03,百鬼夜行を終わらせる者!!
素晴らしい朝がやってきた。
希望かどうかはさておき朝は朝だ。
龍助はまるで新年最初の朝のような気分で目覚めすっきり。
軽快な足取りで教室へと向かっていた。
昨晩は、良い事が二つあった。
まず一つ、偶然あったクラスメイトにもらったスイーツが、とても美味しかった事。
二つ目、そのクラスメイトの応援のおかげか、この辺りを騒がせていた不埒な露出狂退治がスムーズに完遂できた事。
そりゃあ上機嫌、足取りも軽やかになるしかないと言うもの。
そんな調子で風に舞い踊るように教室に入った龍助は、同級生たちと挨拶を交わしつつ、自分の席に向かう――前に。
教室の隅っこ、窓際最後尾の席を目指した。
そこに座しているのは、金髪の眼鏡女子――リヴィエール・大河。
昨晩、とても美味しいスイーツをくれたクラスメイトであり、龍助の露出狂退治を応援してくれた女子。
今朝の軽やかな気持ちは彼女のおかげと言っても過言ではない。
そりゃあ、挨拶と、礼を述べるしかないだろう。
「よう、リヴィ子。おはよう」
龍助は微笑と共に軽く手を挙げて、まずは朝の挨拶。
「…………はよ…………ます……」
………………?
「…………………………」
「…………………………」
耳に優しい時間。即ち沈黙。
「……リヴィ子?」
昨日は、適度な、実に聞き取り易い喋りを披露していたはずだのに。
現在のリヴィエールの声は張りがまったくない。むしろ聞き取り辛い。
水中からの挨拶を陸地で聞いた気分だ。
こちらを見上げる碧眼も、どこか焦点が定まっていないと言うか……呆然とどこか遠くを見ているような……。
(体調が悪い……? いや、顔色は悪くねぇし……何より……)
こっちのテンションのリヴィエールの方が、よく知っている。
最初のHRでやったクラス全員での自己紹介合戦でも、こんな感じだった。
「……ぁ、ごめんなさい……私……その……朝は、弱くて……」
「ああ、成程」
龍助が困惑している事を察し、リヴィエールはぼそぼそと補足。
低血圧、と言う奴らしい。まぁ実際の所、朝の強い弱いに血圧は関係無いらしいが。低血圧と表現した方がわかりやすいだろう。
「だから、放課後と夜はハキハキ喋れてたのな」
「…………はい…………圧倒的……夜行性」
リヴィエールはこくりと頷くと、薄っすらと微笑えんでみせた。
「……少し不便ですけれど……まるで、妖怪みたいで……悪くないです……ふふふ」
「妖怪みたい? ……ああ、確かに。妖怪っつぅと、夜行性ってイメージだわな」
夜に蠢く怪異の者ども、って感じだ。
龍助的には幽霊等の延長にある。
幽霊と言えば、夜のシチュエーションだろう。
「百鬼夜行……と言うくらいですから……ね」
「ひゃっきやぎょう?」
「龍助さん……知らないんです……?」
「ん。ああ。まったく」
「解説はともかく……単語自体は漫画とかでもよく……出てくるはずですが……」
「漫画は好きなんだけどなー。色々と事情があって、あんま数は読めねぇんだ」
「……もう……つくづく龍助さんは仕方の無い……」
やれやれ、とリヴィエールは満更でも無さそうな溜息。
「それでは……百鬼夜行の話を……始めましょう……」
「え……ああ、テメェの話を聞くのは別に構わないっつぅか望む所なんだが……今の状態で大丈夫か?」
「……語りたい……」
「……一体、何がテメェをそこまで……」
まぁ、そこまで言うのならば、無粋に止めたりはしないが……。
◆
またしてもどこからとなく登場、リヴィ子スケブ。
表紙がめくられると、まずは『百鬼夜行とはなんぞや?』との題字。題字の下には細々と、先日の河童や尻目を筆頭にたくさんの妖怪が一列に描かれている。
