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1.再会

 僕の頭に雨粒があたって、髪を伝い頬にかかり、地に堕ちていく。

 何粒も落ちてきて数え切れない。

 塾帰りの制服はもうびちょびちょでぴったり身体に張り付いて気持ち悪い。

 冬の瀬戸内に急に大雨が降るのは珍しい。

 冷たい刺すような北風と雨粒に体温を奪われ、身体は震え続け思考は止まっている。

 あれ、震えが止まった。これはまずい症状なんだっけ。


 自分でもおかしいとは、思う。

 日はとうに沈み、この天気と相まって街は真っ暗だ。いまは午後10時頃だろうか。

 風は強く雨もどんどん激しくなってきた。


 自分でも何がしたいのか分からない。

 塾が終わって家にも帰らず、雨が降っているのに知らない場所をほっつき歩いている。


「……?」

 目の前にぼんやりと光が見える。それは不思議な光だった。懐中電灯のように眩しくなく、暖かい光。

「……こんな天気の中なにをやっているの?」

 雨のベールの向こう側から、雨音に負けない、はっきりとした声が届いてきた。

 あ、懐かしい声だ。僕の幼なじみの海衣あまいの声。

 台風はそろそろ本気を出してきたらしく、人の声なんか届くはずもないのだけど、それを疑問に思わないほど自然に。

「君こそなんで!」

 雨音に負けないように、雨のベールの向こう側へ思いっきり叫ぶ。

 向こうに伝わっただろうか。こんな偶然に僕らがまた出会ったことに驚いているだろうか。

 まずい、風が強い。視界が悪くよく見えないが、さっきからいろんなものが宙を飛んでいる。このままだと、僕と、そこにいる君も飛ばされそうなほど。

「……ちょっと来て」

 思ったより近くにいたらしい。少し前ですら目で把握できない。命の危険を感じるほどに風が吹き荒れる。

「あ……」

 強い突風が吹いた。高校生2年生とはいえ僕の細い体は、非情にも簡単に強風に空高くはねのけられる。

 ああ、僕は今、こんなところで人生を終えてしまうのか。それならもう少しこの短い人生を楽しんでおきたかったな……。

 これが走馬灯というものなのか。

 自分の命が潰えようとしているというのに、頭に出てくるのは冷静なことばかり。それが短い時間で駆け抜けていく。

 そうか、僕は死ぬんだ。

「あ、危ない」

 目の前にいた海衣は、この状況を把握できているようなのに、落ち着いた声を出す。

 ……細い指先が、僕の服を掴んだ。

 一瞬で風の影響がなくなり重力が働き、僕は地面に強く叩きつけられた。

 また助けられてしまったのか、なんてぼんやりと思った。

 視界が鮮明になってくる。

 そこで僕が見たのは久しぶりの不思議な光景。

 雨粒が、風が、僕と海衣あまいを避けるようにすぐ横を流れていく。

 海衣が天さえも下僕につけているように映った。

 深夜。雨粒が僕らを避けるので、真っ暗な深い雨粒の海に包まれているようだ。

 それは幻想的で、でもそんな引き立て役の風景とは比べ物にならないほど、この画の中心にいる美しい彼女は主役だった。

 そう、海衣あまいが他の人と違うところは魔法が使えるってこと。

 この現実世界に魔法が使えるわけがないって大抵の人は思うかもしれないが、僕は確かにこの目でずっと見てきたんだ。海衣が魔法を使い、日々能力が上がっていく過程を。

「あ、ごめんね。もう少し優しくどうにかするべきだった」

「い、いや、ありがとう。助けてくれて……」

 僕の耳に届く透き通った声。

 雨や風だけでなく、周りの環境音さえもが僕の鼓膜を叩かない。文字通り、今の僕の世界には海衣しかいない。


「た、立てる?」

 周りを見返すと、海衣の細い奇麗な指は僕のパーカーの袖を掴んだままだった。彼女のこの指が人間に起こせるはずのないこの奇跡を引き起こしている。

 僕はもう片方の左手を使って立ち上がろうとする……全身に激痛、危険信号が走り渡った。

「うっ…」

 僕は情けない声をあげてしまった。


 #


「うーん……よし」

 しばらくどうするか悩んでいたようだけど、ようやくなにかを決断したらしい。

 海衣が悩んでいる間、風に飛ばされないようずっと僕の服の裾を掴んでいるわけで、それはつまり海衣がずっと至近距離にいたということ。


 中学校に上がり、思春期になって、幼なじみだった僕らの関係は遠くなっていった。喧嘩をしたこともしょっちゅうあったが、それは喧嘩するほど仲がいいというやつだったんだと思う。特にきっかけがあったわけでもないのに疎遠になっていた。一緒にいるのが気まずくなって、お互いを意識し始めて、わざわざ会おうなんてこともできなくなって。

