13,踊れ、腹だせ、笑いを取れ!!
昼休み。
昼食を摂り終えた龍助は、紅蓮とリヴィエールを連れてある場所へ。
それは、三年校舎の屋上。
「よォ。よく来たな。一年トリオ」
屋上には備品入れ替えの際に処分されそうになった校長室のソファが設置されており、そこにはド派手な虎柄頭の男が。
怪堂。三年生で、龍助の直の兄貴分と言う事になっている。
虎柄の頭はもちろん、授業中を除いて滅多な事では外さないサングラスも特徴的だ。
「うス。ちわッス」
「こんにちわ」
「こ、こんにちわ……」
龍助、紅蓮に続いて、リヴィエールもやや恐る恐る挨拶。
「カカカ、まだかなり恐がられてんね。大丈夫だぜ、リヴィ子ちゃんだっけか? 俺っちは女子にゃア絶対に手も足も出さねェ主義だからよォー」
「は、はい……その……先日は、妖怪マンちんすこう、ありがとうございます……美味しかったです……あと、河童が当たりました……本当にありがとうございます……」
「ん? あァ、あれね。喜んでもらえたんならァ、先輩風も吹かし甲斐があるってもんさ」
カカカ、と上機嫌に笑う怪堂に、龍助は本題を切り出す。
「ところで先輩。『昼飯が済んだら集合よろ(※無理そうなら放課後で良いわ)』って、何かあったんスか?」
先ほど、龍助に届いた怪堂からのメッセージ。
メッセージの急ぎ感の無さと、怪堂の普段通りな現状を見るに、差し迫った何かしらがあると言う訳では無さそうだが……怪堂は急に雰囲気が変わるので油断ならない。
「んー……いや、実はよォー。ちょいとした困り事とでも言えば良いのかね? 人手が足りなくてなァ」
「人手……?」
一体、何の人手だろうか。龍助と紅蓮は物騒な気配を感じ、少し身構えた。リヴィエールも二人の雰囲気から、ちょっと身をすくめる。
「おめーさんら――ちょっと、コスプレをキメて幼稚園児たちの前で踊る気ねェか?」
「………………はい?」
「いや、実は、俺っちよォ。ズダダン企画っつぅ芸能事務所でアルバイトしてんだけどよォー……」
怪堂曰く、話はこうだ。
怪堂がバイトしている芸能事務所は、一般的な芸能事務所のようにテレビ業界とはあまり深い関わりがなく。主な仕事は、地域のデパートやら公民館でのイベントに所属タレントを派遣する、いわゆる営業。怪堂は事務方としての雑務バイトをしつつ、時々、ダンサー見習いとしてその営業にも参加しているのだと言う。
そして、今度の日曜日。ある児童養育施設が併設した幼稚園に、営業で呼ばれる事になったのだが……。
「オーダーがよォ。日曜の朝にやってる、子供向けのいわゆる戦隊ヒーローっつぅ奴のダンスショーなんだ」
「へぇ、あれッスか」
龍助も施設にいた頃はよく見ていた。
そう言えば、エンディングで出演者のイケメン俳優たちがキレッキレのダンスを踊っていたか。子供らしく目を輝かせて「かぁっちょいい……」と眺めていたものだ。おそらく、戦隊ヒーローのコスチュームを着て、園児たちの前であれを踊って欲しいと言うオーダーなのだろう。
「だけどよォー……戦隊ヒーローって、五人いるんだよなァ……うちの事務所、その日の空きが俺っちとあと一人の合計二人しかいねェんだわ」
「ふむ……それでは三人足りない計算に……ああ、成程」
紅蓮が手で槌を打ったのと同時、龍助とリヴィ子も察した。
「俺たちに手を貸して欲しい、って事ッスか?」
「そォそォ。ちょォーど足りないのもレタスグリーンとトマトレッドとパプリカイエローだし。おめーさんら一年の信号機トリオよろしく緑と赤と黄色だ」
「信号機トリオて」
「で、どォよ? フォーメーションはちょいと面倒だが、振り付け自体はガキでも四・五回通せば覚えられる簡単なモンだし、軽い殺陣もあるにゃアあるが……ぶっちゃけまさしく子供騙しだ。体を動かし慣れている奴なら問題にゃアならねェ。あと、ちゃアんとギャラも出るぜ。額はちょい低めだが、割にゃア合っていると思うぜ」
まぁ「他所の事務所から助っ人を」ではなく「素人でも良いから助っ人を」となる辺り、そこまで手間や金をかけた企画ではないのだろう。
児童養育施設に併設された幼稚園と言う事は、予算にはかなり縛りがあるはずだ。事務所から出演者へのギャラはあっても、園から事務所が受け取る報酬としてはほぼほぼ無償活動に近いのではないかと予想される。
