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15,天狗はソラからやってきた!?


 ヒーローショーは無事終了。

 養護施設からの帰り道、打ち上げとして龍助たちはファミレスで夕食をすませ、各自解散となった。

 もう完全に夜の時間帯、龍助はリヴィエールを送る事に。

 なので、今は龍助とリヴィエールの二人きりである。


 ロマンチックな青春的なあれが――と思いきや。


「――【尻目】【みこし入道】【ぬりかべ】【べとべとさん】、あとバリエーションによっては【口裂け女】や【人面犬】も、【夜道で遭遇する系妖怪】とくくって良いと私は考えます」

「ジャンルになるくらいいるんだな、夜道系妖怪」


 この二人――二人きりだと基本的に妖怪の話しかしない。

 しかも自分たちが今まさに人の気のない夜道を歩いているのに「人の気のない夜道で人間にちょっかいかけてくる系の妖怪について」話す度胸である。


 まぁ、その話も今まさにひと段落。

 龍助はふむふむと与えられた知識を咀嚼しながら夜空を見上げる。


「そういや、テメェから妖怪の事を教えてもらうのもこれで何度目だろうな……おかげで、もう俺でも誰かに妖怪の事を教えられそうだぜ……つってな。受け売りじゃあ無理か」

「受け売りは知識の卵ですよ。誰かから教えてもらった情報を自分の中に取り入れて、とりあえず活用してみて、理解して、解釈して、納得した時、それが知識になるんです。生後五分で三角測量を駆使したり、一〇八画の方の煩悩を漢字で書ける赤子はいません」

