第10話 生命線
「……本当に使えた……《火炎吐息》……」
唖然としながらその結果を見つめる、俺。
しかしながら、その威力に関しては実のところ、大したことはなかった。
キャスがゴキブリを焼くときに見せてくれたそれは、十分な火力と精密な操作性が揃っているように感じられたが、俺の放ったそれはなんというか、ぼんやりとした焚き火を横向きにしたようなもので、敵を攻撃できるような操作性も感じられないものだった。
もちろん、多少火をつける程度のことは出来るだろう。
また、至近距離に敵がいれば、牽制にも使えるだろうし、火に弱い相手であったら十分にダメージを与えることもできると思う。
けれど、その程度だ。
つまり何が言いたいのかというと、俺が使えた《火炎吐息》は、キャスの持っている《火炎吐息2》とはレベルが違う、ということだ。
おそらく借り受けたものだから、同じレベルでは扱えないということなのでは無いだろうか。
どうなのかな、と思って《カード》を確認してみると、派生技能の欄に《火炎吐息《仮》》と書いてあるのを俺は発見する。
「……《仮》? 1とかじゃなくて、《仮》だと……?」
この表示は正直なところ、一度も見たことがないものだった。
借りているのなら《借》とかなら分かるが……。
《仮》?
《仮》に使えるようにしている、とかそんな意味かな。
そういえば、借り受けた技能は使い続けると俺の技能になると書いてあったが……自らの技能になるほど使い込むまでは、あくまで《仮》の技能にすぎない、とかそういう意味だろうか?
なんとなく、直感だがそんな気がした。
《従属契約》を身につけたがゆえに得られた知識だろうか。
それとも俺の見当違いの思いつきか……。
まぁ、しばらく使ってみれば分かるか。
それと、一旦この借り受けた状態を元に戻す……つまり、技能を返したりするとどうなるかを確認すれば……。。
そう思って、俺は《カード》の《火炎吐息《仮》》を長押ししてみる。
すると、
『《火炎吐息《仮》》をキャスパリーグに返却しますか?』という表示が出た。
やはり、その下には、はい、と、いいえ、の表示があった。
俺は迷わず、はい、を押す。
すると、《カード》に表示してあった《火炎吐息《仮》》の表示はスッと消えていったのだった。
「ここまでは、まぁ、想像通りだな……あとは……」
そう呟きながら、俺は再度、キャスのステータスを開き、《火炎吐息》を長押しする。
なぜそんなことをしているのか。
さっきやったことではないか。
と突っ込まれるかもしれないが、だからこそ大事なことだった。
一度借り、そして返した技能を、果たしてもう一度借り受けることができるか。
俺はそれを試してみる必要があった。
もう二度と借りられない、とかいうのだったら、俺はこの技能の使い方を今後もっと良く考える必要が出てくる。
そうではないのだったら、かなり自由に使える応用の効きそうな技能だ、ということがわかる。
どっちに転ぶとしても、必要な確認だった。
果たして……。
「おぉ! もう一度借りられるっぽいぞ……!」
先ほど見た表示が、再度そこには表示されたのだった。
これで俺はかなり安心できた。
なんと言っても、今の俺はこの煉獄の森においては相当無力であり、火炎吐息であっても使えるとなると出来ることが増えるだろう。
それに、一番は……。
「キャス、お前は《水属性魔術》も持ってるもんな……!」
「にゃ?」
首を傾げるキャスであるが、彼女は森での、というか生き物の生活にとって最も重要なもの、水。
それを魔力がある限りいくらでも生み出せる力であるところの、《水属性魔術2》の技能を持っている。
これは俺にとって福音としか言いようがない事実だった。
これさえ俺にも使えれば、今後、水に困ることはなくなる。
食い物はゴキブリの丸焼きで賄えるから……飢え死にの危険はほぼゼロになる。
今後の俺の生活にかなりの光明が差してくるわけだ。
