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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第二章 正義の在処(ありか)
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過去の『自分』を見据えて ①

 律の元を去って少し経った後。


 下山し、異能保護協会にゆかりのある医療機関に憲子を預けた令は再び律たちがいる山へ戻ってきていた。


(律……。一体どこへ行ってしまったの……)


 出来うる限りの速さで『結界カーテン』が展開されているエリアへ戻ってきた令だったが、そこには既に律の姿はなかった。

 代わりにあったのは今もなお続く異能捜査官と『錬金術師』の戦い。


 戻ってきたときには律の死体があってもおかしくないと覚悟していた令は、その事態に陥っていないことにひとまず安堵するも、律の行方が気がかりだった。


(そうだ。携帯……)


 ポケットに手を伸ばすとスマホを取り出す令。

 当然、律の携帯番号は入っている。向こうから連絡がこない状況から察するに、律が電話に出られる状況とは思えないが物は試しだ。


 律の番号を呼び出すべく電源を入れると、彼女は『ある事』に気がついた。

 

(あれ……。『電波』が立ってない……?)


 どういうわけだろう、と頭を悩ませる令。

 ただ、この山に電波局が整備されていないだけなのでは、と思ってしまうところだが、そうではないのだ。


(……確か、ここに来たばかりの時は確かに電波は繋がっていたはず……)


 そう。この山には『間違いなく』電波局が存在するのだ。

 にもかかわらず。今は通信が遮断されている。


(まさか……錬金術師の『結界』の影響……?)


 そういえば、と錬金術師が現れたときのことを思い出す。

 彼は極めて強力な想起者だが、テロリストという立場上、早々に目的を達成して撤退する必要がある。


 何故なら。いくら彼が『個人』として強かろうが、対策局の人間が大挙してやってきたら結果は見るまでもないのだから。

 にも関わらず、随分と悠長に構えている様子だった。


 もし。彼の余裕に理由があったとしたら、それは『援軍がやってこない』とわかっていたからではないだろうか。

 そして、援軍が来ないと断定する根拠が『通信妨害』によるものだったとしたら。


(……)


 つまり。この場に対策局の局員が来るには、外部にいる人間が『自発的』に、今この山で起こっている事件に勘づくことが『最低条件』。

 

(そして……)


 今、この山を訪れている対策局のチームの面々を思い出す令。

 確か、あのチームはいささかスタンドプレイをする気質がうかがえるものだった。


(……つまり、対策局本部には連絡がいっていない。律が『暗殺』をしていたという確固たる証拠も報告されていない……)


 ここまで考え、令は自身の心の中に闇が這い寄る感覚を覚えた。


 彼女は考えたのだ。

 もし、もしも。今日、この場所で……『あの』対策局のチームが全員戦死したなら。

 

 律の犯行の証拠を、闇に葬れるのではないか、と。


(我ながら……ふざけた話ね)


 自嘲気味に心の中で呟く令。


 はっきり言って『最低』な考えだ。

 自分たちの『汚点』を隠すために、罪もなく、むしろ人々のために尽くす捜査官たちの命を奪うだなんて。


(でも……それでも……。少しでも、律が助かる可能性があるなら……)


 仮に捜査官達の全員を葬っても、確実に律は助かる、とは言えない。

 山に入る前に、何かしらの証拠をつかまれていて本部に報告されている可能性も低くないのだから。

 ……だが。全く可能性のない話、とも言えないのは事実だ。


 そう判断すると、彼女は『捜索』を始めた。


 律が助かる『かもしれない』という、あやふやな希望のために……真人たちを『確実に』殺す、と心に決めて。



                ◆◇◆◇◆


 ほどなくして天園チームの一員である美来を見つけた令。

 彼女は腰のダガーを引き抜くと美来の背後に『空間転移』した。


「邪魔は、させない」


「……!?」


 突然、背後に現れた令に驚く美来。


 それもやむを得ないだろう。


 彼女は別に油断などしていなかった。

 いや、むしろ気を引き締めて対処しようとしていた。


 にもかかわらず。


(背後……!)


 いともたやすく、彼女は真後ろをとられてしまっていたのだから。


 しかし、美来とてやられているだけではない。

 咄嗟に持っていたホットココアの缶を振り向きざまに、令に投げつける。


「!?」


 何かが投げ込まれるのが視界に映り、令は反射的に地面を蹴ると『空間転移』で後方10mほどのところに移動した。


 たかが飲料水の缶に、と思うかもしれないが零距離で投げ込まれたのなら、その正体を把握した『後に』行動することは難しい。

 彼女は一瞬で『移動』できるが、一瞬で物事を観察して行動する『反射能力』を持っているわけではないのだから。


 ゆえに。彼女は、手りゅう弾や閃光手りゅう弾、あるいは煙筒などの可能性も考慮して退いたのだ。

 特に『煙筒』の場合は最悪だ。


 『煙筒』によって辺り一面に立ち込める煙は『疑似的』に周囲環境を『改変』しているものと認識され、彼女は周囲環境の再認識ができていないと見なされて『空間転移』の発動条件を満たせなくなってしまうのだから。


 とはいえ。


「……ただのココアで。千載一遇せんざいいちぐうの好機を逃すとはね」


 適切な対処であったといっても、結果に悔しさを感じていないわけではない。

 事実、彼女は地面にぶちまけられたココアの水たまりを憎々し気に見つめていた。


 なんとか危機を脱した美来は、能力で周囲に土の『槍』を展開しながら令に問いかける。


「……貴方は。霊歩律の協力者ですか?」


「……そう。在園令よ」


 美来の問いに、肯定を返す令。

 普段の彼女であれば絶対に答えなかっただろうが、身勝手に相手の命を奪おうとしている罪悪感が彼女を正直にさせた。


 彼女は視線を上げると。いつもなら絶対に外さない狐面を外し、その面貌めんぼうを美来に晒す。


「大人しく殺されて……なんて言っても、聞いてくれるわけはないわよね」

 我ながら馬鹿げたことを言っている、と自嘲する令。

 声色は堅く。彼女は平静を装おうとしたが、表情には自責の念がにじみ出ていた。


 その様子は、美来にも容易にわかった。

 いや、美来『だからこそ』わかった。


 その、罪を自覚するあまりに自分自身の『心』を削り続ける行為を。


(……あぁ。貴方も分かっているんですね。それが『間違い』だと)


 美来は去年の出来事を思い出す。

 自分の『目的』のために自身を傷つけ、果てには無関係の人間の命すら摘み取ろうとしたことを。


 目の前の女性は、まさしく去年の『自分』だ。

 本当は、こんな事はやめるべきなのだと知っているんだ。


 でも。


(……同時に決して引けないのだと『決意』している)


 もはや理屈じゃないのだ。

 この出会いはある意味、『運命』だと美来は思った。


 そう。過去の自分を『乗り越える』試練だと。


 だからこそ。

 今度は彼女が『この言葉』を口ずさむ。


「もちろん。"貴方のため"に、私は"貴方に抗う"」


 彼女は一点の曇りもない真剣な眼差しを向け、令を止めるべく構える。


 その穢れ無き様子を見せつけられた令は苦し気な表情を見せつつも、手に持ったダガーを握り直し。


「……本当に、ごめんなさい」

 

 <想起>を行使した。

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