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05,河童が誇るは不屈の意地!!《前編》


「――先ほど紅蓮さんが言った通り、河童には『相撲がめっぽう強い』と言うメジャーイメージがあります。それは一体、何故か?」


 リヴィ子スケブがぱらりとめくられる。


 現れたのは、まさに相撲の一幕を切り取ったイラストだ。

 力士二人が全身に気迫を滾らせ裸体をぶつけ合う様。


 ……だがしかし、一点だけ。

 龍助と紅蓮の知る相撲とは違う事があった。


「ん、何だ? このお爺ちゃんはよぉ?」


 龍助が、その一点を指差す。

 それは――雲の上に座した老人。


 力士と力士が取っ組み合い……まさに相撲と言うべきその様を、何やら偉そうな老人が雲に座って見下ろしているのだ。

 老人が着用している白いTシャツには「神」の一文字が。


「元々、相撲とは神に捧げる行事、神事なんです」


 更にぺらりとスケブがめくられる。

 すると次は、神T老人から優勝トロフィーらしきものを受け取って満面の笑みを浮かべる力士のイラストが。


「故に、神事たる相撲の強者は神に気に入られる=神に近付ける存在。ちなみに横綱が土俵入りの際に腰に巻く綱は、神社に飾られていたり神木に巻かれたりしている注連縄しめなわと同様。つまり『此れは神の領域に在る』と明確化するアイコンです」


 現代でも『横綱は神の依り代である』と言われる所以だ。


「『相撲が強い者は神の領域に近付く』……であれば、逆説的に『神は相撲が強い』と言うイメージが形成されていったと推測されます」

「ふむ……つまり、黄河の神・河伯から由来している河童は、相撲が強くて当然であると」

「イエス。龍助さんもですが、紅蓮さんも中々話が早くて助かりますね」


 優秀な聴衆に囲まれて御満悦。

 うんうんと頷きながら、リヴィエールは更にスケブをぺらり。


 現れたのは、河童が両手に一人ずつ横綱級力士を持って、ぶん回しているイラストだ。


「河童はとんでもなく相撲最強だった訳です。当然、人智を飛び越えるレベルで。……そして、殊、相撲に関して。河童は少々やんちゃな一面があります」

「ふむ……やんちゃ?」

「はい。河童は相撲が得意故に大好き過ぎて、通りすがりの人間を見つけては捕まえて、相撲を取っていました」

「そりゃあ確かに活発な事だけどよぉ、やんちゃって言うほどか?」


 施設にいた頃は問答無用で年少組の激しい遊びに巻き込まれていた龍助的に。

 ちょっと辻斬り的に相撲をふっかけられる程度、やんちゃの内には入らない。


「龍助さん……河童はタフです」

「おう」

「一度や二度の取り組みでは疲れません。投げ飛ばした人間を叩き起こし、もう一度」


 ぺらり、とスケブがめくられると、河童が人間を下手投げで吹っ飛ばしている迫力のイラスト。


「更に投げ飛ばした人間を叩き起こし、もう一度」


 ぺらり、とスケブがめくられると、河童が人間を上手投げで転がすイラスト。


「……おう?」


 龍助はここらで嫌な予感を覚えた。

 それを裏付けるように、リヴィエールの手は止まらない。


「また更に投げ飛ばした人間を叩き起こし、もう一度」


 ぺらり、とスケブがめくられると、河童が人間を首投げ。


「またまた更に投げ飛ばした人間を叩き起こし、もう一度。もう一度。もう一度」


 ぺらり、ぺらり、ぺらり、とスケブがじゃんじゃかめくられていく。

 掴み投げ、掛け投げ、一本背負いと、河童は投げ技のデパート状態。


「以降、人間が指一本も動かせなくなるまで繰り返された、らしいです。時には死人も出たとか出ていないとか」

「…………さっきとは逆の意味で、やんちゃって言う次元か? それ」


 人外らしいパワフル取り組みの相手を、死ぬまでやらされる……エグい。


「まぁ、人間側もたまったものではなかったのでしょう。理解します。私だって人間ですから。……でも、河童のする事じゃあないですか。人間のスケールに収まらないのは当たり前じゃあないですか。だのに人間どもは、この後、河童にとても惨い事をします」