「……良い事務所なんスね」
「ん? あァ、まァな」
龍助は思い出す。自分が施設にいた頃にも、どこの御当地キャラだかよくわからない謎の着ぐるみ集団が押し掛けてきた事があった。何が何だかよくわからないが、賑やかで、華々しくて。とてもとても楽しかった事の記憶として、胸に残っている。
あの着ぐるみ集団と同じような役目を、自分が果たす。
何だか奇縁を感じて、悪くない話だと思った。
「俺はイケるッス。次の日曜は特に予定もバイトも無ぇッスし」
「うむ。オレも平気です」
「私も……大丈夫です」
「カカカ! おゥ、ありがとォよ! おめーさんらならそう来てくれるって信じてたぜ!」
◆
と言う訳で早速、腹ごなしの運動も兼ねて練習を開始した龍助たち。
「ん、っと……い、意外と難しくねー?」
「うむ……一人で踊るならばどうにかなるが、団体となると、ステップの間隔を合わせないと……」
フォーメーションが面倒、とはこの事か。
特に、人一倍以上に体が大きい紅蓮には難しい事だ。
「おいおい野郎どもォー。リヴィ子ちゃん見習えよォー。もう完全にキレッキレで踊り狂ってんぜ?」
相変わらずの外国人フィジカルと言った所か。
眼鏡でおとなしキャラで読書が趣味のくせに、陸上部のエースより瞬発力があり、幼少期から荷物さえ無ければ台風で濁流化した川も泳ぎ切れる身体能力。そして、小柄故の小回り。
龍助と紅蓮が距離感覚を測り兼ねて若干もたつく中。
リヴィエールだけは涼しい顔で、二人のぎこちないステップにも平然と適宜に合わせて舞っている。
「それにしても、何つぅか全体的にコミカルなダンスッスね?」
戦隊ヒーロー物のダンス、と言うと、もう少しカッチョ良さげなのを想像していたが。
健康体操めいた大きな腕ふりや行進的足踏みが多いし、音楽も何と言うかポップ&キュートな調子。国営放送のキッズ番組で流れていそうな印象を受ける。
「最近の風潮的に、健康志向でそう言う体操に寄せてるっつゥのもあるだろォし、小さい子供が真似して踊れるレベルってのを考慮すっと、あんま尖った振り付けにゃアできねェからな」
昔の「魅せるダンス」とは趣向が変わり、今は「一緒に踊れるダンス」が主流と言う事か。
そしてカッチョ良い以外の方向で子供受け狙うのならば、コミカル方向になるのは道理だ。
「つまり『滑稽さで笑いを取るダンス』……ですか。まるで【はらだし】のダンスですね」
「はらだし……?」
リヴィエールの発言に、怪堂と紅蓮が「何の話だ?」と首を傾げる中。
このパターンを何度か経験している龍助はピィンと来た。
「もしかして、妖怪の名前か?」
「イエス。その通りです。龍助さん、わかってきましたね」
「へへ、まぁな」
「ほォ。何だ何だ? ダンスが得意なんてイカした妖怪がいんの? そいつァ気になるなァ」
「うむ。小休憩がてら、大河の話を聞くのも丁度良いだろうな」
「承知しました。それでは――【はらだし】の話を、始めましょう」
◆
「……なァ。今、そのスケブ、どっから出したんだ?」
「細かい事はお気になさらず」
妖怪とは関係無い怪堂の質問を雑に流し、リヴィエールがスケッチブックの表紙をめくる。
すると、現れたのは……、
「こりゃアまた、けったいなモンが出たな」
怪堂が訝しむのも無理は無い。
スケブに描かれていたのは、首も胴も腰も無く、頭から直接四肢が生えた謎の生き物。顔がゆるキャラ調だし、四肢も線が省かれたデフォルメ調なので、多少は気味の悪さも緩和されているが……それでも珍妙な風体である事は変わりない。
「はらだしは、『頭から手足が生えている』と言うより『お腹に顔がついている妖怪』です」
「ふむ。成程、それで腹をしまう訳にはいかないから、腹出し、なのか?」
腹に顔がついているのでは、普通に着物の襟を合わせては前が見えなくなってしまう。出すしかないだろう、生態的に。
「名の由来は不明ですが、それも有力ですね。同じような姿で【胴面】や【五体面】と言った類縁もいます」
「ふぅん、似たようなのがいっぱいいるって事は、意外とメジャーなんだな、その形」
まぁ、超大手のゲームメーカーが出しているゲームに、こんな感じでピンク色の超人気まんまるキャラもいる。何か人を惹きつける要素を秘めたフォルムなのかも知れない。
