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06,河童が誇るは不屈の意地!!《後編》



「……一応、確認なんスけど……どうしてもやんなきゃあダメッスか?」

「喧嘩なんざ気が進まねェのは理解すっけど、ここは先輩に付き合えや」


 取りつく島が無さそうな怪堂の返答に、龍助は溜息。

 仕方なく、両手を広げ、指の隙間を閉じて張り手の構える。


 以降、合図は無かった。

 だが、二人がタイルを蹴って走り出したのはまったくの同時!


(速ぇ……だけど、翻弄されるほどじゃあねぇ!)


 怪堂の健脚は龍助より一段階上。脚力では負けている。

 だが、それだけで勝敗は決まらない。


(蹴りを中心に組み立てられるとリーチで不利だ……! まずは飛び込む!)


 龍助は矜持と育て親との約束で、張り手以外の攻撃――つまり蹴りも自主的に封印している。

 向こうが蹴りを主体にすれば、どうしようもなくリーチで不利になる。


 だからまずは、懐に飛び込む!

 そうすれば、リーチなど関係無くなるし、足の速さも無意味にできる!


 故に、目指すは一直線、怪堂の胸元――


「は?」


 怪堂の胸元が、その虎柄の後頭部で隠されて見えなくなった。

 怪堂が転倒した……!?


 ――否、違う!!


 怪堂は突然、走りながら軽く跳ね、空中前転したのだ!

 体操選手のように軽やかな動き!!


(回転踵落としか!!)


 空中前転しながら放つ、全体重を乗せた強烈な踵落としがくる!

 龍助はそう読み、腕を上段に構えてガードを試みた。


「馬鹿ハズレだぜ、河童」


 怪堂の踵は――左、横方向からきた。


「ッ!?」


 龍助はギリギリでほんの少しだけ反応できたが、遅かった。

 脇の締めが甘い半端なガード姿勢になり、怪堂の蹴りを受けた左腕が鈍く軋む。


「ッ、が……!?」


 蹴りを防いだ左腕に酷い痺れを覚えるが、呑気に喘いでいる場合ではない。

 龍助は追撃を避けるため、急いで数歩後退。


(何がどうして、蹴りが横からくるんだよ!?)


 答えは、龍助の目の前にあった。


「んな……!?」


 怪堂が……回っている!

 両手をタイルについて倒立し、ぐるんぐるんと……!


 怪堂は前転した直後、腕を伸ばし、倒立したのだ。そしてタイルについた腕を軸にして、体を風車のように大きく回転させ、横薙ぎの回し蹴りを放った!!


「アクロバットかよ……!?」

「大道芸ってか? 馬鹿違ェよ」


 手でタイルを弾き、軽やかに跳ね戻りながら、怪堂が自慢げに笑う。


「俺っちの本職はブレイクダンサーなのさ。まだまだアマチュアだけどな」


 そう……怪堂は喧嘩畑の人間ではない。本職はアマチュアダンサー!

 奇天烈なほどに派手な染髪も、鍛えあげられた肉体も、すべてはダンス・パフォーマンスを華やかに仕上げるため!


 今も現在進行形、ダンサーである事をアピールするように、非常にキレの良いサイドステップでリズムを取っている。喧嘩の最中に悠長な……などとは言えない! そのキレッキレのステップは=軽快なフットワーク! 下手に接近すれば一手先を取られる!!