 家が近くなかったのもあるかもしれない。よくラノベなんかでは幼なじみの家が隣にあったりするが、そんなこと現実で殆ど無いだろう。僕らのいつもの居場所はある秘密基地のようなものだった。

 高校になっても、時々あの頃を思い返すくらいで会いに行くタイミングを失っていた。

 それどころか、どこの高校に行ったかさえ僕は知らなかった。

 そしてようやく会えた今、僕は濡れ鼠になっていて風に命を奪われかけた。情けない無様な姿だ。


「……。」

「乗って」

 海衣は唐突にそう言うと、しゃがんで背中を僕の方へ向けた。

「え……」

 僕は仮にも男子。幼なじみ補正で他の人よりは少ないだろうけど女の子に背負われるというのは恥ずかしいという気持ちがあるし、一応プライドもある……。それに僕のほうが背が少し高いし、相当な負担をかけてしまうのだろう。


「誰も見ていないから気にしなくてもいいよ、重さは()()でなんとかする」

 海衣は僕の心の内を見透かしたようにそういった。

 恥ずかしくなった。そこまで気を使ってもらってしまった。

「あ、ありがとう…」

 海衣の背中に乗せてもらった。

 最初は重そうにして立てそうにもなかったけど、「よいしょ」と拍子抜けしたような声をあげて魔法を行使すると、なんでもないようにさっと立ち上がった。

「だ、大丈夫…?重くない?」

「うん、大丈夫」

 海衣は全くなんともないように、平然と答える。

 僕がいない間にまた更に成長しているなとしみじみと感じた。ずっと2人で魔法の特訓をしていた時もあったっけ。僕のどこかから拾ってきた知識と、海衣のアイデアでたくさんの魔法を開発した。僕がそばにいなくなっても続けていたのか。


