16,全国にあるよ、河童伝説!!《前編》
ある金曜日の放課後。花金と言う言葉があるように、多くの人は土日の休みに向けて浮かれ気味になる時間帯。夕暮れの繁華街には雑踏と共に、賑やかな談笑が溢れかえる――そんな中、龍助と紅蓮は交番のお世話になっていた。
一体なにをしでかしたかと言えば……。
「ご協力、ありがとね。拾得物、確かにお預かりします」
龍助が記入し終えた書類を回収し、青制服の警察官お兄さんはニカッと爽やかスマイル。
そう、龍助と紅蓮は、帰路の途中で拾ったスマホを届けるため交番に来たのである。
「うッス。んじゃあ、俺ら帰りますわ」
「うむ。失礼します」
「気を付けてね」
交番を出て、龍助は背伸びをしながら溜息。
「スマホを落とした人、大丈夫かねぇ……困っていなきゃあ良いけど」
「せっかくの週末だと言うのに、災難だろうな……当人の不注意ではあるが、無難無事である事を願いたい」
まぁ、ここでどれだけ心配してもどうにもなるまい。
アーニェに習った十字教式で天にお祈りをした後、二人が歩き出そうとしたその時。
立派なスーツのおじさんが、衣類の気品に似合わない慌ただしい様子で交番に飛び込んでいった。
「ぉおう……すごい勢いだったな、今の人……何か事件でも起きたのか?」
「通り魔から逃げるような勢いだったな」
「おいおい……マジだったら欠片もシャレになんねぇぞ……」
事態を確かめるべく。龍助は急ぎ、スーツのおじさんが走って来た方角へ走り出そうとした――が。
「あ、君たち! 良かった。まだいてくれて!」
「お巡りのお兄さん?」
先ほど、龍助たちを対応したお巡りさんが、交番から飛び出してきた。
「さっきのスマホの落とし主、見つかったよ」
◆
二桁の億単位で金が動く……社運を賭けた重要商談の連絡が、今夜くる予定だった。
スーツのおじさんは龍助と紅蓮に感謝の抱擁をしながら、半泣きするほどの歓喜声でそう説明。
どう御礼をすればいいかわからない、と半ば狂乱気味に感謝を口にし続けるおじさん。
おじさんは「今はこんなものしかないが」とあるものを龍助たちに手渡した。
「……『県立美術館 期間限定特別展示 優待入場券』ねぇ」
帰路に就きながら、龍助と紅蓮はそれぞれ手渡されたチケットを眺める。
どうにもあのおじさん、県立美術館に出資とかしている御方だったらしい。商談の規模と言い、立派なスーツも納得だ。
そんな御身分の方でもスマホひとつであそこまで取り乱すのか。ビジネス会議も映像チャットでこなすIT時代。スマホをビジネスにも活用しているスマートな人種に取っては、あの小さな機械が生命線なのだろう。
便利な世の中も一長一短だよな、と龍助と紅蓮は共に思う。
「にしても、期限は今週末、か……俺、芸術とかよくわかんねぇからなー」
知識を身に付ける事、勉強は決して嫌いではない龍助だが、趣味嗜好や興味の有無と言うものがある。絵画より漫画が好きだし、音楽はポップスしか聞かないし、皿は御飯が乗っていないと興味が無い。
「紅蓮、紅音姉ちゃんと一緒に行けば?」
紅音とは、紅蓮の三姉の一人だ。龍助も「姉ちゃん」と呼び親しむ程度には接点がある。
芸術大学に通っている画家志望の御方なので、丁度良いだろう。
と言う訳で、龍助は紅蓮にチケットを差し出す。
「まぁ、待て。早合点は好くない」
「早合点? 何か逆転ホームランがあるってのかよ?」