だから俺は祈るように《カード》の《水属性魔術2》をタップしたのだった。
すると……。
「……来た来た来た!『このスキルを借用しますか?』……するに決まってるだろ!」
そう雄叫びを上げつつ、俺はビコビコ、《カード》が壊れんばかりにタップする。
もちろん、はい、の部分をだ。
すると、先ほど《火炎吐息》を借り受けた時と同じように、頭の中に《水属性魔術》の使い方が叩き込まれていくのを感じる。
そしてすぐに、
「……水精よ、我が願いに応え、ここの小さな水の玉を与えたまえ……《小水球》!」
《水属性魔術》、その最下級魔術であるところの《小水球》を現出させる呪文を唱える。
通常、魔術はそれなりの長さの呪文を詠唱しなければ使用できないが、修練を積み上げると短縮詠唱が出来るようになると言われる。
最終的には無詠唱で放つこともできると言われているが、流石に俺はそれが出来ている者は見たことがない。
ちなみに俺には短縮詠唱も無詠唱も全くできない。
そういうことができるのは、いわゆる一流と言われる魔術師たちだけだ。
俺のような凡人にできることではないというわけだ……。
ただ……。
「そういえば、お前は無詠唱で風魔術を放ってたな……」
「にゃあ?」
キャスが首を傾げながら俺をくりくりの目で見る。
一流の魔術師ですら難しい無詠唱を、この魔物は可能にしているわけだ。
ただ、彼女の技能はそれほど高いわけではない。
《風属性魔術3》は確かにそれなりの腕であるけれども、ベテランの魔術師にはそこそこ見る。
彼らもまた無詠唱が出来るのか?
いや……そんな話は聞いたことはない。
キャスが魔物だから、特殊なのだろうか……。
まぁそもそも詠唱しろったって、にゃー、とかしか言えない奴には無理だろうしな。
魔物は普通に魔術を使ってくるものも少なくないが、詠唱しているわけじゃないし、そもそもいらないと考えるべきか。
大体あいつら、魔術的な現象を放つときは、雄叫びあげたり吠えたりするから、そういうのが詠唱だったとか。
それとも、魔物は魔物なりの言葉での詠唱は必要だが、短縮や無詠唱も俺たち人より容易にできると考えるべきか。
そんなことが書いてある本も読んだ記憶はあるが……魔物の生態とか、結局はっきりしないからなんとも言えないんだよな……。
「……いや、考えても分からないことを考えるのはやめておくか。今はそれよりも喉の渇きを癒さないとな……キャスも飲むだろ?」
一応、水を掬える容器は、バッハたちが置いていってくれた荷物の中にある。
最低限の食器は与えてやるということだな。
キャスにはそのうち深皿を専用の食器として進呈することにしよう。
まず、俺用の金属製のコップに、そして次にキャス用の同じく金属製の深皿に、魔術で生み出した小さな水の球体をコントロールし、ジャバッと入れる。
やはり制御力が全然ないので、バシャっとかなりの部分を無駄にしたが、それでもそれぞれ飲むには十分な量だ。
キャスはしかし、一向に飲もうとせずに俺の方を見ているので、俺は、
「なんだよ、遠慮するな……ああ、乾杯したいのか? よし、じゃあ俺たちの共同生活の始まりを祝って……乾杯だ、キャス」
「にゃっ」
全然めでたくもなんともないが、チン、という金属同士がぶつかって立てる音が、なんとなく心地よかった。
俺は一人ではない。
相手は魔物で、しかも猫だが……気のいいやつだ。
こいつとなら、死ぬまでここで頑張っていけそうだ。
そんな気がした。
読んでいただきありがとうございます!
とうとう総合評価10000ptを超えました!
ありがとうございます!
皆さんのお陰です!
次は二万を目指してコツコツやっていきたいと思います。
ランキングはやはり苦戦中ですが、がんばりたいです!
どうかブクマ・評価・感想などお待ちしています。
下の☆☆☆☆☆を全て★★★★★にしていただければ感無量です。
よろしくお願いします!