17,全国にあるよ、河童伝説!!《後編》
ぱらり、とリヴィ子スケブがめくられる。
そこに描かれていたのは――もはや見慣れたものであるリザードマン河童……ではない。
「……何か、紅いな? あと、子供……?」
今回、描かれていた河童は――鱗が紅い!
そして何より……幼気ッ! 頭身がいつもより低めに設定されており、何と言うか「カッチョ良い」より「カワイイ」が強めになっている!
「先にも言いましたが、河童は全国各地でバリエーションが豊富です。中には、河童の名の通り『河の童』――子供のような姿であるとか、全身が紅いとか、そう言ったものもあります」
「へぇ……でも、河童の原典って河伯っつぅ厳つい神様なんだよな? どうして子供の姿になるんだ?」
「それはですね、ある信仰に由来するのではと言う説があります」
ぱらり、とスケブがめくられると……七五三、だろうか。
綺麗な晴れ着をまとった小さな女の子が、毬をついて遊んでいた。
「古い時代――食料問題による栄養不足、医療技術の未熟等。諸事情により子供の死亡率が非常に高かったんです。なので子供を手厚く保護するために、人々は『幼子はこの世に魂が定着していない神物の類である』と定義し、信仰し始めたと言う説があります。いわゆる『七歳までは神の子』ですね」
神として丁重に扱う事で、子供を守った、と。
「そうして、『子供と言う形』――『童姿』および『童形』は神性を表すひとつのアイコンになった訳です。童形の神性は海外の神話にも度々登場するので、それらの影響も考えられますね」
「成程。河童の元ネタは神様だから……」
「はい。神性のひとつ、童姿も持っているだろう――と言う流れでしょう」
あくまで諸説のひとつですが、と補足しつつ、リヴィエールは更にスケブをめくる。
描かれていたのは、紅い髪を持つ少年だ。肌色は日焼けしたばかりのように赤みが強い。
そして活発そうな笑顔で……魚の目玉を抉り取っている。
「キジムナーも童姿の精霊で、全身が赤く、泳ぎが得意で自ら海に潜って魚を獲るとか。ちなみに好物は魚の目玉だそうです」
「好物のクセがすげぇな……つぅか、木の精霊だのに泳ぎが得意なのか?」
「はい。ここが、河童との奇妙な接点でもあります」
スケブがめくられると……先ほどの紅い幼河童が、大木の枝に腰かけてキュウリを齧っていた。
「妖怪【山童】……簡単に言うと、秋から冬にかけて山に入った河童です」
「……は?」
「ちょうど良いコーナーがありますね。ささ、こちらへ」
リヴィエールが向かったのは、都道府県別とは更に分けられた地方別の河童展示。その九州コーナーだ。
「九州に伝わる伝承で――河童は秋になると山に入り山童となり、春になると川に戻るとされています」
河童たちが列をなして山へ向かう浮世絵に、まさしくリヴィエールが語った内容と同じ解説文が展示されていた。
……何やら淡いタッチの童話っぽい絵柄で、大木の天辺で尺八を演奏する河童のイラストもある。
何かしらのジョークだろう。多分。
「つまり……秋から冬にかけての河童は山の妖怪で……」
「キジムナーと同じく木に所縁があり……元は河童なのですから、当然に泳ぎが上手い」
しかも、九州の伝承……と言う事は、沖縄から比較的近い。
そこに「陸に生活を移す河童の伝承がある」と言うのは……確かに、奇妙な接点を感じる。
「もしかして、沖縄には『季節に関係なく陸へ生活を移した河童』がいて、それがキジムナーになった……とか?」
「………………」
「んおッ……? ぉ、おい、リヴィ子? 目ぇ引ん剥いてどうした……?」
龍助の何気無いつぶやきに、リヴィエールは眼鏡の奥の碧眼を大きく見開いて固まっていた。
大丈夫か? と龍助がリヴィエールの肩を叩こうとした、その時、
「見解の一致です!」
「おわっ、び、びっくりした……」
「急な大声すみません! ですが龍助さん! 奇遇ですね! 実は私も似たような推測をした事があります! こちらの【けんむん】等の存在もありますしね!」
「けんむん?」
リヴィエールが小児のようにはしゃぎながら指差した展示。
そこには大きく「お前は河童か? それともキジムナーか?」と言う謎のキャッチコピーらしき文言。
「けんむんは奄美地方に伝わる妖精・妖怪の類です!」
「ふぅん……って、見た目は完全に河童だな?」
けんむん、として展示されている絵は、スタンダードな緑色の河童。
デフォルメ強めで可愛らしいタッチだが、緑色で、嘴があって、頭に皿、「河童と言われればまずこれが思い浮かぶ」と言った姿。
「けんむんはガジュマルの木を住処とし、相撲が大好き。通りすがりの人間に相撲をふっかける逸話もあります」
「ガジュマルって……」