「『百鬼』とは……多くの妖怪や魔物の事……多くの人を『万人』と表現するのと同じような……感じです……そして『夜行』は……夜中に列をなして歩き回る事……」
「つまり、たくさんの妖怪が夜中に行列を作って歩き回ってるって事か? この絵みてぇに」
龍助の要約に、リヴィエールはこくりと頷いた。
「妖怪たちの集団徘徊行動……大名行列のように厳かである事もあれば……山賊団の進撃が如く荒々しい乱痴気を帯びたものであったとか……諸説あり……ちなみに遭遇すると死にます……」
「物騒だなぁ……」
でもまぁ、確かに。
夜中に山ほどの妖怪と遭遇して、まともな結末が待っているとは思えない。
「ところで、妖怪たちは何でそんな集まりを催していたんだ? まずはそこが気になるぜ」
田舎のヤンキーじゃああるまいし、意味も無く群れると言うのはあまり考えにくい。
「有力説は、二つ……まず……『行列』と言う付加価値……先に挙げた大名行列を筆頭に、花嫁行列や花魁道中、源義経や織田信長が行った事で有名な日本古来の軍事パレード・馬揃えなど……行列での行進は……古くから『権威の象徴』とされているんです……」
「確かに、言われてみると……」
軍事パレードと言う既知の光景が挙げられたおかげで、想像し易い。
大行列での行進と言うのは、物々しい印象を受けるものだ。妖怪と言う怪異たちのそれともなれば、かなり恐ろしい光景になるだろう。
「妖怪とは……基本的に『恐ろしい現象の権化』です……その妖怪への畏怖を強調するため……行列と言う画面的表現を用いた妖怪絵巻が制作されたのだろうと……言われています」
そしてその絵巻から、百鬼夜行の概念が生まれた……と。
「つまり……妖怪の習性などではなく……ただの絵画的表現として、百鬼夜行の概念が後付け的に誕生した説……ですね……」
これが、説の一つ目。
「……もう一つの説は……妖怪の習性に関連づけられたものです……それは……太陽から、逃げるため……」
「太陽から?」
「妖怪は大概、夜行性……太陽は東から昇ります……西に逃げれば、一分一秒でも長く……夜を満喫できる……だから、夜明けが迫ると妖怪たちは一斉に西へ、列をなして向かう……と」
「へぇー、成程な」
その説だと、「百鬼夜行に遭遇すると死ぬ」と言う話がより納得できる。
必死に逃げ惑う妖怪の群れに遭遇したら、そりゃあ「退けやオルァ!!」ぐらいの勢いで吹き飛ばされるだろう。
「その裏付けのように……百鬼夜行を描く百鬼夜行絵巻には……行列の最後に太陽が登場して、終わります……後には妖怪一匹、出てこない……」
ぺらり、とスケブがめくられると……妙にふてぶてしい面をした太陽が描かれており、河童がその太陽に石を投げていた。
「この説通りならば……太陽は……妖怪たちが一斉に逃げだすほどの天敵……と言う訳です……おそろしや核融合……つまり、妖怪は朝が苦手……夜が近づく――太陽が離れるほど、元気に……」
「テメェと一緒、って事か」
リヴィエールはすごく嬉しそうに頷いてみせた。
本当に、心底から喜んでいるように見える。
同じ不得手がある事すら嬉しいとか、どんだけ妖怪が好きなのだろうか。
「ちなみに……近代では……『百鬼夜行絵巻の最後に出てくる太陽も実は妖怪だったのでは?』……と言う、『誤解から生まれた新説』もあります……」
「誤解から生まれた?」
それは一体、どう言う事なのか。
「百鬼夜行絵巻をモチーフにしたとある絵札遊び……いわゆるカードゲームが発祥の説で……今、話した、絵巻の最後に登場する太陽も、カードとして採用されています……」
「ああ、それでその太陽も妖怪の一種なんじゃあないか、って話になった訳か」
「はい……その名は【空亡】。……日輪が如き光を以て、百鬼夜行を成す全ての妖怪を蹂躙する――最強の妖怪……!」
