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04,キュウリはとてもローカロリー


「つぅ訳でリヴィ子。俺らと飯を食おうぜ」

「ど、どう言う訳……?」


 昼休み。

 教室の隅、リヴィエールの席に二人の男子生徒が押し掛けてきた。


 一人は、河童こと龍助。

 そしてもう一人は、龍助の幼馴染。赤鬼こと紅蓮。


 大柄な部類の龍助でも、紅蓮は見上げるほどの巨体。

 小柄なリヴィエールからすると、紅蓮と言う大男はもう別の生き物感すらある。


「ぴ、ぴぃ……」


 これには思わずリヴィエール、締め上げられた小鳥のような声が漏れた。


「ん? どした? もしかして紅蓮が恐いのか?」


 喧嘩直後の龍助にすら平気で絡みにきたくせに。


「ひ、昼のテンションで厳つい男子に絡みに行く元気は……無いです……」


 朝よりは声に生気があるものの、最低でも夕方近くにならないと不良相手に食らいつく気力は無いと。


「まぁ、安心しろよ。紅蓮は噛まないから」

「おいおい、犬みたいに言ってくれるな」


 龍助と紅蓮はあはははと談笑しながら近場の空席を寄せ、リヴィエールを囲むように着席。


「ぁの……何故こんな事に……?」

「さっきの休み時間な。テメェから聞いた【河童】と【尻目】と【百鬼夜行】の話を紅蓮にも教えてやったんだよ」

「ああ、実に面白い話だった。民俗学の分野には多少の興味があってな、妖怪伝承の成り立ちや変遷はまさにその分野だろう」


 民俗学に興味を持つようなガラかよ、と言う突っ込みは野暮。

 紅蓮は確かに見た目こそド不良で、中学時代から龍助に付き合いちょいちょい喧嘩もしているが、しっかり勉強もする子なのだ。

 学術的好奇心は旺盛な部類である。


「……! つまり、それは……」

「おう。紅蓮も、テメェの妖怪話を聞いてみたいんだとよ」


 リヴィエールが椅子ごとガタン! と大きく揺れた。

 喜びのあまりに自律神経が混乱し、膝が変な動きをしたらしい。


「成程……こうして宗教は広まっていくんですね……!」

「何か嫌な感動してんな、おい」

「別に、妖怪を信仰までするつもりはないのだが……そんな対象でもないだろう」


 妖怪と言えば、信仰の対象と言うより退治される対象のイメージが強い。

 起源に神が絡んでいたとしても、派生した妖怪は妖怪。信仰するようなものではないだろう。

 そう、紅蓮も龍助も思っていたのだが――


「……? 何を言っているんですか? 一部の妖怪は元々、信仰の対象ですよ?」

「「へ?」」


 きょとんと小首を傾げるリヴィエールに対し、龍助と紅蓮もそろって首を傾げる。


「自然崇拝や汎霊信仰などの『すべての物や現象には魂が宿っている』と言う宗教的な思想を下地に、御霊ごりょう信仰――『天災や疫病の発生は怨霊の祟りであり、それを鎮めるために怨霊を御霊と言う崇拝対象にして奉る』、即ち『害ある存在を神として崇める事で機嫌を取り、害を減らす』と言う宗教感覚が合わさった事で、自然現象や物体の化身を偶像化して信仰対象に仕立てた妖怪の概念が誕生したと言われていますし、先日お話した河童のように、外国――特に中国やインドあたりの神様をモチーフに伝承が形成されたため元の神と近しい信仰をされる妖怪も少なくありません。ほら、妖怪に生贄を捧げて『雨を降らせてもらう』とか『嵐を止めてもらう』とか『雪害から守ってもらう』とかの昔話があるでしょう? あれ普通は神様にやる儀式ことですよ?」

