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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第二章 正義の在処(ありか)
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弄するは術師でなく。 ②


 夕方。遅番で局内にやってきた真人と愛示。


「お前なぁ……」

 頬をさすりながら出勤した真人に、呆れたと言わんばかりにため息をつく吉村。


「真人先輩……。先輩はもうちょっと女性への配慮を心がけたほうがいいと思いますよ……?」


 真人たちよりも一足先に出勤していた美来も一目で事情を把握したようで、大人しい彼女にしては珍しく苦言を(てい)していた。

 ボロボロの真人と不自然なほどにニッコリと微笑んだ愛示。


 この組み合わせが何を示すかは、吉村も美来もよく知っていたのだ。


 故に。


「返す言葉もないです……」


 弁明の余地もないとわかっていた真人はただ項垂(うなだ)れていた。

 それに彼自身も、うっかりと失言を繰り返す自分に辟易(へきえき)していたのだから。


 どうにも毒気を抜かれた様子になってしまったが、何かあったのだろう。


「っと、今はそんな場合じゃないんだ」

 吉村は咳払いすると真剣な表情を浮かべた。


「……何かあったんですか?」

 真剣な様子の吉村に釣られて表情を硬くする真人。


 吉村はメリハリのある人間だ。

 だからこそ、こう改まって話そうとするとき、決まって重大な事案が発生していることがほとんどである。


 それを知っていたからこそ、真人も真剣な表情を浮かべ、愛示と美来も彼に釣られるように神妙な顔つきになった。


 真人たちが傾注している様子を確認すると、吉村は口を開いた。


「あぁ、実はだな。政府の諜報機関経由で一つ無視できない『情報』が流れてきたんだ」


「……と、言うと?」


 いつも単刀直入に物を言ってくる吉村がもったいぶる様子に、いよいよ尋常ではないと感じる真人。


 彼がこうやって話の合間にクッションを置くということは、それほどに心構えが必要な『驚くべき』出来事が起こったということを示しているのだから。


「———Sレート異能犯『錬金術師(アルケミスト)』。奴が都内に潜伏しているらしいんだ」


 案の定、真人の推測は正しかった。

 それは異能捜査官にとって、特に警戒を強めている規格外の危険人物だったのだから。


「……!」


 息を呑む愛示と美来。

 取り乱す、というほどでなくとも真人も険しい表情を浮かべていた。


 それも仕方のないこと。


 Sレート異能犯『錬金術師』といえば。かつて、とある山奥の小さな村の住民たちを皆殺しにした想起者メノシアン


 それ以降も度々テロ現場で目撃されている、現代の日本で五本の指に入るほどの強力で凶悪な異能犯なのだ。


 彼は周囲の物を自在に作り替える<想起メノン>を用い、ある現場では居合わせた数名の捜査官を単騎で圧倒するほどの力を見せつけたという。


 これだけでも恐るべき相手であるが。彼が並みいる異能犯の中でも特別視されているのは別の……決して看過できない大きな要因が絡んでいる。


 それは彼が『結界(カーテン)』と呼ばれる、ごく一握りの想起者にしか発動できない『空間掌握』事象を発生させたということだ。


 膨大な干渉力の発露により、その術者本人の<想起>の性質で満たされた空間を構築するという技巧ぎこう


 発動に必要な干渉力は尋常な量ではなく、『結界(カーテン)』を発動できる可能性を持つ者は『Sレート』の想起者に限られる。


 このように非常に限られた者しか扱えない技であるが、その様相は筆舌を絶する。


 実際。『空間』そのものが牙を向く様を体験し、運良く生還できた者たちが皆こうして口を揃える。


 『あれこそが<想起>の極致だ』と。


 とはいえ。そこまで利便性の高いものでもなく、仮に発動できたとしても連発できないほどの凄まじい消費を伴う。


 しかし。一回限りといっても想起者本人に圧倒的に有利な戦場を作り出すという絶大な利点は、まさしく切り札と呼ぶに等しいものだ。


 この『結界(カーテン)』という脅威によって、いくら<想起>のレートが必ずしも勝敗を左右するわけではないと言っても『Sレート』想起者だけは別格として扱われている。


 ゆえに対策局の規定でも単騎での戦闘は極力避け、交戦する場合は最低でも『二等捜査官』以上を主軸にした10名以上のチームで対応することを推奨している。


 それほど危険な力を持った異能犯に潜り込まれているのだ。


 きっと今は厳戒態勢で、対策局の最高戦力である『班長』レベルが総出で都内を捜索する手筈(てはず)になっているに違いない。


 愛示や美来のように、局内の捜査官たちも緊張で落ち着けずにいることだろう。


 しかし、一方で。


「錬金術師が……?」

 いぶかしむように呟く真人。

 愛示や美来とは違い、彼は情報そのものを疑う様子だった。


(……?)