「だろうな。俺なんて生後一五年は経っているのに、どっちも無理だ」


 おそらく、大人でもできる人間の方が少ない事例だ。


「でも、教えてもらって反復練習を行えば、いずれはどちらも可能になるでしょう。教科書や教師からの受け売りがスタートラインです」

「ああ、やっぱ物知りって良いな」

「……?」

「今みてぇに、すぐ気の利いた事が言えるって、すげぇ事だと思うぜ」

「……龍助さんは、すぐに人を褒めますよね」


 自分の顔が赤くなっている事を自覚し、リヴィエールはそれを隠すべくそっぽを向く。

 またいつもの如く「熱か?」と額と額をくっつけようとされては、思春期の心臓に悪い。


「あ」


 と、リヴィエールが顔を向けた先の夜空。

 一条の光が、刹那の内に駆け抜けていった。

 龍助も見ていたらしく「おお」と小さな歓声が上がる。


「今、チラッと流れ星が見えたな」

「ええ、珍しいものが見れました」


 流れ星――宇宙の塵などが地球の大気圏に入り、激しく燃焼しながら落下していく様。

 大半は地表に着くまでに燃え尽きて消えるが、稀に地表へ落下するものもあり、それが隕石と呼ばれる。


「流れ星と言えば……『流れ星が消えるまでに願い事を三回言えたら、その願いが叶う』なんて話を聞いた事あるけどよぉ~、絶対に無理だよなぁ」

「確かそれ、アーニェさんたちが信仰している宗教由来のものですね」

「ああ、らしいな」


 流れ星の瞬きは神の住まう天界から差し込む光であり、それがこちらから見えるその間は、天界とこの世界が繋がっていると言う事。

 なのでその時に願いを口にすれば、それを神様に聞き届けてもらえるはずだ……と言う話らしい。


「流れ星と言えば、私的には【天狗テング】が一番に脳裏を過ぎりますね」

「天狗?」

「河童・鬼と並び、日本三大妖怪に数えられる大妖怪です。近代創作では、よく河童のライバルとして描かれたりもします」

「ああ、まぁ、ざっくりとは知っているぜ」


 龍助は鼻の所に手を持っていき、指を立てて天狗の長鼻を示すジェスチャーを見せる。


「あれだろ? 修行僧みたいな格好をしていて、羽が生えていて、葉っぱの団扇を持っていて、そんでもって鼻がめっちゃ長い奴」

「そのイメージが一般的ですね」

「?」


 まるで、それ以外のイメージがあるような口ぶりだが……。

 龍助には、今挙げた以外の天狗に心当たりが無い。


「天狗の原典ルーツには諸説ありますが……一説では、中国における神様がモチーフになっているんです」

「へぇ、そこも河童と一緒なのか」


 河童のモチーフは、中国における黄河の神様だと言っていた。

 さて、天狗は一体、何の神様がモチーフになったとされているのか。


「やっぱ、鳥とかか?」

「いえ。犬です」

「……はぁ?」

「しかも、ソラを駆ける犬です」

「わ、訳がわからねぇ……」

「古代中国では、流れ星の瞬きを見て『犬の化生者バケモノが空を駆け回っている』と考え、不吉や大きな自然変化の前兆と捉えました。いわゆる【凶星】と言う奴ですね。それがやがて信仰対象になり、神格化され――天のいぬ、【天狗テンコウ】と言う神性が形成されたと言う説があります。日食や月食も、この天狗テンコウの仕業だと考えられたそうですよ」


 ちなみにテンコウは読みは違いますが、字はテングと一緒です。とリヴィエールは補足。


「……いや、まず何で犬……?」


 天を走る光の筋が何故、犬と言う話になる?

 龍助はそこが腑に落ちていない。


「流れ星は、稀に隕石として地表近くにまで接近します。その際に伴う轟音を、化け犬の咆哮だと解釈した……と言う説が有力ですね」

「ああ、成程な」

「加えて、中国は古代史にも『犬と人の共存』や『犬食文化』が確認できますし……身近な動物なので、色んな例え事に用いていた可能性も高いでしょう」


 獣なら何でも良いのなら、とりあえず犬に例えておけ……と言う精神だろうか。


「更に、中国では古くからキツネを『狡猾な悪性の象徴』とする創作が多いので、凶星の象徴に同じイヌ科である犬を選んだ可能性もありますね」

「え。……キツネってイヌだったのか……?」

「そこからでしたか。はい。イヌ科ですよ。キツネ」


 龍助はシンプルに、キツネはキツネだと思っていた。まさか犬の親戚だったとは。

 やっぱ俺は知らない事が多いなぁ……と龍助は肩を落としつつも、この場で誤認を検められた事を前向きに捉える事にする。


「そしてこの天狗テンコウが変遷しながら日本に伝わり――インド神話において『神々と戦うために天上へ向かうべく、煌々と輝きながら天を駆け抜けていった火の鳥』として描かれるガルーダや、そのガルーダを原典とする仏教の迦楼羅天カルラテンとの混同を経て、山の神・ひいては妖怪の天狗テングになったのではないか、と言われています」

「ガルーダってのが鳥だから、犬だったテンコーが、今の鳥みてぇな天狗になった……って事か」


 龍助の解釈に、リヴィエールがこくりと肯定の頷きを返した。


 天狗と流れ星――その二つを関連付けて考えた事など一度も無かったが……説明されてみれば納得の話。

 河童が元はドラゴンだったり……妖怪のルーツと言うのは思いもよらないものだ。


「ちなみにですね……この『流れ星=天狗』と言うルーツから、一部界隈では天狗の『正体』に関して面白い俗説が提唱されているんですよ」

「面白い俗説?」

「実はですね――天狗は『地球の外からやってきた』、『天狗の起源は地球外生命体説』と言うものがあるんです」

「なっ……それって宇宙人って事か!?」


 男子はみんな大好き、SF要素!

 妖怪だの神だのと言うファンタジーから突然!