「最近の美術館の期間限定展示は、アニメや漫画、ゲームの展覧だったりもやるらしいんだ。クールジャパン、と言うやつだな。何度かその手のCMを見た記憶がある」
「へぇ、それだったら行ってみても良いかもな」
紅蓮が立ち止まり、スマホを操作し始めた。今やっている期間限定展示の内容を調べているらしい。
紅蓮の検索結果を待つべく、龍助も立ち止まる。
少しして、紅蓮は何やら思案を始め、
「……うむ。これは……お節介かも知れんが、こうすべきだな」
「?」
何を思ったか。
紅蓮が、チケットを龍助に差し出した。
「お前が誘うのが、適任だろう」
「……はぁ?」
◆
翌日、昼過ぎ、県立美術館前。
「――つぅ訳だ」
「そう言う経緯でしたか」
龍助はリヴィエールと合流し、昨日の経緯をざっくり説明した。
「急な誘いで悪かったな。予定が空いてて助かったぜ。……迷惑じゃあなかったか?」
一応、朝が弱いリヴィエールの体質に考慮して、集合時間を昼過ぎに設定したが……。
「迷惑だなんてトンデモない」
リヴィエールはふんすと鼻を鳴らして首をぶんぶん横に振る。
「私も行きたいとは思っていたんです。ただまぁ……お小遣いのやりくり的に今月は厳しくて、諦めムードでした……なので! 本当に助かりました!!」
「おう。それなら何よりだぜ」
手を振り回してはしゃぐリヴィエールの姿に、龍助も満足の頷き。
誰かが喜ぶ姿は見ていて楽しい。得をした気分になれるので、龍助は好きだ。
「『全国河童展』……! 見逃せるはずがありません!」
そう、今この時期。
県立美術館の期間限定特別展示は――全国各地の河童伝承や由来の品を集めた特別展示!!
これから暑くなっていく季節なので、毎年春先から夏にかけては妖怪やホラー系の展示をやっているそうだ。そして、今は河童。
妖怪好き、中でも河童推し……そんなリヴィエールのような人間のためにある展示だ。
「チケットを譲ってくださった紅蓮さんには、五体投地の感謝です……!」
「はは、そこまで感謝してもらえりゃあ、あいつも喜ぶだろうよ」
「でも、良かったんですかね? 紅蓮さんも、民俗学的観点から妖怪には興味があると言っていたのに……」
「ああ、俺もそれは聞いたんだけど、要領を得なくてよ……何かニヤニヤしながら『オレは空気の読めるキューピッドなんだ』とか何とか。なーんか俺にゃあ明言したくねぇ事情があるらしい」
まぁ、親友とは言え、時には隠したい事もあるだろう。
気にはなるが……数年も経てば、笑い話にして明かしてくれる日がくるはずだ。
親友の隠し事とは、大方そう言うもの。今は無理に問い詰めず、待つのが吉。
「キューピッドと言えば、ローマ神話の神様ですね? 紅蓮さんが名乗るような要素は無かったと思いますが。キューピッドは確か、愛の……、ッ……!?」
龍助と違ってリヴィエールは、紅蓮の発言の意図をざっくりと察した。
(ま、まさか……勘付かれている……!?)
先週の日曜日、シスター・アーニェに耳打ちされた一件以降。
リヴィエールは少々、そう言った感情を意識した状態で龍助と接していた。
基本的にリヴィエールと龍助の側にいた紅蓮が、人並みの観察力を持っていれば。
リヴィエールから龍助に対する「近いのが嫌では無いけれど距離感が気になる……!」と言う感じの挙動不審な態度で、何かを推察するのも充分に有り得る。
「わ、私はまだそう言うつもりではないですよ!? そう言う感情が『ある』のか『なくはない』のかで迷ってはいますけども!!」
※既に一択になっている事にリヴィエールは気付いていない!
