07,エロ漫画の題材にうってつけ!!
蹴りを入れた詫びと、怪堂派発足の何かこう記念パーティ的なものとして。
放課後、怪堂は龍助と紅蓮を引き連れ、学校の裏手にあると言う駄菓子屋へと向かっていた。
「へぇ。学校の裏手は山と畑しかねぇと思ってたけど……こんな所に駄菓子屋があったんだな。しかも結構な老舗っぽいのが」
「うむ……歴史はありそうだが……色々と、凄まじいな」
古き良きにもほどがある、と言うか。
木々や雑草がそこかしこに生い茂り、半ば自然に取り込まれつつある。店名も枝葉に隠れてしまっていてまったく見えない。店の前に設置されたベンチは蔦まみれで、なんかもう森の妖精が座ってアイスキャンディを舐めててもきっと違和感が無い。
ここまで自然の中に溶け込んでいては、そりゃあ気付けない。
「いつ見ても軽く引くよなァ。隠れ家的にもほどがあるって」
カカカ、と怪堂は笑いながら紅蓮に「頭ァ、気ィ付けろよ」と声をかけつつ、店の戸を開ける。
店内は自然の侵食を免れてはいるが、古い木造家屋特有の匂いが充満しているし、蛍光灯も薄暗い。
正直言って、何か奇怪なものが出現しそうな雰囲気だが……。
奇怪なものどころか、人一人もいない。
「ちわァーッス……っと、今日はバアさんいねェ日か」
「何と言うか……無防備な……」
紅蓮の言う通り。
商品は気軽に手に取れるように陳列されているのに、監視カメラのひとつも無しに無人。更に、古ぼけたアナログなレジには電卓が置かれ「現在、無人営業中。釣銭はセルフで」と言う、目を疑いたくなる文言の貼り紙が。
「ま、どんだけ性根が腐ってても、こんな店で万引きするよォな奴はいねェだろ。森の神的なのに祟られそォだ」
「「確かに」」
龍助と紅蓮は手で槌を打って納得する。
「ところでよォ、龍助くん。昼間一緒に飯を食ってたあの金髪ボインの眼鏡ちゃんは? 呼ばなかったのか?」
一応、怪堂派の発足記念と言う話にはしているが、正式ばったものではない。こじつけだ。怪堂的には「先輩風を吹かして、後輩ちゃんどもにおごり尽くしてやんよ」程度の話。なので紅蓮もいるし、リヴィエールだって誘って良いと許可が出ていた。
「あー、声はかけたんスけど……毎週水曜の放課後は外せない予定があるとかで」
「ありま。そりゃあ残念。おめーさんらに何か土産もたしとくか」
怪堂はグラサンを外して、店内を物色し始めた。
(喧嘩の時でも外さなかったのに……)
店内を物色する怪堂の目はマジだ。
どんだけ駄菓子選びに本気なのだろうか。
「おう、何ボーっとしてんだ。おめーさんらも好きなモン選べよ。一人五〇〇円までな」
「あ、うッス! あざッス!」
「はい。ありがとうございます」
促され、龍助と紅蓮も店内を見て回る。
まぁ、そこまで広い店内では無いのだが……物の種類が多い。
駄菓子は質より量が正義な一面がある。直接的な量は勿論、種類の量もだ。
何がどこにあるのか覚えるのも面倒になりそうなごった感。
その中から自分好みの菓子を探すこのワクワクも、駄菓子屋の醍醐味だろう。
「……ん?」
ふと、龍助はあるコーナーを見つけた。
漫画雑誌が雑に陳列されている。
「へぇ、最近の駄菓子屋って漫画も置くのか……って、んな!?」
「ん? どうしたんだ、龍助」
龍助の驚きの声を聞き、紅蓮が近寄って来た。
そして、龍助が手に取った一冊を見て、紅蓮も絶句。
龍助が見つけたもの、それは――
「え、エロ本……!?」
表紙からしてエロスな漫画本!
タイトルは「山荘軟禁アハ~ン生活四六時中」!!
要するに、エロ漫画だ!
テープや紐で封もされていないし、ビニールもかぶせられていない!
つまり……めくれば――見えるッ!!