 これには龍助もうぉおと唸って驚く。


「言われてみれば確かに……流れ星は宇宙から来てる訳だしな……!」

「『天狗は地球に移住した宇宙人で、その地球外のオーバーテクノロジーを念動力や妖術や神業と勘違いされたんじゃあないか』と言う話です」


 妖怪と宇宙人。

 一見すると非常に縁遠い印象はあるが、冷静に分析してみれば関連付けられるのも納得だ。


「まぁ、あくまで俗説。天狗のモチーフには他にも『外国人説』だってあります。まだ外国との交流が少なかった時代、国外追放や壮大な遭難の末に日本へ流れ着いて野山でサバイバルをしていた西洋系外国人を妖怪と勘違いしたと言う説です。当時の日本人からすると、鼻の高い人種は妖怪に例えてしまうくらい異様に見えた……と言うのも、納得できる理屈ではあります」

「外国人説か……だとすると……」

「……なんですか? いきなり私をまじまじと見て……」


 あんまり見つめられると照れる、とリヴィエールが顔を逸らしかけた時。


「テメェに通り名が付くとしたら、天狗関連になりそうだな!」

「……龍助さんって時々、訳のわからない事を言いますよね」

「いやだって、何か妖怪関連の通り名付いてる奴、多いじゃん。俺や紅蓮に怪堂先輩、他にも二年生に【火間蟲入道ヒマムシニュウドウ】って呼ばれてる先輩もいるみたいだぜ? あれも妖怪の名前なんだろ?」

「……名前の響きだけで付けられた感がすごいですね」


 火間蟲入道は、名前こそ厳ついものの……「夜通し勉強や仕事を頑張っている人間の所に現れ、明かりを消して帰っていく」と言う、ある意味では実に妖怪らしい妖怪だ。

 本来なら間違っても不良の異名に抜擢されるような妖怪ではない。


「良いですか、龍助さん。私みたいな極一般的な生徒に、通り名なんて付く訳ないじゃあないですか。絶対にあり得ませんよ、私に通り名が付くなんて。絶対」



   ◆



 月曜日。


 相変わらずリヴィエールは朝に弱い。

 特に昨夜は、深夜バラエティー番組枠で妖怪特集をやっていた。

 妖怪ガチ勢として当然リアルタイム視聴に臨んだリヴィエールの就寝時間は、お察しである。


「んみゅぅ……眠い……ですね……おのれ朝……おのれ空亡ソラナキ……」


 ブツブツとつぶやきながら、リヴィエールは教室を目指してのそのそと階段を登る。


「こんな日に限って……特殊な授業も多いと言う……」


 リヴィエールは余り置き勉をしないタイプだ。

 学校が公にロッカー安置を許可している美術用具セットまできっちり持ち帰ってメンテナンスをしている。なので、美術・音楽・体育・選択外語が集中している月曜日は美術用具・リコーダー・体操着・外語辞典と荷物がわんさか。鞄がパンパンである。


 朝日と寝不足の二重弱体化にこの荷物はしんどいですね……とリヴィエールは溜息。


 そんなしんどいリヴィエールの頬を、程よく爽やかな風が撫ぜる。

 向かう先、踊り場の窓から吹き込んだ風だ。夏の到来を予感させる緑の香りも実に心地良い。


「お、リヴィ子じゃあねぇか」


 ふと、背後から聞きなれた声。

 振り返って見下ろせば、下の踊り場に龍助の姿が。


「ぁ、龍助さん……おはようございます……」

「おう! おはよう。登校時間が被るって珍し――」


 龍助が弾ける笑顔の挨拶をしたまさにその瞬間!

 初夏の前触れが悪戯な風を引き起こした!!


 踊り場の窓から一陣の強風が吹き込み、リヴィエールのスカートが大きく膨らむ!!


「――ッ――」


 二重弱体を受けた頭でも、リヴィエールはそれなりにキレる。

 即座に計算した。この膨らみ方、龍助との相対位置、角度、距離――『見えて』しまう!!

 朝日と寝不足に負けたくない、そんな強い意志を込めて履いた勝負用の河童柄パンツ――俗にいうカッパンツが!!


 だからリヴィエールは全神経を腕に集中させ、浮かび上がったスカートを平手で叩き落とした!

 リヴィエールの運動神経は超高校生級! 当然のようにセーフ!