「何でダンサーさんが不良やってんスか……!」

「おめーさんと同じだよ。喧嘩を売るほど野蛮じゃあねェが、喧嘩を売られて黙ってるほど御淑やかでもねェ。だから俺っち流で不良ども撃退してたら……まァ、【裏番】だとか【夜鳥ヌエ】とか呼ばれるようになったつぅ訳だ」

「ぬえ?」


 先ほど教室でも少し言っていた気がするが、一体どう言う意味の通り名なのだろうか。


「詳しくは知らねェ。なァんか妖怪の名前らしィぜ?」

「妖怪か……」


 龍助の脳裏で、「語ります?」とリヴィエールが微笑んでくる。


「とりあえず、雷雲に乗って現れるとかで【雷獣】って呼ばれるバケモンらしい」

「雷獣……ね。そいつぁ、また……」


 ダンサーとして磨き上げてきた強靭な肉体、特に強くも柔軟な足腰。そこから放たれるのは、鞭のようにしなる強烈な蹴り。一撃でも受ければ、雷に撃たれたような衝撃と痺れに襲われるだろう。


 現に、龍助の左腕がその状態だ。まだ、ピリピリとした甘い鈍りが残っている。


 だから不良どもは怪堂を、その蹴りを畏れた。

 ――雷獣・夜鳥ヌエ。そう呼ぶに相応しい苛烈だと。


「それと、先に言っとくぜ。俺っちの喧嘩スタイルはブラジル発祥の格闘技・カポエイラを真似たもんだ」

「か、かぽ……?」


 夜鳥に続き、また聞き馴染みのない単語が出た。


「ダンスと格闘技を混ぜた馬鹿イケイケなスタイルさ」


 怪堂は中学時代、同級生の不良に絡まれ、これを撃退した。それが呼び水とばかりに、彼は次々不良に絡まれるようになる。そこで彼は、護身術として格闘技について調べてみた。そうして見つけたのが、音楽×格闘! 激烈なダンスめいたバトルスタイルの競技――カポエイラだったのだ!!


「そんで、カポエイラはよォ……蹴り技が主体だぜ」


 カポエイラは元々、奴隷の間で生まれた格闘術とされている!

 不当な侵略と支配を受けた奴隷たちは、いつかの決起に備え、ダンスの練習に見せかけて戦闘訓練を行っていた!!

 故に、奴隷の拘束具、手枷を嵌められていても問題にならないスタイルとして、蹴りが主体として発展していった!!



 ――と言う説がある!!



 説の信憑性はともかく、カポエイラが蹴りを主体とする格闘技なのはガチだ!!


 怪堂が今、話している間もずっとサイドステップを刻んでいたのも、カポエイラのポピュラーな待機動作を真似たもの! 足を主体に動かし続けるバトル・スタイルを象徴するかのような動き!


「げッ……マジかよ……!」


 つまり、先ほど怪堂が放った強烈な蹴りは、キメ技でも何でもない。ジャブ感覚で、あれが飛んでくる。


「青ざめたな。噂は聞いてるぜ。おめーさん、喧嘩じゃあ張り手しか使わねェんだろ?」


 蹴りが主体の怪堂。

 張り手しか使わない龍助。


 絶望的なリーチ格差。最悪の相性だと言えるだろう。


「それで俺っちに勝てると思うか? 河童ァ」


 怪堂は挑発している!

 張り手以外も使ってこいよ、と!


「……ああ、厳しいでしょうね」


 蹴りの威力ひとつで、龍助にはわかる。怪堂の身体能力は、確実に自分より上だ。それを相手に、張り手だけと言う枷をつけて、勝てるだろうか?


 ずばり厳しいだろう。


 そう、あくまで厳しいだけ。


「無理とは、思わねぇッスわ!」

「!」


 龍助、突進!!


(作戦は変わらねぇ! 距離を詰めて、リーチのハンデを殺す!)

「おいおい、馬鹿みてぇな大馬鹿さんなのかァ~……? ついさっき、その作戦が失敗したばっかじゃあねェか」


 龍助の突進の目的を察し、怪堂はステップを変更。右足を引いた。

 回し蹴りか。引きの大きさからして中段から上段!


 まだまだ龍助は射程範囲外だのに、わざわざ予備動作を臭わせたのは――ずばり、牽制!


 龍助には先の一撃で、怪堂の蹴りの破壊力が体に刷り込まれている!

 このまま突っ込む――それはあの蹴りの射程に飛び込むと言う事!

