたものかは分からない。
ただ、現実として魔物である巨人は人に対して極めて敵対的で、それこそ人喰い巨人と呼ばれる存在が少なからずいる。
その辺の森を歩いても滅多に出くわすような存在ではないけれど、《煉獄の森》であるのなら彼らが住処としていてもおかしくはない。
亜人である可能性もないではないが……いや、ないだろう。
なぜと言って、実際にこの目で見た瞬間に俺は理解してしまったからだ。
あれは邪悪なものだろうと。
闇に沈んだように暗い目をしていて、獲物を探すようにキョロキョロとあたりを見回しているその姿。
手足に伸びる、鋭利な爪の形はおよそ文明的なものの宿っていない野生が感じられた。
曲がった背筋に、魔女のような鼻をしていて、どこか滑稽な姿だが、だからこそ不気味な空気をそこら中に撒き散らしている。
ただ、俺やキャスのいる洞窟の存在には気づいていないようで、少し先を歩き、離れていく……あぁ、もう大丈夫だ。
そう思った瞬間、背中を向けた巨人の首が、グリン、と骨などないように曲がってこちらを見た。
その瞳が何を映しているかは分からない。
ただ、振り向きたくなる何かがあったのだろう。
俺は息を止めた。
あいつが襲ってきたら死ぬ。
それを確信したからだ。
逃げても無駄だと体が判断したのか、全く動くこともできず、またキャスも同様のようで固まっていた。
それからどれくらいの時間が過ぎただろう。
やはり気のせいか、とでも思ったのか、巨人は首を元に戻した。
このまま去っていくか……?
そう思ったと同時に、巨人の体がギュルギュルと不自然に蠕動し始め……そして一塊の肉塊に一瞬なった。
そしてぼっ、と爆発するように大きくなると、それは新しい形を取った。
一体何が……そう思ってただ見惚れるように覗いていると、巨人は気付けば、大きな鳥の姿になっていた。
かつて王都の上空に見た、ロック鳥のような巨大さではないが、それでも十分に大きく、数メートルはある木々と肩を並べるくらいに大きい。
それは、巨大なフクロウだった。
巨人だった時との共通点は、残忍で人の理性など通じなさそうな瞳の色で、ただ、その形自体は極めて優美なものであった。
フクロウはそして、やはりというべきか、静かに此方に視線を向けると……笑った、と僅かにわかるように目を細め、そしてそのまま、羽ばたき始めて、夜の月の向こう側へと消えていったのだった。
「……っ、はぁ、はぁ……見逃され……たのか……?」
完全に止まっていたらしい息が、その瞬間戻ってきた。
キャスも俺の胸元に飛び込んできて、ガタガタと震え始める。
俺はキャスを撫でながら、
「大丈夫だ、キャス……と言いたいところだけど、ここがあいつの通り道になっているとしたら……全く安全じゃないよな……いつ殺されるか分からん……」
そう言った。
それは正直な気持ちで、なぜそう思ったのかといえば、あの巨人の歩き方はどことなく慣れていたというか、いつものルートを歩いているような雰囲気があったのだ。
だからこそ、いつもとは違う、俺たちがここにいることを察したのではないか。
毎日あれが現れれば流石に気付くだろうから、毎日ここを歩いているわけではないのはわかっているが、その周期が、一週間でも一ヶ月でも、危険であるのは間違いなかった。
だから俺はキャスに言った。
「……新しい拠点を探そう。名残惜しいし、ゴキブリから離れるのも食料的に厳しいが……命には変えられん」
「……にゃあ」
不服そうだが、仕方がない、とでも言うようにキャスがそう鳴いた。
ここから二章になります!
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