「人間どもて、テメェなぁ……」

「うむ。河童への感情移入具合がすごいな」


 何だろう、若干、リヴィ子から凄味を感じるぞ……龍助と紅蓮は僅かにたじろぐ。


 リヴィエールはどうにも、人間どものやった『惨い事』とやらを思い返しただけで、かなりトサカに来ているらしい。

 中学時代からヤンキーをやっていた男子二名を同時にたじろがせるほどの憤り……一体、人間どもは河童に何をやらかしたのか。


「……その仕打ちの仔細を明かす前に、ひとつ、補足情報を。『河童のお皿について』、です」


 そう言って、リヴィエールはスケブのページを戻し、最初の河童のイラストへ。

 そして、その頭に被った皿をとんとんと指で叩く。


「そもそも何故、河童は皿を被っているかと言いますと。これまた諸説ありますが……皿とは御飯を盛る物。生命維持の根幹とも言える食事に不可欠な存在。それ故に、古くから皿は生命力と深く関連付けられる事のある物品です。縁起物として御皿を始めとする食器類を配る所以ですね。なので皿を冠する事は生命力の滾りを現すアイコンになる……と」

「へぇ……皿にそんな大層な意味が……」


 バイトを始めたての頃、何枚か割ってしまった覚えのある龍助と紅蓮は「ぉお……」と若干おののく。


「して、河童の御皿はまさしく生命線。この御皿には貯水機能があります。河童は水性の妖怪ですので、水分が無くては弱体化してしまう。それを防ぐため、このお皿に水を貯めていたんです」

「アンパン男の逆バージョン、と言った所か」

「あぁ、あの顔が濡れると力が出ねぇって奴か」


 顔が濡れると力が出ないアンパン男。

 皿が濡れていないと力が出ないカッパンマン。


「この弱点が――人間どもに知られてしまうんです……!」

「「!」」

「そして人間どもは、こんな教えを広めました」


 わなわなと怒りに震える指で、リヴィエールがスケブをめくる。

 現れたのは、殴り書きされた「F」から始まる過激な英単語!!


「『河童に会ったら、お辞儀をしろ』……と!」


 …………………………。


「「????」」


 龍助と紅蓮の頭上に、大量の「?」が渋滞する。


「龍助さん! 紅蓮さん!」

「ん、あ、おう?」

「え、と、うむ?」


 いきなり声を張り上げたリヴィエールに、龍助も紅蓮も軽く引く。


「はい、私は今、お辞儀をしましたぁ!!」


 何を思ったか、リヴィエールは座ったままぺこりとお辞儀。

 声を荒らげている割には、至極丁寧なお辞儀だ。育ちの良さを感じる。


「お二人は、これに対してどうしますか!?」

「えぇと……まぁ、お辞儀をされたら、なぁ? 紅蓮」

「うむ。まぁ、そうされては、対応はひとつしかないだろう。龍助」


 と言う訳で龍助も紅蓮も、訳はわからないがひとまず。

 二人は座ったまま、リヴィエールにお辞儀を返した。

 お辞儀――つまり、腰から背を曲げ、頭を傾ける。


「「あ」」

「気付きましたね……お辞儀をされたら、お辞儀を返す。礼儀なので当然です。河童も返しますよ」


 河童は元々が神。

 礼節を軽んじるはずがない。

 人間相手だろうと、お辞儀をされたらば返したはずだ。

 腰から背を曲げ、頭を傾けて。


「すると頭が! 頭のお皿が! 傾いて! 水が零れちゃうんですよぉぉぉ!!」


 もう激情が留まらねぇ、と言った所か。

 ついにリヴィエールは勢いに任せて立ち上がり、バァンと机を平手打ち。

 その迸る衝撃で卓上のサンドイッチが飛び上がり、床へ向かって落下。

 龍助は喧嘩で鍛えられた反射神経を活かして「おっと、勿体ねぇぜ」と、どうにかサンドイッチを掴み止めた。


「熱くなり過ぎだぜ、リヴィ子。まったく」


 救出したサンドイッチをリヴィエールのバスケットに戻しつつ、龍助は呆れたように溜息。


「……だが、しかしよぉ。確かにそいつは酷ぇ話だぜ」

「うむ……大河がここまで憤るのも頷ける非道だ……」


 河童の礼儀正しさに付け込んだ卑劣な罠!!