「しかし多くの類縁妖怪と、はらだしには大きな違いがひとつあります」
ぱらり、とスケブがめくられると――はらだしの周囲で、人々が手を打って喜んでいるイラストが。
宴会の風景……のようだ。かなり盛り上がっている感じがする。
「はらだしは、『人間を幸せにする逸話』がいっぱいあるんです」
「うむ。大河が前に言っていた、御霊信仰と言うものだな」
御霊信仰――元々は妖怪とは関係の無い悪霊に対する宗教観。害性の存在を好く扱う事で機嫌を取れば、害を抑えて益を引き出せると言う信仰だ。
妖怪の多くは、伝承が構築される過程でこの感覚が当て嵌められていったと言う。
「それもあるでしょうが、はらだしの害益比率は害一以下、益九以上と言った感じですね」
「カカカ、すっげェ偏ってんな?」
「はい。はらだしの害と言えば『人を驚かせて遊ぶ』くらいしかなく、それも軽度。基本的に、人間を困らせる事はしない妖怪なんです」
害の伝承は無きに等しく、益の伝承は山盛りある、と。
「はらだしは山奥の廃墟や寺に住み着く妖怪で、遭難者を見つけたなら即座に住処へ案内し、温かな食事と寝床を用意して、翌朝には帰り道を教えて見送ってくれるそうです」
「おゥおゥ、至れり尽くせりって感じだなァ」
「他にも、悲しみを嫌う性格であり、悲しんでいる人を慰めるためならば東奔西走して問題解決に尽力したり。悩んでいる人を見れば一緒に解決策を考えてくれたり」
自愛も大切にね? と心配になるレベルの世話焼きさんである。
「特に賑わいを好む陽気さを持つともされ、夜な夜な乱痴気騒ぎを聞きつけては顔を出すとか。そして酒を振舞われたなら、御礼代わりにと腹の顔を揺らして滑稽な踊りを見せ、場を盛り上げてくれる……なんて逸話もあります」
「へぇ……まさしく腹踊りって奴だな」
龍助は自分で言ってから「お?」と気付く。
「もしかして、腹踊りの元ネタってこいつだったりすんのか?」
ひと昔前では宴会芸の鉄板だったと言う腹踊り。テレビで見た事がある。
お腹に顔を描き、それを揺らして滑稽に踊るのだ。
近年ではセクハラ問題等でまず不可能と化しているらしいが……それはともかく。
はらだしの踊りと非常に酷似しているように思える。
「そう思うのも無理は無い事ですが……逆ですね」
「逆?」
「そもそも、はらだしは『近代の創作妖怪なのでは?』と言う説が濃厚なので」
はらだしに関する記述は昭和以降の書物ばかり。
他の妖怪のように、古くからの文献が存在しない。
似たような容姿の妖怪を記述する古い文献はあるが……胴面や五体面を指している可能性が高く、「はらだしの事だ」と特定されているものが無いのである。
故に「とある著名な怪奇作家による創作妖怪だったのでは?」と言うのが有力説だ。
この指摘が出始めたのが件の作家の没後だったため、真相は不明。
ともかく、現状、はらだしの出典は比較的新しいものしか無い。
つまり、古くから存在する腹踊りの起源とは考え辛い。
「腹踊りが滑稽な宴会芸として鉄板であるからこそ、それに特化した陽気な妖怪としてはらだしが生まれたのだと思われます。ちなみに腹踊りの原典は詳細不明で、私も詳しくはないのですが……一説では紀元前の中東にルーツがあるとか?」
それはそれとして話を戻しますね、とリヴィエールはスケブを軽く指で叩き、注目を促す。
「はらだしの踊りは滑稽で笑えるだけではありません」
ぱらり、とスケブがめくられる。
すると、今度は赤子を抱いた母親たちが、踊るはらだしの周りに集まるイラストが。
「はらだしの踊りを見ると、不思議と気分が上向きになり、その先の人生で多くの幸運が訪れると言われているんです」
「どんだけ御利益もりもりなんだよ……!」
龍助たちははらだしの余りの徳の高さに揃って感心してしまう。
このイラストではらだしの周りに集まっている母親たちはきっと、我が子の未来に多くの幸運を願って、はらだしを探したに違いない。
「……素敵な話じゃあねぇか」
思う所あり、龍助は目を細めて頷いた。
「よぉし。そろそろ休憩は終わりにしようぜ!」
もともと手を抜いていたつもりはないが、気合を入れ直す。
はらだしほどではなくとも。
子供たちの未来に「楽しかった思い出」を与えられる、そんなダンスを踊るために。