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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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日々の一端にふれて


 そして現場近くまでたどり着くと。


「なんなの……」


「何が起こったんだ……」


「なんかやばくねぇか……?」


 その場にいた客たちが遠巻きに何かを見ている。


 そこは施設内にある駐車場のうちの一つであり、どうやら客たちが往来していたところに事件が起こったようだ。


 真人と愛示が到着し、野次馬を掻き分けて彼らの視線の先へ向かうと、そこにボロボロのアスファルトにへたり込んでガタガタ震えている中年男性を見つけた。


(これは一体……)


 彼の周囲にはアスファルトを凝縮して伸ばしたかのような柱状のオブジェが視界に映る。

 先端は鋭利に尖っており、さながら槍とも呼ぶべき形状であった。


 周囲を見渡す真人。

 すると、この施設の店員の驚いた表情が目に入る。


(様子を見に来たショッピングモールの店員の様子を見る限り、店側が意図して作ったものではないらしいな……)


 つまりは第三者が作ったことになる。


 しかし、このオブジェたちはそれぞれ高さ3mに及ぼうかという巨大な体躯を誇っている。


 こんなものを店側に感知されずにここへ建造しに来るなど、常識的に考えて不可能だ。


 ならば、答えは一つのみ。


「先輩」

 愛示もそれを確認した様子。


「あぁ。これは間違いなく<想起メノン>の産物だ」


 そう。常識的にはありえない。

 つまりは『非常識』たる力、<想起>によって作られたとみるのが妥当だろう。


「となると、何故ここに<想起>の作用が働いたかだが……」


 そこで真人と愛示はこの<想起>の産物の中心で腰を抜かした男に目を向ける。


 状況的に、彼がこの被害をもたらした想起者メノシアンである可能性もある。

 真人は腰の刀に手を添えて警戒しながら男に近づいた。


「異能対策局です。これについてお聞かせ願えますか」


 呼びかけられた男はビクっと肩を震わせる。

 どうやらひどく混乱しているようで、何をしゃべって良いものかわからないといった様子だった。


「わっ……わからないんだ……。急に床が揺れたかと思ったら突然床から巨大な槍みたいなものが突きだしてきたんだ……」


(やはり、コイツは想起者本人じゃなさそうだな)


 となると、やはり彼はむしろ想起者によって命を狙われた被害者だろうか。


 そう判断し、真人は改めて現場の状況を確認していた。


 何者かが彼を狙って行動したのなら、そいつはどこかしらからこちらの様子を伺っているはずだ。

 殺害あるいは傷害という目的のための行為なら、その結果も当然確認しなければ意味がないのだから。


 すると推測は正しかったらしい。

 真人はふと視界の隅に違和感を覚え、そちらに視線を向けた。


(……!)


 思わず息を呑む真人。


 そこは様子を見に来た野次馬でごった返していたのだが、看過できないものがそこにはあった。


 野次馬に紛れている形で居合わせている一人の少女が目に映ったのだ。


 ただの少女であったのなら驚くこともない。

 それこそ、たまたまショッピングモールに遊びに来ていた学生だと判断してすぐに思考の外に放ることだろう。


 だが、その少女は違った。


 まるで仇に対するような、憎悪をたぎらせた瞳で床にへたり込む男性を睨みつけていたのだから。


 こちらが彼女を見つめていると、俺の視線が自分に向いていることに気づいたようで、彼女は我に返った様子で急いで野次馬の奥へと姿を消そうとする。


 彼女がこの事件に関わっている可能性が高いと考えた俺は彼女の後を追いかけて野次馬の中を掻き分け、足音を頼りに追跡した。


 しかし、『能力』を使われたのだろう。

 途中で不意にゴモゴモと何かを飲み込むような音が鳴り、それを契機に足音が途切れてしまった。


(……)


 改めて周囲を見渡すが、もう少女の姿は見当たらなかった。


(戻るしかないな……)