 それがお辞儀作戦……オペレーション【OJIGI】!!


 河童がお辞儀をせざるを得ない状況に追い込み、その皿から水を奪って弱体化させる!!


 いくら傍迷惑な相撲ジャンキーと化した河童を撃退するためとは言え、この作戦は――あまりに人の道を外れた残虐!!


「外道の発想だと思いませんか!?」

「ああ、思うぜ。相手の律儀さに付け込むなんざ、人としてサイテーな発想だぜ」

「うむ……まったくだ」


 龍助と紅蓮が今までさんざ戦ってきた不良の中にも、そこまでの卑劣を行使するクズはいなかった。

 社会への反骨・秩序への不服従を謳うような不良の典型めいた輩でさえ、そんな下衆の所業には走らないのだ。


「して、大河。そうなると、河童は……」

「ああ、どうなっちまったんだよ、リヴィ子」

「……河童は……人間どもに、投げられてしまいます……!」


 悔しさからか。リヴィエールは柄にもなく拳をぎゅうっと握り固める。


「何度も……何度も……! 河童は投げられて、投げられて、投げられ続けてしまったと。その後、河童の寿命が尽きるまで、河童は投げられ続け、相撲に勝利する事はできなかったと言われています……!」

「……クソが……」

「……あまりにも、酷い話だ……!」


 惨憺の極みたる結末……。

 これには基本温厚主義の龍助と紅蓮も、舌打ちを抑えきれない。


「……でも、二人とも。私も最初はそうでしたが……人間どもへの怒りに駆られて、ひとつ大切な事を見落としていませんか?」

「「……?」」

「河童が、何度も何度も、命尽きるまで投げられ続けたと言う事実です」


 一体、それが何だと言うのだろう。

 単に「人間どもは最後の最後まで良心の呵責も無く、河童に対して非道なお辞儀作戦を徹底した」と言う話では?


「何度も何度も投げられた……つまり、河童は何度も何度も、その投げられた数だけ、『挑んだ』と言う事なんです……!」

「「!!」」


 そうだ。相撲を挑まなければ、投げられる事は無い。

 投げられたと言う事は、挑戦の証左に他ならない!


「河童は馬鹿じゃあありません。気付きますよ。絶対。『人間どものお辞儀に礼儀の心など無い』と。自分を貶めるための卑劣な策略でしかないと。それでも河童は投げられ続けました。礼儀の心とは己の中に在るもの――例え相手が外道の極みを進む者でも、己の中の礼儀を穢さず、お辞儀を返し続け、そして投げられ続けた。お辞儀をされたら必ず返す。でも、そうしたら投げられる。それがわかっていても、何度も挑み、何度もお辞儀を返して、礼節を尽くした上で相撲に臨み続けた!!」


 卑怯に対し卑怯で応じるような恥晒しはせず。

 河童は、己の矜持を貫き続けた。

 諦める事は無く、ただひたすら、水を失っても勝つために足掻き続けた。

 外道に対してだろうと、己が信じた正道に殉じた。


 その足掻きが成果として結実する事は無かったかも知れない。

 だとしたら、その足掻きは無駄だったのか?


 ――そんな事は、断じてない。


 その不屈の河童魂を示す逸話は――今こうして、一人の少女と二人の少年の心を熱く滾らせているのだから!!