先ほど、リヴィエールが何気なく言っていた、「キジムナーが住処とする木」の名前だ。
「じゃあ、それって完全に……」
「はい。河童の性質を引き継いだキジムナーと言っても過言ではありません!」
奄美地方には、キジムナーと同じ木を住処とする「もうお前ただの河童じゃん」と叫びたくなるような木の妖精に纏わる伝承がある、と。
「けんむんだけではありません。河童とキジムナーはどちらも【座敷童】と同一視される事があります」
「座敷童っつぅと……」
心霊特集番組なんかでよく見る、子供の幽霊だ。妖怪とする説もある。
「座敷童と言う妖怪は、自分が気に入った家に住み着きます。そして家の者が自分を厚遇すればその者たちに幸福をもたらし、逆に冷遇すれば不幸をもたらす……河童もキジムナーも、似たような逸話があるんです」
人の家に上がり込み、親切にされれば恩を返し、酷く扱えば復讐する。
河童にもキジムナーにも、その手の逸話が在る。
故に「座敷童の正体は河童説」や「キジムナーは座敷童の亜種」と言った説も存在する。
「河童とキジムナーを結び付ける妖精・妖怪が複数存在する。これは果たして偶然と言えるでしょうか。私はそんな無粋な一言で片づけたくはありません!」
「ああ、確かに。偶然にしちゃあ、できすぎだぜ」
「更に更にですよ? 河童とキジムナーには『人間と共存関係を築く逸話を持つ』と言う共通点もあります。手が伸びる・力持ち・悪戯好き……なども共通項なんです!」
「おおぅ……そこまで行くと、本当に『沖縄の河童』って言うのも納得だな……」
感心する龍助の横で、リヴィエールは「もしかしたら、九州にて山童として一時的な陸生を獲得した河童が、奄美地方にてけんむんとして完全な陸生を獲得……そして大海原へと繰り出し、航海の中で陽に焼けて髪も体も真っ赤になりながら琉球王国へと辿り着きキジムナーになったのでは……!? だなんてヒストリーも想像できてしまいます!!」とテンション爆上げで大はしゃぎだ。
「……ん?」
龍助が「ほへー……」と感心しっぱなしで九州コーナーの展示を眺めていると。
何やら、無数の河童と無数の猿が合戦をする絵が。
河童陣営の奥には偉そうな巨大河童が、猿陣営の奥には厳つい武将がふんぞりかえっている。
「なんじゃこりゃあ。河童の親玉か?」
「ほうほう。加藤清正の【九千坊】退治、ですか」
河童界隈では有名所ですね、とリヴィエールは引き続き鼻息荒め。
「加藤清正って聞いた事あるな。社会科の授業とかドラマとかで。武将さんだっけ?」
「安土桃山時代から江戸時代にかけての大名です。かの関ヶ原の戦いでも活躍した猛将ですね」
「へぇー、そいつはすげぇ……! んで、クセンボウってのは?」
「九州に伝承されている『総勢九千匹もの河童軍を統率した、河童の総大将』です」
なにそれメッチャ強そう!! と龍助の童心に火が点く。
きらきらした瞳で待つのは、リヴィエールによる説明。
「九千坊については、ここに詳しく書かれていますよ?」
リヴィエールは自分を見つめる龍助の視線が何を待っているのかを察し、解説文を指差した。
キジムナーの詳細と違い、九千坊についてはびっしりと解説されている。
自分が説明するまでもないだろう、とリヴィエールは思うのだが……。
「ぇ、あ、おう……」
龍助は少し残念そうなリアクション。
「……? えぇと……私に、説明して欲しいんですか?」
「ああ。テメェの説明は聞き易いし、わかり易いからな」
「!」
「いや、まぁ、悪ぃな。テメェだって展示をゆっくり見てぇもんな。気が利かなかったわ」
「……わかり易い……ですか?」
「ん? ああ、おう」
「そんな風に言われたのは……初めてです」
リヴィエールも、龍助が自分の話を好意的に聞いてくれているのは、確かに感じていた。
しかしそれは、単純に妖怪の事に興味を抱いてくれているだけだろうと。
なので、リヴィエールとしては意外だ。
そして、龍助としても意外。
「そうなのか?」
「……今まで、たくさんの人に妖怪の話をしました。でも、皆さん……わかり辛い、と」
リヴィエールは河童に助けられたあの日から。
河童に「友達を作った方が良い」と言う旨の助言を受け、それなりに努力をした。
しかし、生来から他者との交流に意欲が軽薄なリヴィエールは、コミュニケーション能力が低めだった。
だから、何をどう話せば良いかわからなかった。とにかく妖怪知識を一方的に語りまくった。
結果は……「わかり辛い」「意味がわからない」と言う拒絶の言葉。
「ふぅん……」
不思議な話だ、と龍助は顎に手をやる。
「あー……アレかな……興味の有無、とか相性、とか? ほら、興味の無ぇ話とか苦手な分野の話って、頭に入り辛いじゃん? 聞く気にならねぇ訳だからよ」
「……それは……確かに」