「おお……妖怪の話になった途端、すごく滔々と……」


 流れる川の如く滔々トークするリヴィエール初体験な紅蓮は驚いているが、龍助は経験済み。

 おうおう、昼のテンションでもスイッチ入って来たな……とかつぶやきつつ、龍助は持参した弁当の包み布を展開していく。


「……あれ? 龍助さんのお弁当……」

「ん? 俺の弁当がどうかしたか?」

「ぁ、いえ……何だか、イメージと違って……最強茶色連打にくやあげものばかりのお弁当を想像していたので……」


 龍助のガタイの良さや日頃のヤンキームーブからイメージすれば、まぁ、大概の人が「奴は三食とも肉三昧に違いない」と言うワイルドスタイルを連想するのも仕方ない。


 だが、龍助が広げた弁当は……見事に野菜づくし。

 ニンジンとキャベツとモヤシをふんだんに使ったの野菜炒めがメインで、キュウリの叩きや、白菜と大根を細切れにした浅漬け、枝豆の塩茹で等も見受けられる。肉どころか、野菜以外は米すら入っていない。


「意外と……健康志向なんですね。もしかして宗教的な理由ですか?」

「いや、まぁ、俺だって肉や揚げモンばっか食いてぇよ?」

「え?」


 親御さんの方針、とかですか?

 リヴィエールがそう訊こうとした時、


「でもよ~……お財布的な話でさ。事情を知っているバイト先の店長に融通してもらって、廃棄の野菜で食いつないでんだよ」

「……………………」

「おう? どうしたんだよ、リヴィ子。何か難しい顔になってんぞ?」

「いえ、ぁの、その……」


 ……まるで、弁当どころか日々の食事まで自分でやりくりしているような言動。

 そして「『事情』を知っている店長から食材の提供を受けている」と言う旨の発言。

 そう言えば朝にも、「漫画は好きだが、そんなに数を読めない事情がある」と言っていた。


 高校入学を機に独り暮らしを始めて、仕送りが少ないだけ……と言う線は、薄いだろう。

 そんな事情なら、バイト先の店長が規則を破ってまで廃棄食材を融通するとは思えない。


 それらの情報から複雑な家庭事情を察せないほど、リヴィエールは鈍感ではな――


「龍助は教会の養育施設出身でな。春休みから奨学金とバイト代で独り暮らしをしているんだ」

「ちょッ、紅蓮さん……!?」


 人が察して「詮索するまい」と決めた事を、隣の大男があっさりボロった。


「ああ、おかげで野菜料理はそこそこレパートリーが広いぜ! 肉を使った料理はカレー以外サッパリだけどな!」

「……ぉおう……すごく元気良く言いますね……?」


 かなりヘビィめな話題のはずだが、龍助は「野菜なら任せろ!」とドヤ顔で親指を立てている。


「料理ができるってカッチョ良くね? 大人っぽくて」

「え、あ……はい。まぁ、その点については、すごく前向きな要素ではあると思いますが……」

「だろ?」


 龍助の屈託無い笑顔から察するに。

 自分の出自に、不平不満コンプレックスの類は抱いていないらしい。


(もしかして……)


 リヴィエールがちらりと紅蓮の方を見る。

 それに気付いた紅蓮は、龍助に気付かれない程度にリヴィエールへ微笑んだ。


 ――下手に気を遣ってやるな。こいつは、そう言う空気の方が嫌いだ。


 龍助の事を、よく熟知している。

 まさに、『親友』と言った貫禄だ。


 ……確かに。

 自分が気にしないと決めた過去を、他人に気遣われる……それは、心地の好いものではないだろう。自分の中で「あれはあれで良かったんだ」と結論した話に、他人が「いやそれは違うと思う」と異論をぶち込んでくるようなものだ。良い気分になるはずがない。