 海衣の髪が目と鼻の先にある。しかも、海衣が歩行する上下動で鼻が海衣の頭に当たるので、これを回避するには自分の頭を彼女の顔の隣に出す必要がある。

 仕方なくそうすると海衣の顔がすぐとなりにあって、羞恥でどうにかなってしまいそうだった。こんな距離感仲が良かった頃でもなかった。

 間近で見る彼女のまっすぐ前を向く瞳は深い海のように落ち着いた輝きを魅せていた。鼻を海衣の甘い香りがくすぐる。

 頭がどうにかなりそうだったけど、どうにかこらえた。


 住宅地を抜け、山の麓についた。

「入るよ?」

「うん」

 いけないことをしている気がして、それが心地よかった。

 やっぱり目的地はここか。いつか2人でずっと過ごしていた、秘密基地。


 森を抜けて、少しだけ拓かれた場所に出た。

 そこには日常離れした不思議な場所。

 ちょっとした草むらの中心に大きな太い木が2つに分かれてそびえ立っており、そのあいだに小さな小屋のようなものがある。

 まるでおとぎ話に出てきそうな、木の間に挟まれて宙に浮いた古い小屋。

 普段晴れているときは、木漏れ日がさらに非日常のファンタジー感を醸し出す。

 こんな雨の日は、木が雨から守ってくれていて頼もしい。

 僕を背負った海衣は小屋の下にしゃがみ、

「痛っ!」

 上にいた僕が頭をぶつけ犠牲になった。

「あ、ごめん忘れてた…」

「……」


 まあそんなこんなで懐かしいこの場所にたどり着いた。

 海衣は小屋の底の下向きについた隠し扉を開き、僕を部屋に押し入れる。

 中にはファンタジーで出てきそうな雰囲気がただよっている。

 1方の壁は板を打ち付けたようで、もう2方は木の幹でできている。つまり三角形のような形。

 大部分を積まれた本や大きな作業机が多くの面積を占めており、二人入るとあまり余裕がない小屋。

 薄暗い中に電子レンジ、冷蔵庫、大きなクッション……。昔からなにも変わっていなかった。

「……ここにたまに来るのか?」

「最近また来るようになった。昼はいつもここにいる」

「へぇ…」

 なにを思ってここに来たのか。昼にいつもいると言ったが、学校には行っていないのか。聞きたいことはたくさんある。

 海衣はランタンのようなものに手をかざし明かりを灯した。

 その動作がこなれていて、ファンタジーの世界の登場人物のようだ。

 部屋が明るくなったことにより、海衣の容姿がはっきりと見えた。

 艶やかな長い黒髪、天然水のように透き通った真っ白な肌。

 海衣の背が伸びたなあ。余裕があったはずの小屋の天井は海衣の頭にかなり迫っている。自分も伸びているはずではあるけど、それでも久しぶりに見た幼なじみの成長はなんだか感慨深い。でも近づくと僕と海衣の身長に明白な差があり、少し悲しくなってしまった。


「……さっきは助けてくれてありがとう」

「いや、苦しそうな少年の声が外から聞こえてきたから」

「え……?」

 その言葉に懐かしい響きがある。これは確か……僕らが最初に出会ったときのセリフに似ていた。なんだったっけ……思い出せないや。大切な思い出だったのに、色褪せてしまうのか。


 海衣は片手で炎をだすと、小屋にあったストーブの中に火力を高めて放り投げた。

 じわじわと温まってきた。ストーブの暖かさで服もすぐ乾くだろう。干したいところだが、海衣がいるので躊躇してやめた。

「回復魔法は得意じゃないんだけど、いくよ?」

「かかってこい!」

 僕はそう言って歯を食いしばる。その直後に腹の奥まで響くような鈍い衝撃があった。

「う……」

 あまりの痛さに思わずうめき声を出してしまう。

「だ、大丈夫?」

 動揺してあたふたとしている海衣。

 海衣の雑治療はいつものことだった。それでも怪我が治っているのは不思議だ。たぶん腰のあたりの骨の1、2本は折れていたと思う。

 僕が怪我をするたびに海衣の暴力的な回復魔法を浴びなくてはならなかったので、いつしかやんちゃだった僕も怪我をしないすべを覚えていたっけ。


 静かな時間が流れる。ここは久しく感じていなかった安らぎを僕に与える空間だった。

 彼女はどこからかよく見慣れた有名コーヒーチェーン店のカップをとりだした。

「君もいる?」

「あ、結構です……」

 騙されてはいけない。この海衣のいたずらっ子のような悪巧みをしている表情は、昔と変わっていなくてなんだか嬉しかった。

「あ、そう?」

 中身はホワイトモカ。カスタマイズで最大限まで甘みが増幅され、暴力的とまで言える甘さが海衣の舌を転がり落ちている。

 海衣あまいは甘いものが大好きだ。糖分がそのまま魔力へ変換されているのではないかと疑ってしまうほどだ。いや、僕は科学的根拠がないながらもそうだと確信している。そもそも魔法が使える時点で、海衣に科学的根拠もなにも存在しない。

 海衣の摂取している糖分の量は常人離れしていて、病気にならないのが不思議なほどだ。止めても無駄。生きている意味がないとまでに絶望した顔をこちらにみせてくる。そんな海衣の顔をみるよりもずっと海衣の糖分を摂ったときの甘い幸せな顔を眺めているほうが僕も幸せだ。


 だけど、今日の海衣は浮かない顔を浮かべている。海衣はどんなときでも甘いものを食べているときは幸せそうな顔を浮かべていた。

 それがいま覆されている。これは僕からしてみれば天地がひっくり返るよりもありえないことだ。


「なあ、なにかあった?」

 月日が経っても僕らの固い絆の間に隠し事や遠慮はいらない。そのはずなのに。

「いや、大丈夫だよ」

「……。」

 大丈夫だと、大丈夫じゃないときに使う言葉を使われてようやく気づかされた。

 月日が経ったら僕らの絆は緩んでいた。

 当たり前のことだったのに、改めて現実のものだと付き突きつけられるとなかなか堪えるな。

 今さら後悔が絶えない。海衣のそばにいたのは僕だけだったのに。


 なあこれでいいのか?海衣の元幼なじみの少年よ。






初めまして、鳩目すいといいます。

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