龍助も、リヴィエールと初めて言葉を交わしたあの日……最初は「何だコイツ……」と引き気味で、「本当、こう言っちゃあ悪ぃが……こんなやべぇ奴の話なんて聞きたかねぇー……」と、ぶっちゃけ思った。
しかし、龍助は性格上、一度やると決めたら筋を通す。あの時「五分だけ、ちゃんと話を聞く」と宣言したので、龍助は五分間だけ本気で、ちゃんと耳を傾けた。その結果として、想定外にも妖怪文化に魅せられ、姿勢が変わった。
あの時、最後までリヴィエールの話を突っぱねていたら。
きっと今も龍助は、妖怪に興味を持っていなかっただろう。
「ほんと、ありがとな。こんな面白ぇもんがあるって教えてくれて」
「……え?」
「テメェが今まで話してきた連中は、テメェの話に興味が無かったのかも知れねぇが……俺は興味があるし、好きだぜ」
シスター・アーニェに言われた。「たくさんの事を知りなさい。教えてもらいなさい」と。
だから龍助は、自分が興味を持てる範囲ではあるものの、たくさんの事を知りたいし教えてもらいたい。
そして、あの時以降の龍助の感覚として。
妖怪の話はファンタジーでワクワクするし、カッチョ良い話や笑える話、感心させられる話もある。
それらを聞き取り易い声で話してくれる……リヴィエールの説明に、悪感情を抱くはずも無い。
「……ッ……ぅ、そ、そこまで、言ってもらえるのであれば、仕方ありませんね! 九千坊の話を始めますから! 用意は良いですか!?」
「そっちこそ、良いのか?」
「はい!」
リヴィエールの力強い肯定に、龍助も笑顔になる。
教えてくれ、と頼んだら、こんなにも前のめりに教えてくれる友がいる。
その幸運を噛み締めれば、笑顔にしかならないだろう。
「おう。ありがとな」
◆
「……まさか、もう三時間も喋り通していたとは……」
美術館内の小休憩用ベンチに腰かけて、リヴィエールは自分に対して溜息。
自分の話を喜んで聞いてもらえている実感が嬉しくて、完全に時間の概念が消えていた。
龍助も同様に時間を忘れていたようだが、リヴィエールの声が掠れ始めているのにリヴィエール本人より先に気付き、休憩を申し出てくれて現在にいたる。
「はは、ほんと夢中って感じだったぜテメェ。ま、俺が言えた義理じゃあねぇけど……ほい」
龍助はベンチ横の自販機で買ったペットボトル入りの清涼飲料水を二本購入し、一本をリヴィエールに差し出した。
「ぇ、あ……すみません。気を遣わせてしまって……」
「いや、俺の方こそごめんな。本当は喉に不調が出る前に気付かなきゃあだったぜ。さっきも言ったけど、俺も夢中になっていたみたいでよ」
「…………………………」
龍助はずっと、リヴィエールの話に聞き入っていた。
つまり、龍助が「夢中になっていた」のは、リヴィエールの話。
「おい? 何か、最近よく赤くなってっけど、大丈夫か?」
「誰のせいだと!?」
「えぇ!? 俺のせいなの!? 何がどうして!?」
「それを説明されないとわからない所が主な原因ですよ!!」
「か、かつてない理不尽を感じるぜ……!」
しかし龍助、根は真面目。
理不尽を感じると言いつつも「俺、何かしちまったのかぁ~……?」と真面目に記憶を探り始める。
「んー……顔が赤くなる……熱じゃあねぇとすると……照れているって事か? つまり、俺が原因で照れている……俺が照れさせている? 照れるっつぅと……セクハラ? 橋の下の一件はともかく、幼稚園の時と今はまったく思い当たらねぇ……シスターたちの言う神様に誓っても良い。でも、だとしたら……?」
「ッッッ……!!」
至極鈍感ではあるが、決してバカではない。
龍助は徐々に徐々に、くそナメクジ以下の速度ではあるが、着実に真相へ近づいている。
慌てて、リヴィエールは龍助の気を逸らすべく。
「龍助さん! ひとつ伺いたい事があるんですが!」
「ん? おう。何だ?」
「…………………………」
慌てて、何も考えずに言ってしまった事。
当然、リヴィエールの中に質問など無い。
「……ぁあっと……その……」
絞り出すべく、リヴィエールは頑張る。
しかし、リヴィエールと龍助の関係上、互いに気になった事があればそれはすぐその場で訊いて解決している。
今更、一体なにを質問する事があるのか。
(そう言えば……)
冷静に考えてみれば、
「……龍助さんの事を、教えて欲しいんです」
「……俺の事?」
「はい」
今まで、気に掛ける機会もそうそう無かった事。
根本的な、龍助のプロフィール。
普段の会話から、甘いものが好物であるとか。派手柄の服が好きだとか。ミーハーな所があって流行りの邦楽を好む傾向が強いだとか。
そう言うざっくりした事は知っている。
でも、それ以上は知らない。
甘いものの中でも特に何が好きなのか?