「カカ、さすがは俺っちが見込んだ後輩たちだぜ。早速そいつを見つけるたァな」
「な、何でこんなもんが駄菓子屋に……!?」
「法規制……法規制の対象です、この本は!」
「喚くな坊やども。そしてよく見ろ……そいつは、エロ漫画じゃあねェ」
「「え?」」
「表紙をよく見てみろ」
言われた通り、よく見てみると。よぉく凝視してみると。
表紙には大自然の中で着物をはだけさせた艶っぽい美女が描かれているが……その隅には、
「ぜ、全年齢!?」
「そんな馬鹿な……龍助! 中身は!? 中身はどうなっているんだ!? 早く確認するんだァーッ!!」
「おう! ッ……ひぇッ、ちょッ、おい! 普通に、普通においこれあばば、ちょッ」
「ば、馬鹿な……やっぱり法規制ものじゃあないか! こ、こんな事が……うぉぉぅ……」
中身を検め、龍助と紅蓮はその過激な内容に激しく狼狽。思春期では名称を口にするのも憚られるような行為が、いとも容易く行われている! ほぼ全ページにエロシーンがッ! もはや「エロスのフェスティバル」と表現しても良いほどに行われまくっている!!
「カカカ、もっとよォ~く見ろって。重要な所はぜェんぶ、白で完璧に塗り潰されてんだろ?」
「確かに……一部はもう何してんかわかんねぇくらい修正されてッスけど……!」
「そ、それでも、たったそれだけでこんなものが健全な漫画だと言えるんですか……!?」
「言えるんだなァ、これが。エロ漫画マジックって奴らしい」
TL……ティーンズ・ラブ漫画などと同じ理論だ。きちんと隠すべきものは隠した状態で、性行為を主題とはせず「作中に性交描写が出てくるだけ」の漫画。
龍助たちが手に取ったのは、エロい構図や扇情的な表情の絵が大半を占めてはいるが……性器を用いたいわゆる本番行為に及んでいるページは全体の一割にも満たない。エロスページの大半は、腋や太腿や髪、時には耳たぶなど、一般的に性器として認定されない部位でスケベに及んでいる。
そう……これはあくまでも「ちょっとエッチ多めなラブ・コメディ漫画」と言う区分なのだ!
「『エロが目的ではありません』と言う建前で事実上がっつりエロい……実写のエロ本はゴマカシがきかねェが、エロ漫画はそいつができるのさ」
「それが……!」
「エロ漫画マジック……!」
合法エロ漫画……否、脱法エロ漫画ッ!!
「気に入ったみてェだな。……よし。奮発してやるぜ。菓子五〇〇円分とは別勘定で、そのエロ漫画もおごってやんよ」
「「ッッッ」」
「遠慮すんなやァ……ようこそ男の世界へキャンペーンって奴だよ……」
ククク、とちょっと悪い笑いを浮かべる怪堂。
法に触れるような事は言っていないのに、まるで悪い先輩である。
「いや、でも……」
欲しい、だって思春期だもの。
しかし……管理のリスク!
龍助は独り暮らしだが、たまに施設出身の仲間や育て親の修道女が様子見がてら来客する。この手の実質アダルティグッズを所持するリスクは……計り知れない!
「龍助……オレは……ありがたくいただくぞ!」
「紅蓮……! でもテメェ、家族の目はどうすんだよ……!?」
紅蓮にいたっては家族健在。
ひとつ屋根の下、両親はもちろん、彼は三人の姉を持つ末っ子!!
弟の部屋は姉のフリースペースでしかないッ!!
「良い隠し場所に心当たりがある……布団派のお前は知らないだろうが……『ベッドの下』は、意外と収納できるんだ!」
「!!」
ベッドの下……! 言われて初めて気付く、意識の外の領域!
誰もそんな所に本が収納されているだなんて、思いもしないだろう!
「と言う訳で怪堂先輩……よろしくお願いします……!」
「ククク、ようこそ紅蓮くん……いやここは赤鬼と呼ぶか……! さて……どうするよ、河童……おめーさんのオトモダチは腹ァ決めたぜェ……?」
「ぅ……!」
龍助だって、欲しい。家でじっくり読みたい……!
しかし……あの修道女はすごく勘が良い。こんなものを所持すれば即座に勘づき、「おんや? なんだか思春期の気配がするわね~?」とニヤニヤしながら部屋を漁るに決まっている!
下手な場所ではすぐに見つけ出され、そして未来永劫にイジられ続ける!
だが、龍助は布団派……紅蓮と同じようにはできない。
どうすれば良い……!?
リスクを考えるなら……ここは、遠慮するべきだ……!
だけど……だけれども……!
「俺は……俺はぁぁぁぁ!」
◆
「ぐぅ……」
思春期には勝てなかった。
怪堂からのプレゼントが収まった鞄を恨めしそうに睨みながら、龍助は帰路に就いていた。
「どうすりゃあ、あの人の目を誤魔化せるか……」
頑張って考えなければ、だ。
龍助が頭を抱えながら、橋の上を歩いていると。
「……ん?」
不意に、橋の下、夕日に煌めく川の水面を何かが流れていくのが見えた。
「なんだ、ありゃあ……キュウリか?」
それは、草編み舟に乗せられたキュウリだった。
草編み舟はキュウリを乗せて、どんぶらこっこどんぶらこっこと下流へと流れていく。
(……何かの儀式か?)