「……………………」


 弁当を広げる紅蓮に、リヴィエールは小さく感謝の会釈。

 そして自分も昼食、父が作ってくれたサンドイッチの入ったバスケットを取り出す。


「あ、ところでリヴィ子」

「はい? 何でしょう?」

「河童ってさ、『キュウリが大好物だ』って話を聞いた記憶があるんだけどよ? それも何か、理由があったりすんのか?」


 龍助は「これの話だぜ」と強調するように、キュウリの叩きを箸で摘み上げた。


「その辺りは御存知でしたか」

「まぁな。ちなみに、キュウリの巻き寿司を『かっぱ巻き』って言う事も知っているぜ」

「龍助、それはそんなにドヤ顔で言う事じゃあないと思うぞ……」


 さすがにその辺りは一般教養の領域だ。


「だが……龍助の疑問はもっともだな。言われてみれば……オレも『なぜ河童の好物がキュウリなのか』と言う、そもそもな部分は気にした事が無かった」

「そうですね。確かに、メディアでそこまで深堀りされる事もありませんし……丁度良いので、今日はその話をしましょうか?」

「おう、ぜひ聞きたいぜ」

「うむ。よろしく頼む」


 と言う事で、リヴィエールはパンッと手を打った。


「それでは……河童とキュウリの話を、始めましょう」



   ◆



 もう、どこからどうやって、と野暮は言うまい。

 リヴィ子スケブがぱらりとめくられる。


「出たな、河童」


 今日もカッチョ良い、先日見せてもらったリザードマンな河童のイラストだ。


「そもそも何故、河童のキュウリが好物と言われているのか。それはキュウリが持つ性質に由来します」


 ぱらり、とスケブがめくられると、今度は何やら祭壇のような石段のてっぺんにキュウリが山積みされたイラストが現れた。祭壇に積む……「捧げもの」である事を表現しているようだ。


「その昔、キュウリとは『水の神様に捧げる供物』だったんです」

「水の神様ってぇと……」

「当然、河童のルーツである河伯カハクも含まれますね」

「成程。水の神が喜ぶもの……それがキュウリか」


 故に、水神をルーツに持つ河童もキュウリを喜ぶ=キュウリが大好物である、と。


「ん? でもよぉ、更にそもそもな疑問が出てくるぜ。何で水の神様にキュウリを供えるんだよ?」


 龍助の疑問もごもっとも。

 一般的に、キュウリにそんなイメージは無い。

 せいぜい、キュウリに関する宗教的なイメージと言えば、お盆で馬にするくらいだろう。


「例によって諸説ありますが……私が思うに、有力なのは【牛頭天王ゴズテンノウ】に由来する逸話ですね」

「ごずてんのう……?」

「名前の通り、牛の頭を持った神様です」


 ぱらり、とスケブがめくられた。

 牛頭の大男――実にミノタウロスめいた怪物が、キュウリを片手にウインクしている。


「牛頭天王は『怒らせると疫災えきさいを引き起こす疫病神の側面を持つ』とされる神様で、須佐之男命スサノオノミコトと呼ばれる神様と同一視される事があります」

「スサノオ、ってのは何か聞いた事あるな……神様っつぅ事しか知らねぇけど。そいつも疫病神なのか?」

「……まぁ、そう言われても仕方無いファンキーゴッドですが、正確には違います。ただ『怒りに任せて疫災の原因を作った逸話』があるため、そこから『怒りを買うと疫病を蔓延させる神』として括られたのではないかと」


 須佐之男命は、親神より任された土地が気に入らず(一説ではその土地を管理するために母神から引き離されたのが気に入らず)、その土地のあらゆるエネルギーを吸いつくして環境を破壊。荒れ果てた土地を好む魔物が集まり、疫病が蔓延してしまった……と言う逸話がある。


「須佐之男命は無軌道な暴風のように荒々しい振る舞いが目立つ一方で、英雄的側面もあります。その最たるものが『八岐大蛇ヤマタノオロチ退治』ですね」

「あ、それも聞いた事あるぜ。頭がいっぱいあるヘビだろ?」


 龍助の言葉に、リヴィエールはこくりと頷いて肯定。スケブをめくる。

 現れたのは、八つの頭を振り上げる大蛇と、対峙する一人の勇ましい剣士。

 流れから察するに、蛇の方が八岐大蛇で、剣士が須佐之男命なのだろう。

 背景には暗雲豪雨雷光と、この世の終わりのような実に天変地異めいた光景が広がっている。


 見ているとワクワクしてくるようなスペクタクルな一枚絵……なのだが、隅っこに「※この画像はイメージです。実際にはこんな正面対決はしていません」と注釈が(通説では須佐之男命は女装して八岐大蛇に近付き、酒を呑ませて酔いつぶれた所を八つ裂きにしたとされています)。