 だが――


「あっ」

「ッ、リヴィ子!?」


 朝日と寝不足による弱体化。

 抱えた鞄の重さ。

 階段を登っている途中と言う足場の悪さ。

 そこで咄嗟、一瞬だけとは言え腕以外のすべての動きをおざなりにした。


 崩れる体勢。傾く視界。


「まずッ」


 まずい、咄嗟に反応したリヴィエールは足に力を込めて踏ん張った。


「ぬ、にゅ、ぅううううう……っと……ぷはッ」


 そしてさすがの外国人フィジカル。

 無事にリカバリーを果たし、階段で転倒すると言う大事故は免れたの、だが。


「うおおぉおお、って、えぇええ!?」


 雄叫びと、驚いたような奇声。

 それらの主は龍助。


 リヴィエールが転びそうになったのを見て、即座に階段を駆け上がったらしい。

 龍助の計算としては、落ちてくるリヴィエールを受け止めてそのまま背中から落下。背中に回した鞄に詰めた体操着などがクッションになる事に賭けると言った所。


 だが、リヴィエールは立て直した。

 そして、リヴィエールを受け止める事だけを考えてロケットスタートした龍助は急には止まれない。


 このままでは龍助はリヴィエールにタックルをかます形になってしまう!


「ん、ごぉおおおおお!?」


 雄叫びを上げ、龍助は咄嗟に――後ろへ跳んだ。


「はぁ!?」


 目を剥くリヴィエールの目の前で、龍助が階段の踊り場に落ち――たが、着地と同時にごろんごろんと転がり、がばっと勢いよく起き上がる。


「ぉぉお……シスターに五点着地を習ってなかったら危なかったぜ……!」

「養育施設で何を習っていたんですかあなたは……」

「ふぅ……ちょいと肝は冷えたが、お互い無事で良かったな!」

「ぁ……はい……その、ありがとうございます……すごい勢いで、助けにきてくれて……」


 自分の頬が熱を帯びていくのを感じたので、リヴィエールは咄嗟に顔を逸らす。

 すると、上階への階段の手すり越しに別の生徒と目が合った。


 茶髪に染めた髪に着崩した制服、いかにもな鎖のネックレスからしてチャラ男ではなくヤンキーだろう。そんな鎖ネックレス男子の顔は――何かトンデモないものを目撃してしまったと言わんばかり。


「ぇ……あの……おはよう……ございます……」


 何でそんなにびっくりしているんですか? とリヴィエールは続けようとしたのだが……。


「か、河童が吹っ飛ばされた……超能力……いや、念動力……!?」

「えっ」

「ひっ……お、おれは何も見てない! 見てないから!」


 鎖ネックレス男子はうわずった叫びと共に踵を返し、すごい勢いで逃げていってしまったのだった。



   ◆



 後日。三年校舎屋上。


 屋上の主・怪堂は手で口を押さえてプルプルと笑いをこらえながら、


「ぷ、ぷふッ、ぷッ……よ、よう。おめーさんが……ぶふっ、怪堂派ウチの河童を念動力でぶっふぅ……吹っ飛ばしてくれたっつぅ、超新星とウワサの【金天狗キンテング】だな? 俺っちの弟分に手を出した落とし前を付けてもらぶっふぅ!! もうダメだこれ何がどうしてそんな話になってンのか想像はつかねェけど絶対ェしょーもないオチだろこれ!! カカカカカカ!!」


 サングラス越しでもわかるくらい涙目になって笑い転げる怪堂。

 ウワサを広めただろう鎖ネックレス男子への憎悪、怪堂の笑い草にされている羞恥、そしていつぞやの自分の発言がフラグでしかなかった事に気付き、リヴィエールは頭を抱えた。




 こうして、カワコーに新たな超新星不良【金天狗】が誕生したのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 見事なまでのフラグ回収!! 先輩じゃないけど、相手をよく知ってると笑い種でしかないですねぇ( ´艸`) とは言え、これは周囲にも相棒としての素質ありと認められることでしょうし、安泰、なのかも…
[良い点] 更新お疲れ様です(^_^ゞ 物事には必ず何かしらの繋がりがある。 ……とは謂いますが、まさか【金天狗】の誕生秘話の前日談だったとは予想外にも程がある!(笑) しかし天狗の“狗”の字が“いぬ…
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