 それを強く認識させ、龍助の足をほんの僅かにでも躊躇わせる打算!

 要は、揺さぶり!


 怪堂はダンサーとして下半身を特に鍛えている!

 その蹴りの鋭さは神速と言って良いだろう!

 正面から撃たれて、躱すのは難しい!


 そしてあの威力――足を引くだけでも、その威嚇効果は絶大!


 ――だとしても!

 龍助は一切の躊躇い無く、突っ込んだ!


「馬鹿根性かよ」


 半ば呆れとともにつぶやきながら、怪堂は蹴りを放った!

 ダンサー特有のしなやかな下半身だからこそ撃てる、非常に捻りのきいた鋭い上段回し蹴り!!


 龍助がまだ痺れの残る左腕でガードすると、スッパァァン!! と、まるで鞭打ちのような破裂音が響き渡る!!


「ぐ……がッ……ぁいなぁッ!!」

「!」


 やや涙目になりつつも、龍助――堪えた!!

 先ほどの痺れがまだ残る中で、怪堂の上段回し蹴りを受けた左腕。その感覚はほぼ完全麻痺……だが、しっかりと、その場で受け切った!


(ここだ!)


 怪堂は今、右足を蹴り上げた状態、左足一本で立っている。

 その体勢で回避などできるものか。よしんば躱せても、転倒必至! そうすれば追撃を確実に入れられる!


「っしゃぁ! 俺の張り手にキスしてもらうぜ!!」


 龍助、勝ちを確信して右張り手を放つ!


「――野郎にキスする趣味はねェな」


 怪堂、大きく上半身を逸らせて張り手を回避!

 当然、体勢が崩れ、コケ――ない!


「んなッ……!?」

「ダンサーの体幹、ナめんなよ。後輩坊や」


 龍助の伸び切った右手を怪堂が掴み、思い切り引っ張った。

 足一本で立っているとは思えないすごい引っ張り力。ダンサーの体幹と足腰あっての芸当だ。


 張り手を放った直後で重心が前のめっていた龍助は当然、堪えきれない!


「んおぉッ!?」


 体勢を崩されたのは、龍助の方!


 龍助がふらついた隙に体勢を立て直した怪堂。

 その膝蹴りが、龍助の無防備な鳩尾みぞおちをえぐる!!


 体内から聞こえた鈍い音に一瞬遅れて、強烈な痛みが一気に突き抜けた!!


「ッ、ぁ……!?」


 強制的に肺の中の空気が排出され、龍助はろくなうめきもあげられない。

 思わず、膝でタイルを突いてしまう。あまりのダメージに、さすがの龍助も立っていられなかった。


 一方、怪堂は軽快なステップを刻みながら、龍助から距離を取る。

 あくまでも、蹴り(リーチ)の優位を確保し続けるつもりらしい。


「どォだ? まさしく痛感したろ。変なコダワリは捨ててよォ~……拳や蹴りを使った方が身のためだぜェ?」


 言いながら、怪堂は軽快なサイドステップを刻む。当然だが、この程度で怪堂の動きに陰りは出ない。疲労など皆無。まだまだ、強烈な蹴りを何発、何十発と撃てるだろう事が伺える。