「農作に勤しむ民草に取って、最大の敵は自然災害です。大蛇オロチは水神と山神の側面を持っており、大蛇が暴れると言う事は即ち、水害を始めとする自然災害の具現。それを退治して鎮めた須佐之男命は『自然災害を御し、農作の危機を救ってくれた豊穣の神』として信仰されるようになりました。やがて『水害回避』の御利益を求めて須佐之男命が祀られる神社を参拝する人が現れるようになり――」

「豊穣の神だけではなく、水の神としても信仰されるようになった、か」

「紅蓮さんの言う通り」


 実際、「東日本大震災において須佐之男命を祀る神社の多くが、津波の被害をほとんど受けていなかった」と言う調査論文が発表されている。


「まぁ、あくまで一説によれば、ですがね」


 神話や伝承には諸説が付き物である。


「ともかくして須佐之男命は水神の側面があり、同一視される牛頭天王もまた然り。牛頭天王にも水神に近しい神性があるとされ、祀られている訳です」


 リヴィエールは「前置きが長くなりましたが」と一区切り。


「それでは本題――牛頭天王とキュウリの関係について」


 ぱらり、とスケブがめくられる。

 すると、牛頭天王が焦り顔で、黒い大きな何かから走って逃げているイラストが。

 牛頭天王、かなり必死っぽい。漫画的表現で大量に汗が散っている。


「ある日、牛頭天王は悪い神様に挑むも、敗走。悪い神様は牛頭天王に息の根を止めるべく追いかけます」

「唐突に穏やかじゃあねぇな……!?」

「ヤンキーの喧嘩もそんなものでは?」

「どんなガラの悪い奴でも息の根を止める止めねぇの話になるような喧嘩はしねぇよ!? 少なくとも俺は経験ねぇよ!?」

「ふむ。やはり漫画と現実は違うんですね……」

「大河は意外と過激な作品を読んでいるんだな……」


 まぁ、それはさておき。

 話を戻しましょう、とリヴィエールは指でとんとんとスケブを叩く。


「悪い神様に追い回された牛頭天王は、キュウリ畑に身を隠します。すると悪い神様はキュウリのトゲを嫌い、牛頭天王の追跡を諦めました」


 牛頭天王は生きるか死ぬかのモチベーションでトゲに飛び込む事もできたが、相手の神様はそこまでのモチベーションは無かったのだろう。


「えぇっと……キュウリって、そんなトゲトゲしいか? 確かにちょびっとはイボイボがあるけど……」

「うむ……そんなイメージは無いのだが……」

「熟していない若いキュウリは、軍手越しに掴んでも痛みを覚えるくらいのトゲがあるそうですよ」

「「へぇー……」」


 普段、店などに並べられるキュウリは熟してトゲが萎れたものなのだ。


「こうしてキュウリに身を救われた牛頭天王は、それからキュウリを愛好するようになった……と言うエピソードがあります」

「成程な、だから水の神様にゃあキュウリを捧げるって訳か」


 とある水神が愛好し、それが水神全体の供物として扱われるようになり、水神をルーツとする妖怪の好物へと変遷した。

 それが、河童がキュウリを好物とする所以。


 ……それにしてもまさか、河童とキュウリの関係を掘り下げるために神話を紐解く必要があるとは。

 龍助も紅蓮も納得はしたが、それはそれとして驚きを隠せない。


「ちなみに、キュウリと水……と言うと、キュウリの水分率が頭を過ぎりますよね」

「キュウリの水分率?」

「キュウリは、九〇%以上が水なんです」

「……!? ほぼ水じゃあねぇか!」


 身近なもので水分率が九〇%前後のものと言えば、雨粒などだ。

 雨粒は九〇%前後が水で、残りが塵や埃。

 キュウリは九〇%前後が水で、残りがキュウリ。

 もはや、固形の水と言って差し支えない。


「その辺りも、水神と結び付けられる所以かも知れませんね」