 真人が納得していない様子が気がかりな吉村。

 しかし。彼とて班長の一角として、都内にいるであろう『錬金術師』の制圧に(おもむ)かなければならない。


 『錬金術師』の目的がわからない以上。可能な限りの戦力を投入して、大勢の犠牲が出る前に確保しなければならない。


 一つ一つ丁寧に真人と話をする時間の余裕はないのだ。


 ゆえに、必要な情報共有だけ済ませることにした吉村。


「あぁ。都内の東にある空き家から出てくるところを目撃されたらしい。これから俺も第三班の半数を動員して東を捜索する予定だ」


 彼が急いでいる様子は真人もよくわかっていたので、真人は意見を挟むことなく聞きに徹する。


「天園チームは異至主同盟の方の捜査を担当しているところだし、奴と接触する機会はないだろうが留意はしておいてくれ」


 そう言うと吉村は入り口の方へ歩いていき、外で待機していた『錬金術師』捜索チームの面々と共に車で走り去っていった。

 その姿を見送ると第三班のフロアへ戻る真人たち。


「さて、俺たちは俺たちの仕事だな……」

 彼らは応接間を陣取り、異至主の資料を広げた。


 過去に異至主の構成員が起こした事件の詳細をまとめた物、発生地点を地図上にまとめた物など様々な物が置かれている。


 これらは真人たちの現在の目標である『異至主』の拠点を襲撃した者、つまりは『異至主狩り』の確保のために収集した資料だ。


 異至主狩りの目的はその呼称の通り、異至主の構成員、及び拠点の駆逐の可能性が高い。

 ゆえに。この資料には異至主狩りが現れる確率が極めて高いと思われる、異至主の構成員が度々テロを起こす場所をマッピングしていた。


 しかし、いざ印をつけてみると異至主の活動範囲が非常に広大なことがよくわかる。


 捜査予定範囲のカバーのためにも、真人たちは補充要員が欲しかったのだが、今は『錬金術師』の捜索に第三班のみならず他班の人員も割かれている状況で期待はできない。


「やはり人手ですよね。全くこのタイミングで『錬金術師』とは……。異至主の件も片付いていないのに厄介な相手が出てきたものですね」


 思わず悪態をつく愛示。

 霊歩律が異至主の構成員を襲撃して回っている証拠を集めなければならないというのに、出鼻をくじかれた形なのだからやむを得ないだろう。


 真人もそのことについて考えていた。


(3年前を思い出す……、嫌な『雰囲気』だ)

 真人にとって、決して忘れられない事件。

 あの時も、局内には不穏で息苦しくなるような雰囲気が漂っていた。


(それにしても『錬金術師』か……。Sレート異能犯。人員を割くには都合のいい、格好の口実だ)


 どうにも仕組まれたようなタイミングでの『錬金術師』の登場。

 『錬金術師』は過去に小規模のところであったとはいえ、村を一つ滅ぼした大量殺人犯。


 対策局としては絶対に見過ごすことのできない危険分子だ。

 それゆえに吉村たちが諸手を挙げて捜査に乗り出すのは当然の判断。


 だからこそ、真人は『訝しんでいる』のだ。


 『錬金術師』が現れたという情報を流せば、この状況を作ることは『容易』なのだから。


(しかも、情報源は政府。政府との情報のやり取りは局長の職務の一つ。つまり、この情報は局長を経由してきたことになる)


 前回の局長室での問答で、真人は満望に対して少なからず疑念を抱いている。


 霊歩律と何かしらの非合法関係を待っているのでは、と。


 そして。そんな彼が、今まさに霊歩律を捕捉せんとしているこのタイミングで、人員を割かねばならない情報をもたらしたのだ。

 霊歩律へ割かれるはずだった人員を別のところに向けるため、ともとれる。


(となると、この情報は局長にとって事態を好転させるための虚偽が含まれているはず。じゃあ『錬金術師』の襲来は嘘か……?)

 

 いや、と考え直す真人。

 局長といえどもこれ程の大人数を動員して捕捉すらできなかったとなれば責任をとらざるを得ないからだ。

 流石に自分の身を滅ぼすような嘘はつかないだろう。


(……つまり、『錬金術師』は本当にやってきている。霊歩律に関する問題が解決した後に、捜査官の誰かしらが『錬金術師』を発見し、特定材料として彼の<想起>を確認することで……情報を『真実』のものとして処理されることを局長は『狙っている』?)


 ここまで考えて真人はどうしても無視できない矛盾に頭を抱える。


(いやいや。流石に都合が良すぎるだろう。凶悪な異能犯である『錬金術師』が、局長の思い描いたように行動するなんて絵空事でしか———)


 ハッとする真人。


 きもわっている彼ですら、つい考えるのを躊躇ちゅうちょしてしまうような推測が頭に浮かんだのだ。


(———まさか)


 深刻な表情を浮かべる真人。

 横で美来に『錬金術師』について詳しく説明していた愛示だったが、彼の険しい表情に思わず話しかけてしまう。


「……先輩? どうしたんですか?」


 彼女は真人とそれなりに長い付き合いだ。

 しかし、彼がここまで張り詰めた表情を愛示に見せることは滅多にない。


 ゆえに。様子から察するに、決して看過できない問題が生じていることは確実だ。


 真人は少しの間だけ黙り込むと、意を決したように口を開いた。


「局長と『錬金術師』は、裏で繋がっているのかもしれない———。」


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