 諦めて現場に戻ってきた真人は、現場検証を続けていた愛示に声を掛けられる。


「先輩、何か気になることでも?」


「あぁ、ちょっと妙な少女を見かけてな……」


「妙な少女?」


 真人は先ほどの少女について話すと、愛示は「なるほど」と顎に手を添えながら物思いにふけり始める。


 恐らく、その少女をこれからどうやって探し出すかの行政的手続きについて考えているのだろう。

 現代社会において個人情報の取り扱いは極めて厳重だ。治安機関と言えども、何の手続きも踏まずにおいそれと開示できるものではないのだ。


「でも、瞬間移動したわけじゃないでしょうし、この施設の入り口を見張っていたら見つかるんじゃないですか?」


 そもそも、そっちのほうが手っ取り早いじゃないかと抗議し始める愛示。

 それを突かれて真人は思わず苦い顔を浮かべてしまう。


 そうであればよかったのに、と思っていたからだ。


「……愛示、ちょっとこっちに来てくれ」


 真人は理由を説明するために彼女を連れて移動する。


 行先は駐車場の通路にある矢印表示の一つが描かれた場所。


 彼はそこの床を指さした。


「ちょっとそこを見つめていてくれ」


 そう言うと真人は愛示の肩に手を乗せ、説明の『準備』に入る。


 脳内で能力を使うべき"対象"と"効果"を選択し。


(『強化』発動。対象『視覚』。工程『能力向上』―――工程終了)


 真人は『能力』を発動し、彼女の視力を大幅に向上させた。


 これが真人の能力『強化』。

 幼少期に非合法機関で得た模造能力と呼ばれる人工的な<想起>だ。


 これにより生物、非生物問わず物質の性能や強度を上昇させることができ、真人はこの能力で武器の強度や自身、または今回のように他者の身体能力を向上させるといったことができる。

 厳密には<想起>ではないが、<想起>の力の強度を示す"干渉力"はCレートだ。


 真人の能力により、視覚の機能が大幅に向上した愛示は改めて真人が指さす方向を見つめる。


「ここの床が少し周囲と違うのがわかるか?」


「んん……? あっ!」


 虫眼鏡でも持ち出さない限りわからないだろうが、床に描かれた表示に不自然なところがあった。


 まるで内部に圧縮したかのような、本来そこにあるべき塗料が内部にめり込んで剥げており、穴を作った際に床材が混ざったのか微妙に変色して歪んでいたのだ。


 このショッピングモールは施設の整備にもかなりの配慮がなされており、店の内装はもちろんのこと、駐車場も入念に整えられている。

 それゆえ、表示といった塗装も常に汚れがほとんど目立たない綺麗な状態が保たれていた。


 にも関わらず、この表示は色がくすみ、それどころか剥げ落ちてしまっている箇所もあるのだ。

 ここほどの点検の行き届いたショッピングモールがそんな状態のものを放置しているだろうか。


「まさか、これは……」


 息を呑む愛示。

 それも仕方のないこと。


 先ほどの現場から察するに、恐らく犯人は『足元に干渉する』能力を持っている。


 そして、ここにも足元たる床に異常が生じている。


 つまり。


「逃げられた……ということですか」


「あぁ、そういうことだろうな」


 恐らく犯人は件の足元に干渉する<想起>で自身の体を建物の内部へ移動させたのだろう。

 そうであれば、もはや未だに建物内に残っているとは考えづらい。


 ゆえに、先ほど愛示が思案していたように今後の捜査について考えるのが妥当なのだ。


「わかりました。では、やはり捜索について考えるべきですね」


「あぁ、そうだな」


「とりあえず、今は本部からの応援が来るまで現場検証だな」


 そう方針を固めた真人は現場へ戻ろうとする。


 愛示もその方針に納得したようだが何やら思い出したように「あっ!」と素っ頓狂な声を上げた。


「そういえば、先輩」


 ニコっと綺麗な笑みを浮かべながら話しかけてくる愛示。


「先ほどの『罰』についてなのですが」


「!?」


 思わず「ひえっ」と悲鳴を上げてしまう真人。


 経験上、こうして笑顔を浮かべているときほど愛示は過激な要求をしてくることはわかっていた。


 どんなやばいことを要求されるのか。恐怖のあまり、小鹿のように体をガクガクと震えてしまう。


 そんな哀れな真人の様子など全く意に介さずに晴れやかな笑みを浮かべたままの愛示。


(だっ……誰か助けてくれぇ……)


 後程合流してきた対策課の別班がやってくるまで、真人は落ち着かない様子のまま現場検証を続けた。

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