「そんだけ水水してたら、まぁ、そう言う話にもなりそうだぜ」

「ああ、だからか」

「? どうしたんだよ、紅蓮。何に納得したんだ?」

「いや、小学生の頃にギネスブックを読んでいたら、キュウリが載っていたのを思い出してな」

「へぇ、キュウリって何か世界一なのか?」


 そんなに特徴のある野菜と言う認識は無かったので、龍助としては意外。

 話の流れ的に、「世界一、水分率の高い野菜』とかだろうか?


「『世界一、栄養が無い果実野菜』だそうだ」

「キュウリ……」


 龍助は日本人だが、思わず「Oh……」とつぶやいて、箸でつまんだキュウリに憐憫の情を向ける。


「あ、それは誤訳版です」

「誤訳?」

「正確には『世界一、カロリーの無い果実野菜』。それがキュウリが保有するギネス記録ですね。栄養素的には豊富と言う訳でも少ない訳でも無い、普通に野菜と言う感じかと」

「ほう、そうだったのか。栄養オフとカロリーオフではかなり話が違ってくるな」

「確かに。カロリーオフだーって大々的に打ち出してるモン、多いよな」


 多くの商品に売り文句として採用されている、それはつまり世間的に聞こえの良い要素と言う事だ。


「カロリー過多は万病の元ですからね。ですが、カロリーを取らな過ぎればそれもまた万病の元。それに力も発揮できません。生物に取って、カロリーはガソリンのようなものなんです。だからこそ、際立つと思いませんか?」

「「??」」


 何が? と首を傾げる龍助と紅蓮に、リヴィエールは声のテンションを一段階あげた。


「キュウリばかりを食べているのに……河童は強い!」


 スケブが勢い良くめくられる。

 現れたのは、河童がキュウリを齧りながらクソデカいバーベルを指先で持ち上げているイラストだった。

 背景には力強い墨字で「POWER!!」と記されている。


「キュウリが主食でありながら、妖怪界隈でもトップクラスに剛力にまつわる逸話が多い……河童のスペックは素晴らしい」

「ん? 河童ってそんなに力が強ぇのか?」


 龍助だって、ドラゴンなのだから弱いはずはないだろうとは思っていたが。

 妖怪の中でもトップクラスに剛力を強調される、と言うイメージは無かった。


「うむ。河童と言えば『キュウリが好き』と同じくらいに『相撲が強い』と言う話を聞くからな。相撲と言えばパワーだろう」


 幕末の志士・高杉たかすぎ晋作シンサクが革命のために創設した軍隊にも【力士隊】と呼ばれる力士を集めた豪傑部隊が存在したらしい。相撲ファイターのパワーは国を変える一助にもなるほど、と言う事だ。


「はぁ? なんでまた相撲なんだ?」

「それは………………オレもわからん」


 と言う訳で、龍助と紅蓮は揃ってリヴィエールを見る。


 妖怪知識を求める意欲的な視線を受け、リヴィエールはちょっと赤面するくらい嬉しくなった。

 まさか、自分の知識がこんなにも求められる日がくるだなんて。


 リヴィエールは机の陰でこっそりガッツポーズをしつつ、咳払い。


「ふふ。その期待の視線、仕方ありませんね。――それでは……河童の話を、続けましょう」



   ◆



 ――燥祓かわはら高校、三年校舎の屋上。

 その場所には、校内備品の総買い替えを機に居場所を失ってしまった元・校長室のソファーが設置されている。

 そんなソファーを占領するように、一人の男が寝転がっていた。


 黒と黄の虎柄ストライプに染められた特徴的な頭髪。喧嘩で胸ぐらを掴まれた際に破損したのか、上部分のボタンがすっかり千切れてしまった制服。スポーツタイプのサングラス。そして、しゃかしゃかじゃかじゃかと激しく音漏れしているヘッドフォン。