しかし、また何でキュウリを川に流す?
「キュウリ……川……」
その二つのワードから、龍助は河童を連想した。
ただの不可解な光景からすぐに妖怪を連想する……リヴィエールに軽く洗脳されてきているのかも知れない。
ともかく気になったので。
龍助は急いで橋を渡り切り、土手を滑り下りて河原に向かう。
「……あん?」
「へ?」
すると、橋の下には見知った顔が。
「リヴィ子?」
「龍助さん?」
リヴィエールだ。
リヴィエールが、橋の下でしゃがみ込んで、何やら合掌している。
「おい、どうした? 具合でも悪ぃのか?」
「ああ、いえ、御心配なく。そんな事はまったくありませんので」
証明するように、リヴィエールはスッとスムーズに立ち上がった。
挙動も問題無いし、顔色も悪くない。確かに、体調不良では無いのだろう。
「そうか、なら良かった。ところで、こんな所で何してんだ? 例の外せない予定、って奴か?」
「はい。水曜日は必ず、ここでキュウリを流してお祈りしているんです」
「何じゃそりゃあ……」
先ほどのキュウリを流したのは、リヴィエールか。
まぁ、リヴィエールの事だ。何かしら妖怪関連の日課なのだろう。
詳しく訊こうと思い、龍助はひとまずリヴィエールの方へ歩き出した。
その時、何かが足に当たり、蹴り上げる形に。
「んおぁ?」
それは雑誌だった。
龍助の蹴り上げた雑誌は、リヴィエールの足元に落下してぱらりと開く。
その見開きに描かれていたのは――
「あぁん? んだ、それ……って、ゥッ!?」
「これは……」
筆舌に尽くしがたいエロ漫画!
修正の甘い、完全に法規制対象の奴だ!
河原に捨てられたエロ本……都市伝説では無かった!
「…………………………」
「ぉ、おい、リヴィ子? テメェなにをマジマジ見てんだ?」
「これ、和風人外もの……もしや、妖怪関連では?」
「はぁ?」
平然とした様子のリヴィエールが足元のエロ漫画を指差す。
龍助はおそるおそる覗き込み、確認。
確かに、蕩けた顔で唾液を零しながら瞳にハートマークを浮かべている和装女性の額からは、鬼っぽい角が。
「ふむふむ……」
「ぁ、ちょ……!?」
リヴィエールはしゃがみ込んで、規制もののエロ漫画雑誌を手に取ると、ぱらぱらと中身を検分し始めた。
狼狽する龍助を尻目に、リヴィエールはじーっと黙読。
「成程。これは【山姫伝説】を題材にした作品みたいですね」
「やまひめぇ……?」
「山姫、と言う妖怪の伝説ですよ。地域ごとに毛色が大きく異なりますが、大筋は似た感じです」
リヴィエールは件のエロ漫画の最初のページを開いて、龍助に見せつけた。
龍助はビクッとしたが、まだエロい事は始まっていない導入のページだったので安心。
「この漫画は、主人公の男性は登山の最中に美しい和装の女性と出会い、その女性の色香に誘われるがまま山小屋に連れ込まれ、食や按摩の奉仕の後に性的な奉仕を受ける、と言う展開になっています」
「お、ぉう」
「山姫とは、美しい女性の妖怪です。半裸であるとする説もあれば、この漫画のように立派な着物をまとっているとする説も」
リヴィエールがぱらりと漫画をめくった。
龍助はまたビクッとするが、まだセーフ。
そのページでは、主人公の男性が十二単を纏った美女と邂逅するシーンが描かれていた。
「山姫はその色香で猟師などの山に入る男性を惑わし、自らの住処へと誘導します」
主人公と美女の邂逅が描かれた隣のページでは、主人公が美女の色香にあてられて呆けている内に、手を引かれて山小屋へ連れ込まれると言うくだり。
「そうして、住処に誘い込んだ男性にあらゆる奉仕をすると言われています」
ぱらり、とエロ漫画のページがめくられる。
龍助はまたまたビクッとしてしまうが、まだまだセーフ。
美女は主人公の肩を揉んだり、鍋を作ってあーんで食べさせたり、健全にいちゃいちゃしている。
「その奉仕のメインになるのが、性交ですね」
ぱらり、とエロ漫画のページが今までより数段手早くめくられた。
「どぅッ!?」
龍助が短い悲鳴をあげてしまうほどの描写が、そこにはあった。
唐突過ぎる、今までの丁寧な導入はなんだったのか。前戯のシーンは全カットである。