派手柄と一口に言っても、好ましいパターンやカラーの傾向は?
最近はどのアーティストをチェックしているのだろう?
数は読めていないと言っていたが、今まで読んだ漫画の中で一番に好きだと言える作品は?
施設にいた頃の話を笑って語るが、その中でも特に楽しかったと思える記憶は?
野菜料理が得意だと自信満々に豪語するが、取り分け最も自信のある料理は?
「質問に質問を返すとシスターに叱られるから控えているけどよぉー……その上で訊くぜ。何でそんな事を聞きたいんだ? 要するに自己紹介の延長戦みてぇなモン、って事だろ? それを面白く盛り上げられるほど、話術に自信は無いぜ?」
高校受験前、面接での自己PRを考えるために延々と頭を抱えたのが記憶に新しい龍助である。
「何で、と言われると……強いて言うのなら、気になったから、ですね」
――「ただ単純に興味がある、と言い換えても良いです」
そう言いかけて、リヴィエールはハッとした。
あなたの事が気になり、興味があります。些細な事でも教えてください。
それは――告白、とまではいかずとも……好意の表明に他ならないのではないか?
墓穴を掘った挙句に穴底で地雷を踏んだような事態に、リヴィエールは心中で絶叫する。
「そっか」
リヴィエールの深読みとは対極。
納得したように頷く龍助の反応は、すごくあっさりとしたものだった。
普通に嬉しそう。
「……………………」
「おう? どうしたリヴィ子。何か『すごくすご~くどうしようもないもの』を見るような顔になっているのは気のせいか?」
……おそらく、この鈍感野郎。
リヴィエールの好意は理解したようだが……恋愛方面ではなく、友情方面だと解釈したのだろう。
でなければ、思春期の小僧が異性から自分への好意を明確化されて、照れた風でもなくただ嬉しそうに笑えるはずがない。
「……もう良いんで。色々と聞かせてください」
シスターが応援してくれる訳だ。とリヴィエールは思い知る。
やれやれと呆れ果てるリヴィエールの横で、龍助は頷くと、
「それにしても……何だか新鮮だな」
「新鮮?」
「いつもと逆だろ?」
いつも、龍助はリヴィエールから物を教わる側。
それが今から逆転する。
「何だか新鮮で、面白ぇなぁって」
「まぁ、私だって知らない事はごまんとありますよ。特に、資料になっていない個人情報なんて、知り得るはずがない」
「そうだな。確かに、それが当たり前だわな」
博識にはなれても、全知である事は有り得ない。
人間なんて、そんなものだ。
「では、超新星ヤンキー【河童】さんについて詳しく教えてください」
「おいおい茶化すなよ、【金天狗】」
「その呼び名はマジでやめてください」
「……ぉ、おう。ごめんなさい」
世の中、知らない事の方が多くて当然。
ゆっくり知っていけば良い。
ゆっくり教えてもらえば良い。
教えあっていけば良い。
この先もずっと、それが良いだろう。
「そんじゃあ――俺の話を始めるぜ」
ご愛読いただきありがとうございました!!
本作はここで一旦、完結とさせていただきます。
現状「後の事はアナタの想像にお任せ☆」ですが、正直リヴィ子が龍助を攻略するまでに何百体妖怪を紹介する事になるんだろうね?と作者は思ふのです。
それでは、またお会いできる機会がある事を願いまして。
繰り返しにはなりますが、ご愛読ありがとうございました!!