 龍助に絶望を叩き付けるように、怪堂は踊るのだ。


 だが、


「ぐ……あんたこそ……俺を……ナめんなよ……!」


 零れてしまった唾液を拭いながら、龍助は勢いよく立ち上がった。


「次こそは、張り手をぶち当ててやらぁ……!」

「……わかってねェのか? 張り手じゃあ無理なんだよ。今のだって、拳か、せめてき手なら、掠りくらいはしてたはずだぜ?」


 張り手は掌を立てて振り回すため、拳や貫き手よりどうしても速度が落ちる。

 逆に、拳や貫き手は空気抵抗も少ないし、人体構造上、力み易い。


 どう考えても、張り手より拳や貫き手の方が使い勝手が良い。

 よほど特殊な訓練でも受けていない限り、張り手より拳や貫き手の方が、スピードも破壊力も上なのだ。


「張り手でも、当たるまで振り回せば当たるだろ……!」

「脳筋気取りかァ? やァめとけ。おめーさん、そこまで馬鹿じゃあねェだろ?」

「馬鹿になんなきゃあダメなら、そうするまでだ!」

「……どォして、そこまで張り手に馬鹿拘るんだよ? 相手を怪我させないためか?」


 ……龍助に負けた釜瀬がぴんぴんしているのを見て、怪堂は不思議に思った。

 一年の分際で三年と喧嘩するようなイキがり野郎が、どうして喧嘩相手にほとんど怪我を負わせていない?


 不良学生の喧嘩なんて、意図しなくても怪我をするかさせてしまうものだ。むしろ、怪我をさせない、極軽傷で済ますなんてかなり気を遣う必要がある。イキがり野郎なら、まず間違いなく喧嘩で高揚したテンション任せに相手に大怪我をさせるだろう。


 だのに釜瀬は……少なくとも一週間程度で心身共に完全な健康体に戻る程度のダメージしか受けなかった。つまり河童――龍助は、意図して、相手に怪我をさせないようにしている。

 怪堂はそう推測した。


「たかが不良学生の喧嘩で、なァにをそこまで気ィ遣ってんだ?」

「………………何で、かって?」


 ――龍助が教会の養育施設にいた頃。

 育て親の修道女は「自分の身は自分で守れるようになりなさい。社会は良い人ばっかじゃあないのよ」と護身術を教えてくれた。そして修道女は、毎日の訓練の終わりに必ずこう言った。


 ――「誰かと戦う事になっても、張り手以外は使っちゃダメよ」


 それは何故か?

 龍助の問いに、修道女は答えた。


 ――「拳は簡単に人を壊すわ。蹴りも。武器は当然。それで、あんたは楽しいの?」


 本当は、力に頼る護身など少しも教えたくはなかっただろう。

 だが……世の悪辣な人種は、無力な平和主義者をこそ獲物にする。


 だから、張り手だ。


 張り手も場合によっては凶器だが、比較的、相手に与える損壊が少ない。上手くやれば、軽く頬を腫れさせるだけで制圧できる。どうしても実力行使でしか解決できない事があるのなら、その時は最低限の術を選べ、と。


 ――「将来、不良の王様でもギャングスターでも、あんたがそれで良いと思えるのなら何にでもなれば良い。でも、相手を壊して喜ぶようなクズにだけはならないで」


 例え相手がどれだけ理不尽だろうと、どれだけの悪党だろうと。そいつをぶっ壊して喜ぶような人間にだけはなるな。相手がどれだけ汚くても、自分だけは高潔で在りなさい。


 その精神性こそ、彼女が教えたかった大切なもの。


 故に「どうして張り手に、相手に極力怪我をさせない喧嘩スタイルに拘るのか」。

 そう問われれば、答えよう。


「大切な家訓だ!」


 彼女の教えを破るつもりなどない。

 そして、彼女の教えを間違いだと誰かに言わせるつもりも毛頭ない!


 だから龍助は、天が落ちて地が飛んだとしても、張り手だけで喧嘩に勝つ!

 負けるのもダメだ。勝つまで挑み続ける!

 挑み続けている間は負けじゃあない!!


 拳や蹴りを使えばもっと楽に勝てるとしても。

 勝つためなら、己の利益のためなら、矜持も礼儀も要らないだなんてクズにはならない。


 彼女の教えはどこまでも正しかったのだと。

 彼女の教えを守ったからこそ立派な男になれたのだと。

 そう、胸を張るために。


 龍助はこの意地を貫き通して、必ず勝つ。

 何度、蹴られ、蹴られ、蹴り飛ばされ続けたとしても!