「最強……!?」
何かクソカッチョ良い、と龍助の童心が激しく刺激される。
「……もっとも、先に言った通り……近代での誤解から創作された創作妖怪なんですけどね……元々は妖怪ではなく……あ、まず……そもそも空亡って何の事だか、わかりますか……?」
「全然まったく微塵もさっぱりだぜ」
龍助に取って、限りなく初耳である。
何か響きがカッチョ良いなぁ、くらいの感想しか出ない。
「……簡単にざっくり言いますと……元は占いの言葉で……『天が味方をしてくれない時期』『運がめぐらず不幸が訪れやすい期間』『調子が悪くなりやすい時節』。大殺界、だとか呼ばれたりも……要するに、誰かに取って、鬼門の時間……忌み嫌われる時間帯を指す言葉です……空が亡い――つまり天が味方をしてくれないだけで、必ずしも不幸になるとは限らないそうですが……少なくとも空亡の時期に、良い事はまず起きない。占いにおいては『この時期は目立つ事はせず、おとなしくしておけ。伏して期を待つべし』程度のニュアンスらしいです……」
ふむふむ、と龍助は相づち。
「テメェに取っちゃあ、日中のこの時間帯の事だな……あ」
「気付きましたか……? ふふふ……そう……つまり、妖怪たちに取って、日の出、朝の到来とは即ち空亡の訪れ……忌み嫌う時間の始まりなんです……そうしてこの『妖怪たちの空亡に現れる太陽』のカード名は、それを略した『空亡』のみが採用され……結果、『ああ、これは太陽に見えるけれど、空亡と言う妖怪なんだ』と誤解された……と言う流れです……」
「あー、そりゃあ確かに」
そいつは説明されなきゃあ俺だって誤解するぜ、と龍助は納得。
「ただ……その誤解を元に『いや、空亡と言う名前は近代創作だとしても、元々からそう言うアンチ妖怪的な概念を持つ太陽の化身的存在として描かれていた可能性はあるんじゃあないか?』と言う新説が唱えられたり……」
「百鬼夜行を終わらせる、最強の妖怪……かぁ……」
ああ、そんな存在がいてくれたらワクワクするなぁ……と言う感はある。
最終兵器、ラスボス、理不尽なくらいに圧倒的火力――少年時代の胸の高鳴りを思い出す響きだ。
龍助もその新説を是非、支持したい。
「……誤解から新説の可能性が見出される……妖怪と言うコンテンツが持つ……自由度の高さを象徴する話ですね……」
「ああ、まったくだぜ」
ここで、朝のHR開始五分前を告げる予鈴が鳴り響いた。
「っと。朝は苦手だってのに、長話させちまって悪かったな」
「……いいえ……妖怪語りは……私の生き甲斐ですので……!」
「そうかい。テメェに不都合が無いってんなら、何よりだぜ」
龍助は今まで知らなかった話を聞けて面白い。
リヴィエールはそれを語る事自体が楽しい。
龍助とリヴィエールの関係は、WIN&WINの関係と言う事だ。
「あ、大事な事、言い忘れていたぜ」
「……?」
「テメェの応援のおかげで、思ったより早く露出狂を捕まえられたよ。そんであのスイーツ。すげぇ美味かった! もろもろ含めて、ありがとな!」
感謝の意を込めて。
龍助はリヴィエールの小さな手を両手で取り、痛くはさせないように加減して握手する。
そして当然、礼を言う時は相手の目を真っ直ぐに見る。
「…………ぇ、あ…………はい……そ、れは……何より……です……」
「おう!」
龍助は満面の笑みで返し、リヴィエールの手を解放して席へと戻って行った。
リヴィエールは解放された手を引っ込める事もできず、呆然と眺める。
「……びっくりした……距離感の詰め方がすごいな……」
……しかし、リヴィエールはこの時、まだ知らなかった。
一度、心を許した龍助の接近速度は、餌を与えた野良犬の比ではないと言う事を……!