「河童……すげぇ……!」

「予想を遥かに越える熱い話だった……! よく頑張った……感動した……!」

「……以上、河童のカッチョ良いエピソードです」


 龍助と紅蓮のリアクションに充実を覚え、リヴィエールは満足げにスケブを閉じた。


「……さて。ランチを進めながら話すつもりが……完全にランチそっちのけにしてしまいましたね」

「ああ、だな。こっからは一旦、飯に集中するか」


 と言う訳で、龍助・紅蓮・リヴィエールはランチに集中するべく――


「うーい、ちょいと邪魔しちゃうぜェ、一年生」


 気怠げな声と共に、教室内が一気にざわついた。


 そのざわつきが気になり、龍助たちが一旦、教室の入り口へと目を向けると。

 入室してきたのは、虎柄頭の派手なサングラス男子。

 音楽を嗜むらしく、首にヘッドフォンを引っかけている。


 先ほどの言動からして、一年生ではない……つまり、二年生か三年生、先輩さんだ。


「派手な頭の先輩だな?」

「うむ、まったくだ」

「……それ、あなたたちが言います?」


 龍助は緑髪、紅蓮は赤髪。

 確かに虎柄と比較すればインパクトは劣るかも知れないが……。

 どう考えたって充分「オマエらが言う?」案件だろう。


「おうおう、おめーさんらか? 噂通り、派手な頭してんなァ」


 虎頭のサングラス先輩の方も「オマエが言う?」案件な発言と共に、軽く手を振りながら龍助たちの方へ向かってきた。


「初日でうちの番長サマを潰した河童くん、そんで河童くんとよくツルんでるっつぅウワサの赤鬼くんだっけかァ?」

「「……………………」」


 先ほどまで、「頭からして何か面白そうな先輩だな」と気楽に構えていた龍助と紅蓮だったが。

 不良としての通り名を呼ばれた事で、先輩の用件を察し、一気に表情を切り替えた。

 活発なただの男子高校生の表情から、通り名がついて回るほどの不良の表情に。


「俺っちは三年の怪堂かいどう震夜シンヤ。まァ、一応【夜鳥ヌエ】っつゥアダ名で通ってる」

「……一年の更頭さらかぶり龍助ッス。ドーモ」

「同じく、燻利いぶり紅蓮です」

「ン。嬉しいねェ。ちゃアんと名乗り返してくれるたァ、予想通りに常識的だ」


 嬉しいと言う割には非常に面倒くさそうに、怪堂は虎柄の頭をボリボリと掻いた。

 まるで「いっそ非常識の塊みてェな連中だったら良かったのになァ」とでも言いたげだ。


「みんなで仲良くお昼中に、ほォんと心苦しいんだけどよォ……龍助くんだけでも良ィし、紅蓮くんも一緒だって良ィからさ。ちょいと面ァ、貸してもらえるかい?」



   ◆



「あの……大丈夫、なんでしょうか……?」


 教室の隅、リヴィエールは両手でサンドイッチを持ったハムスタースタイルで昼食をとりつつ、隣に座す赤髪の大男・紅蓮に訊く。


「龍助さん……一人で行ってしまいましたが……」


 ――「三年の先輩が俺に用つったら、あの番長さん関連だろうさ。なら、俺以外が行くのは筋が違ぇ」


 龍助はそう言って紅蓮とリヴィエールをおいて、一人、あの怪堂と言う先輩について行ってしまった。


「うむ……まぁ、心配ではある」


 紅蓮もそれなりに喧嘩経験がある。

 故に、経験則から相手の実力を測るくらいはできる。


 あの怪堂と言う男。

 かなり気怠そうではあったが……体つきからして、かなり鍛えていると一目でわかった。

 パッと見では流石に推し量れる事も少ないが……ざっくり目算でも、龍助が一騎打ちで勝てるかは怪しいだろう――と言うのが紅蓮の所見。


「だが、あそこで『お前だけでは心配だ』とついて行くのも違うだろう」


 龍助は暗に「俺の個人的な喧嘩だ。手出し無用で頼むぜ」と言っていたのだ。


「それに、あの先輩。気配が妙だった。おそらく、何がどう転んでも大丈夫だと思う」

「……け、気配……ですか……?」

「端的に言って――」



   ◆



(――やる気ってもんが、まったく感じられねぇ)