「……カカ、カカカカ! そォかそォか、そいつァ良い事だ! 馬鹿マジになァ!」

「お褒めいただきドーモ……!」


 龍助は強制的に狂わされた呼吸を整える。

 張り手を構え、そして、地を蹴った!

 怪堂へと真っ直ぐに突進! 「愚直で結構、これが俺のやり方だ!」と叫ぶように!


 だが、


「…………ン? 何だ、張らねェのか?」

「……どういうつもりッスか?」


 龍助は、怪堂の顔に張り手を叩き込もうとした……のだが、寸前で止めた。

 最初から寸止めするつもりだった、訳ではない。なんなら一発KOすら狙う意気込みで放とうとしていた。

 しかし……あまりの違和感に止めざるを得なかったのだ。


「何で、避けようとも防ごうともしないんスか」


 あまりにも突然。怪堂から物騒な気配が消えた。ステップも止まった。

 もしも龍助が張り手を止めなかったのなら、その頬に張り手がクリーン・ヒットしていただろう。


「いやさ。もォ充分だなァと思ってよ」


 お疲れサン、と笑う怪堂の雰囲気は完全に元通り。喧嘩が始まる前の安穏としていて気怠げなそれ。


「喧嘩はここらでやめにしてェんだが……俺っちはそこそこおめーさんを蹴っ飛ばしちまったろ? だのに俺っちは一発ももらわずに中止しようつっても、納得してもらえねェかなァって」

「……はぁ……?」

「ほれ、さっさと二・三発。ぱぱっとやっちまってくれ。それでオアイコって事にして終わろォぜ?」

「いや、そう言われても……」


 あまりに急激な展開、龍助は完全に肩透かしを喰らった状態。

 相変わらず、怪堂のスピードについて行けない。


「……………………」


 龍助はとりあえず思考を整理。

 怪堂の意図する所は不明だが……。


「……いや、無抵抗キメ込んでいる人の顔、張れる訳が無いじゃないスか」


 やれやれ、と龍助は張り手を引いた。


「ほォ~、本ッ当に馬鹿素直っつゥかなんつゥか……底抜けのお人好しさんだわなァ! カッカッカッ!」


 想像以上だぜ、と怪堂は天を仰いでゴキゲンに笑う。


「いやァ、まァ、俺っちもマゾじゃあねェから。そう言ってもらえるのはありがてェ。ほんとごめんな? 俺っちの蹴り、痛かっただろ? でも手を抜いちゃあ意味がねェしさ……よし、詫びに何かおごるわ。良ィ駄菓子屋を知ってるぜ。今日の放課後、どォよ?」

「素敵なお誘いをドーモ……ただ、その前に色々と説明してください」


 本気で喧嘩しに来たかと思えば、突然この態度。急転直下で訳がわからない。


「……あんた、どう言うつもりでこの喧嘩を始めたんスか」

「ん? あァ。さっき、釜瀬の仇討ちだつったろ? あれ無し」

「えッ」

「ちょっと確かめたかっただけさ。おめーさんが、どれくらい強情なのかをな。……ぶっちゃけ? 俺っち、そんな釜瀬とナカヨシじゃあねェし。あいつの仇討ちなんざ、キョーミ無ェ。だが、釜瀬はおめーさんを潰したくて仕方無ェみてェでな。このままだとあいつ……何をしやがるか、わかったもんじゃあねェ。武装した集団に闇討ちとかされたら、おめーさんでもキツイだろ?」

「……それでも勝ちますけど?」

「カカカ! 馬鹿生意気か! ……まァ、だとしても、怪我くれェはしちまうだろ?」

「それは……まぁ」


 さすがの龍助も、がっちがちに武装した不良が二〇・三〇と数を揃えて奇襲してきたら、それなりに手こずるだろう。


「だから、俺っちが出張ったんだよ」


 怪堂は、釜瀬の様子から「龍助は喧嘩ジャンキーのクソ不良ではないだろう」と言う事を推測していた。何か理由があって釜瀬を倒した。……まぁ、釜瀬は絵に描いたようなド不良。経緯の推察も難しくない。だとすれば、龍助は自分と同じく成り行きで不良界隈に入ってしまった後輩。そんな龍助が、理不尽な報復で怪我をするのはしのびない。