 燥祓高校三年、怪堂かいどう震夜シンヤ


 そのド派手な見た目通り、周囲からは不良のレッテルを貼られている人種である。


「――おい、怪堂……おぉい、怪堂ォ!!」

「ァん?」


 ヘッドフォンと耳内を満たす爆音に混ざり、薄らと自分を呼ぶ怒鳴り声が聞こえた気がして。

 怪堂はサングラスの奥で瞼を開けた。


「……おンや。こりゃあこりゃあ、我が燥祓カワコーの番長サマじゃあないか」


 来客に気付き、ヘッドフォンを外しながら怪堂は身を起こした。


 怪堂を呼んでいたのは、今時なって実に御立派なリーゼント&ポンパドール髪を決めた学ラン男。

 カワコーの制服は夏は普通のワイシャツ、冬はブレザーだと言うのに。番長らしさに拘って、わざわざ自前で学ランを用意したのだろう。


 学ラン野郎の名は釜瀬かませ晩治バンジ

 カワコーの番長とされている三年生だ。


「つぅか、アレ? おめーさん、新学期早々に一年とタイマン張ってボコにされたって聞いたんだけどォ? 全然バリバリ馬鹿元気そォじゃん。怪我も無いみたいだし」

「ああそうだよ! 怪我をする暇も無く一発でノされちまったんだよ!!」

「あ、いや、皮肉とかじゃあねェよ? 純粋に疑問で」

「どォでもいいだろ、その辺は!!」

「ん~……あァ、ま、そォだなァ」


 やや不承不承と言った感じで顎を掻きつつも、怪堂はメンドくささからか色々と呑み込み、釜瀬に賛同。


「ンで? 俺っちに何か用かい? 番長サマ」

「……頼みがあんだよ。一年坊主に、付け上がられちゃあたまんねぇからな」

「なに? 俺っちに友情パワーで復讐とかして欲しい訳?」


 怪堂は口をとがらせて首を捻ると、


「ンンン~? 俺っちとおめーさんって、そんな馬鹿ナカヨシさんだっけかァ……?」

「嫌味っぽく言うなよ。マジに頼むぜ、怪堂。お前くらいしかいないんだ」


 釜瀬の真剣な表情を見て、怪堂は「あァ~……馬鹿メンドクセーなァ」と虎柄の頭をボリボリ。


 ――この怪堂と言う男。事実上、カワコー最強だと言われている。

 だがしかし、現状の番長トップは釜瀬。


 何故かと言えば単純な話。

 怪堂はその手の不良カースト、序列云々に興味が無い。

 そもそも怪堂は元々、喧嘩畑の人間ではないのだ。

 不良扱いされているのは成り行き。派手な髪や鍛え上げられた肉体にも【別の理由】がある。


「ンー……ンン~……」


 怪堂はしばらく悩まし気に唸り、首をぐりんぐりんと回す。

 無論、自分に売られてもいない喧嘩を買い取るなど面倒。

 即答で「ヤだ」と言っても良い所ではあるのだが……ひとつの懸念がある。


「ダメか? ……チッ、なら仕方ねぇ。こっちでやるわ。まずは、兵隊と武器を集めるか……」

「…………あァー、もう。やっぱりか」


 釜瀬の発言を聞き、怪堂は腹の底から大きな大きな溜息。


「これだから不良って奴はァ……わァったよ。オッケイ。おけわかだよ、番長サマよォ」


 何が彼を決断に至らせたのかは不明だが、のそのそとした動きで怪堂が立ち上がる。


「おめーさんをやった……【河童】、だっけェ? 一切合切の全部、この【夜鳥ヌエ】の怪堂サンに任せなさいな」


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