 一年校舎の屋上にて。


 なんだか楽し気に口笛を吹く怪堂の背中を見ながら、龍助は訝しんだ。

 怪堂の気配は、どれだけ探ってみても……これから相手を潰すつもり、喧嘩に臨もうと言う雰囲気ではない。


「いやァ、一年校舎の屋上は久々だなァ……そりゃあそっか。俺っち三年だし。ここに入り浸ってたのはもォ一年以上前かァ」

「……つぅか、屋上の鍵を何で怪堂先輩が持ってんスか?」


 屋上の鍵は本来、職員室で借りる必要がある。

 それも、ちゃんとした利用目的(科学の課題などで日当たりが好く広いスペースを使いたい、等)もあわせて申請しないとダメだと聞いた。


「俺っちが可愛がってもらってたパイセンからの贈りモンさ。カワコー屋上よくばりセット~☆」


 怪堂が指に引っかけて回しているキーリングには、五本の鍵が取り付けられている。

 怪堂の言動からして……一年校舎・二年校舎・三年校舎・特別教室校舎・旧校舎、それぞれの屋上の合鍵、だろうか。


「……それ、合法オッケーなやつなんスか?」

「さァね? 勝手に作ったか、許可もらって作ったか。俺っちは知らねェからグレーゾーン。少なくともこいつを持ってて怒られた事ァねェな。持ってんのバレた事がねェからァ」


 カカカカ、と怪堂が笑う。

 ……グレーゾーン判定の元になっている理論そのものもグレーゾーンである。


「ンで、龍助くんよ。とりま、まずは御礼から言っとくべきかァ?」

「何のッスか?」

「馬鹿正直に一人で来てくれてありがとサン」

「……ああ、そう言う」

「二人相手でも良かったがよォ、手間が倍以上になりそうだったからなァ。馬鹿メンドクセー。つか、聞いてたより馬鹿デッケェなァ、赤鬼。あれ二メータ普通に越えてんじゃね? 今で何センチよ?」

「春休み前に測った時は、二二五でしたけど」

「マジかよ……世界記録を狙えんじゃね? ギネスって二五〇くらいだっけ? 馬鹿すッげェ」


 怪堂は素直に驚いたような表情をみせる。表情豊かで陽気な男だ。


「なァに食ってりゃア、そんなになんだァ……? 気になるわァ」

「…………そんな話をするために、わざわざ一年の教室まで迎えに来たんスか?」

「カカ、どォ思う?」

「……………………」


 読めない。掴みどころがわからない。

 怪堂が何を考えているのか、さっぱり。雲に手を突っ込んでいるような気分だ。

 先にも言ったが、これから喧嘩をしようと言う雰囲気ではない。


 ……だが、今まで面識の無かった三年生が、龍助を不良界隈の通り名で呼び、訪ねてきた。

 その理由は、やはり喧嘩以外には有り得ないと龍助は考える。


「番長さんの仇討ち……とかじゃあ、ないんスか?」

「ン、まァ……今のところ、それが正解だな」

「……今のところ……?」


 妙な含みのある言い方だ。


「あと、ひとつ訊いて良ィか?」

「……ドーゾ」

「おめーさん、何で釜瀬……うちの番長に手ェ出した?」

「……はぁ……一応、俺の名誉のために言っときますけどね。俺から手ぇ出した訳じゃあないッスからね?」


 カワコー内ではすっかり「河童が入学早々に下克上バトルを仕掛けた」だなんて噂になっているが、事実無根だ。


「あの番長さんが入学早々の新入生に絡んでダセぇ真似してたから、止めに入っただけッスよ」


 すると番長が逆上したので、「おう上等だゴルァ! 俺の張り手にキスしやがれ!!」と即断即行で撃退しただけ。


「喧嘩は絶対に買いますが、絶対に売らねぇ。家訓なんスよ」

「カカ! そいつァ良い家訓だな」

「うッス。自慢の実家ッス」

「……良い笑顔で言うじゃあねェの。不良のくせに馬鹿良い子さんかよ」


 やり辛ェ事この上ねェなァ……とボソボソ言いながら、怪堂が腰を落とした。

 臨戦態勢、と言う所だろう。


「んじゃあ、昼休みもそんなに馬鹿長くねェし。ちゃちゃっとやっとこォか。龍助くん――いんや、河童よォ」

「……!」


 サングラスの奥で、何かが光った。

 眼光だ。鋭い、なんてものではない。まるで銃弾。

 視線で射抜かれただけで、寒気がした。サングラス越しだのに。

 裸眼で睨まれたら、下手な小動物ならそれだけでストレス死してしまいそうな眼力。


「……ッ……随分と急に、雰囲気が変わるんスね……!」

「切り替えが早ェのは良い男の基本だぜ? 覚えとくんだな、後輩坊や」


 前言撤回。怪堂は――やる気だ。


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