「山姫はとても性欲が強い妖怪である、と言われており、それを満たすために男性をさらい、厚遇して自分に惚れさせた後、たっぷりと行為に及ぶ……と」
龍助が酷く狼狽えているのをまるで意に介さぬように、リヴィエールはぱらぱらとページをめくっていく。
一〇ぺージ以上にわたる濃厚なエロシーンの中。
快楽の余りに美女は角を露出。山の化生であるとバレる。
しかし、美女に惚れ、更に性欲に火がついた主人公は「化生でも構わない」と行為を続行……と言う話のようだ。
「なので山姫は、男性が自分を愉しませてくれる内は厚遇し、情熱的に奉仕の限りを尽くすと言われています。……しかし……」
最終的に主人公は精力枯れ果て、「もう無理……」と満足気に倒れてしまった。
一方、美女は何やら不満気に眉を顰め――
「男性が性的に役に立たなくなると、血を吸いつくして殺してしまうそうです」
「急激なホラーだなおぉい!?」
ぱらりとめくられた最終ページ。
今までとは違うニュアンスで法規制にかかりそうな、主人公の壮絶な末路が描かれていた。
「まぁ、妖怪の伝説なので。最終的には人間に畏れられる結末が待っているのが大概です。ちなみに、山姫は鬼の一種とする説とは別に、山で暮らす食人嗜好の人間と言う説もあり……あっ」
手を滑らせたのか、リヴィエールはその手に持っていたエロ漫画を落としてしまった。
すると、今度は今の作品とは違う、普通に人と人が熱く交わるエロ漫画のメインページが開いてしまう。
「ぴゃッ」
「ぁ、って、あ?」
龍助よりも先に、小さな悲鳴が上がった。
それは――リヴィエールのものだった。
先程とはうって変わって、リヴィエールは小さな顔をリンゴのように真っ赤に染めて、激しく狼狽しながら後ずさる。
「……どうしたんだよ……? さっきまで平然と読んでいたのに……」
リヴィエールはすっかり怯え切ってしまっている。
まるで狂った猫を前にした子ハムスターのようだ。
「しょ、その……妖怪ものは、資料として読めるんですが……ま、まっとうなエ、ェ……そう言うジャンルの漫画は、ちょっと……その……恥ずかしくて……もはや、恐い……」
エロ、と言う単語すら口にするのも憚られるらしい。
龍助以上の思春期だ。
「尻目の話をした時も、平気そうにエッティとか言ってたくせに……」
「いや、だって『ぬっぽり坊主』って響き、エロくないですか?」
「……………………」
動揺の欠片も無い、すごく聞き取り易い声で言いなさる。
どうやら、本人の申告通り。
妖怪が関わった場合のみ、エロ関連だろうと平気になるらしい。
本当、変わった奴だな……と龍助は呆れ笑いを浮かべながら、おそるおそるエロ漫画に近寄り、横合いの茂みに蹴り込む。
本来なら適切な分別をすべくゴミ捨て場に持っていくべきなのだろうが……高校生の手に負える代物ではない。危険物すぎる。地域のボランティアさんが河原清掃をする時に処分してくれる事を祈ろう。
「ぁ、ありがとうございます……助かりました……」
「おう。どういたしまして……あ、そうだ。丁度良い」
「はい?」
龍助はある事を思い出し、鞄をごそごそ。怪堂にもらった事実上エロ漫画を取り出す……訳ではない。妖怪関連以外のエロは恐いと言う少女に、そんなものを突き付けるだなんて非道は絶対にしない。
龍助が取り出したのは――
「それはまさか……『妖怪マンちんすこう』ですか?」
妖怪をモチーフにしたキャラクターのシールがオマケで封入されている菓子だ。
オマケ付きの菓子、まさしく駄菓子らしい言える存在だろう。
「学校で話したろ。怪堂先輩が行き着けの駄菓子屋に連れてってくれたんだよ。んで、テメェにもよろしくってさ」
「ほうほう……派手な頭の先輩でしたが、良い人みたいですね」
「おう。すげぇ良い人だぜ。今度、怪堂先輩にもテメェの話を聞かせてやってくれ」
「はい。御礼も兼ねて、妖怪の布教、頑張ります」
……妖怪の布教……か。
「そう言えば……」
ふと浮かんだ、疑問。
今までも何度か気になってはいたが、なんだかんだ訊くタイミングが無かった事。
「リヴィ子ってさ、何でそんなに妖怪が好きなんた?」