「ん? 何か悩んでんのか? 相談なら乗るぜ?」
「あなたに相談できるのなら苦労は無いんですが!?」
「……? じゃあ、相談すれば良いんじゃね?」
俺はいつだって(相談)ウェルカムだぜ? とドヤ顔で胸を広げる本当にこの鈍感野郎。
「……も、もうこの話は良いので! 河童展に行きましょ――」
ふと、リヴィエールの視界に入ったのは、美術館に入っていく男女。
仲良さげに手を繋いで肩を寄せながら歩いているのを見るに、カップルだろう。美術館デートとは中々に知的でシャレオツな話。
「………………………………」
「おーい? リヴィ子? なに固まってんだ?」
「…………完全にデートだ……これ…………」
「ん? なんだって? ってかおい? 大丈夫か? 足が震えてっけど……」
今更に気付いたリヴィエールも大概、鈍感である。
◆
「おうおう……すげぇな、こりゃあ」
特別展示スペースは、龍助が想像していたよりもかなり広かった。
ところどころに設置されている壁や柱を取り除けば、テニスコートを三面は用意できるだろう。
そう、めっちゃ広いのだ。人がまばらに見えるのは広いせいだ。来客が少ない訳では決してない。
「四七都道府県でコーナー分けされてんのか……なんか『全国大会!』って感じだな!」
甲子園とか花園の中継が大好きな龍助、大興奮。
一方、リヴィエールは――
「日本一の河童を決める大会とか想像しただけで興奮のあまり顔中の穴と言う穴から鼻血が出そうです」
「恐ぇよ!?」
興奮の次元がひとつ違った。
先程まで「男子とデート」とか言う未知との遭遇に戦々恐々していたリヴィエールだったが。
更なる興奮で上書きされ、完全に平常運転に戻っていた。
「しっかし、河童って全国各地に色んな話があるんだな?」
龍助が大雑把に見渡してみた感想。
各都道府県ごとの展示物はどれも、それなりに充実しているように見える。
「そうですね。ここまで広く、そしてバリエーションが豊富な伝承を持つ妖怪は珍しいです。数多ある『河童のすごい所』のひとつですね。星の数ほどいる妖怪ですが、中でも【河童】・【鬼】・【天狗】は特に別格です」
「ああ、前に言ってた日本三大妖怪って奴か。そんなに特別なのか?」
「はい。大方の妖怪伝承は基本的に地方ローカル、マイナーです。江戸時代頃から全国での情報の行き来が盛んになり、各地の妖怪伝承を題材とする創作物が増えたおかげで全国区になったものが圧倒的多数なんです」
「そいつも前に聞いた妖怪浮世絵ブームだな」
「それもありますね」
リヴィエールは肯定の後、「ですが」と続ける。
「河童を筆頭に一部の妖怪は別。なんと、古くから全国各地に伝承が残っており……しかも、それぞれの地域ごとに違いが多いんです。これはおそらく、『情報交通能力の低い時代に、伝言ゲームのように色々と情報が交錯しながら広まっていったからではないか』……と言うのが有力です」
しかし、もっとロマンのある解釈だってできる。
「もしくは――河童を筆頭にそれらの妖怪は実在し、各地方でそれぞれ独自の生活形態を確立していたため、行動や能力に違いがある……そう考える事もできますね。私はこちらを推します」
「おお、そうだな。俺もそっちの方が好きだ」
龍助は微笑でリヴィエールに賛同し、頷いた。
実際、リヴィエールは本物の河童に出会っている訳だし、個人的には最有力説だと言いたい。
「さて、それでは……回りましょうか!!」
「おう!」
と言う訳で、龍助とリヴィエールは入り口近くのコーナーからローラーしていく事に。
まずは――日本最南端、沖縄県。
「沖縄か。良いよな、亜熱帯。南の島。普通にカブトムシとかクワガタムシとかいっぱいいそうだぜ」
「本島最北部にある国頭村あたりは、少し散歩をすると軽率に天然記念物と遭遇するそうですよ」
田舎とかそう言う次元を超越した、半ば秘境みがある。
「……ふぅん。沖縄って、河童目撃報告が多いってよ。テメェの恩人――恩河童? も沖縄出身だったりしてな」
壁に掛けられた無数の「河童と思われる生き物」の写真とその解説文。
それらを読み進めていくと、気になる文言を見つけた。
「……『【キジムナー】は、河童との共通点が多く【沖縄の河童】とも呼ばれる』……?」
「確かに、そう言う話はよく聞きますね」
「そうなのか? ってか、まずキジムナーって何?」
「沖縄県に伝わる【木の精霊】です。ガジュマルの木と言う大きな木を住処にすると言われていますね」
「木の精霊って……河童とは真逆じゃあねぇの?」
川の妖怪と木の精霊、どう繋がりようがあるのか。
「ところがどっこいと言う奴で……ふむ、キジムナーの解説はありませんか……では、私が」
「おう。頼む」
「はい。それでは――キジムナーの話を始めましょう」