 故に怪堂は、釜瀬に「全部任せろ」と言って龍助の事を引き受けた。


「……それなら、喧嘩する必要は無かったんじゃあ……」


 龍助に事情を話し、裏を合わせて釜瀬に報告すればそれで済んだろうに。


「それじゃあ根本的に解決しねェ。どォせおめーさん、今後も釜瀬や似たような奴がダセェ真似してたら、絶対に割って入るだろ?」

「はい」


 龍助は何の迷いもなく頷いた。


「な? おめーさんのその行動は間違っちゃあいねェが、その度に俺っちが出張るなんざ馬鹿メンドクセー」


 なので、根本的な解決をするために。

 怪堂はある事を確かめたかったのだ。


「今の喧嘩で、おめーさんの事はよォくわかった。龍助くんよ」


 怪堂は龍助に近寄り、そして――手を差し出した。

 どう見ても、握手を求める手だ。


「俺っちとチーム作らね?」

「チーム……?」

「派閥って奴だな。一応、俺っちの顔を立てて【怪堂派】って事にしてくれっと、何かとやり易い」

「……何のためにッスか?」

「チーム作る理由なんて、抑止力以外に無ェだろ?」


 強い派閥に属している者を攻撃すれば、その派閥が黙っていない。

 つまり、怪堂派のメンバーに手を出せば「怪堂が黙っていない」と言う話になる。


「俺っちが強ェのは痛感したろ? それに俺っちにゃあ、それなりの人望と人脈もある。潜在的な怪堂派だ。声をかけりゃあ、そこそこの戦力も集められる」


 怪堂は、番長かませすら認めるカワコー最強の裏番。三年生である怪堂に「生意気だ」と言う理由で躍起になる者もいない。誰も、好き好んで虎の尻尾を踏もうとは思わないのだ。


「じゃあ、俺が今後ふざけた野郎を見かけた時に、怪堂派の肩書きがあれば……」

「そ。相手の方から逃げてってくれる可能性が高くなるって訳よ。揉め事の回避にゃあ最高のツールだ」


 釜瀬だって、怪堂を敵に回してまで龍助をどうこうしようとはしないだろう。

 そこまで愚昧な男なら、不良集団とは言え一団体のリーダーにまで登り詰められるはずがない。


「……俺があんたの名前を悪用して、好き勝手したらどうすんスか?」

「カカ! そんなお利口さんじゃあねェってわかったから、こうして提案してんだよ」


 怪堂がわざわざ喧嘩をしてまで確かめたかった事。

 それは、龍助の強情さだ。真面目さ、律儀さと言っても良い。

 何が起きようとも義や筋を通す男かどうか。それを確かめたかった。


 結果は、文句無し。


 怪堂の本気の蹴りを喰らって。実力差を存分に弁えて。それでも龍助は、矜持を貫こうとした。

 こんな馬鹿野郎なら、怪堂がバックについたからと言って調子に乗る事も無いだろう。


「……そう言う事なら、よろしくお願いします」

「おうおう。ほんっと馬鹿素直で嬉しいねェ。俺っちに蹴り入れられた事、本当に怒ってねェの? この乱暴者めー、って」

「まぁ、ちょっとは不満もありますけど……納得したんで」


 怪堂が喧嘩をふっかけてきたのは、龍助が手を組むに値する相手かを試すため。

 もうちょい他に無かったんスか……? と不満は抱くが……龍助では現状、具体的にその「他」が思いつかないし、意図は理解する。


「カカ、物分かりが馬鹿良ィな。歳下とは思えねェ」

「育て親の教育が良かったんスよ」


 誇るように笑って、龍助は怪堂の握手に応じた。


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