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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第二章 正義の在処(ありか)
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反転する正義 ②

 異能対策局・局長室。

 重々しい大きな扉をくぐると、目に映るは広大な空間。


 局長室に来たことのない真人たちは自分らの使っている部屋とは全然違う豪華さに驚きつつも、すぐさま最奥に座する人物に目を向ける。


「局長。天園チーム、ただいま到着いたしました」


「ふむ。天園三等、唯切四等、それに真田六等。待っていたぞ」


 そう声をかけるのは局長・希朋院満望きほういんみちもち一等捜査官。

 細身長身の壮年で、同じ壮年男性の筋骨隆々とした吉村とは対照的で物静かな印象を受ける男性。ちなみに、吉村とは学生時代からの知り合いとのこと。


「さて、無駄な話をするつもりはないので単刀直入に伝えよう」


 真人たちが自分のデスクの前まで歩み寄るのを確認すると、静かに口を開く満望。

 どうやら彼自身、呼び出しておきながら真人らにあまり時間を費やしたくないらしい。

 そんなぞんざいな扱いに不満を覚えつつも動向を見守る真人。


「『異能保護協会』に干渉するのはやめたまえ」


 たったの一言。

 それを口にするや否や、彼はもう話すことはないと言わんばかりに背を向けた。

 どうやら「承諾したのなら早々に立ち去れ」ということらしい。


 その様子に驚く愛示と美来。

 一方で、真人は「やはり」と心の中で呟く。


 このタイミングでの召集など、他に理由が見当たらなかったのだから。

 そして、その要求は同時に彼の心中で『可能性』としてしか存在しなかった推測をより強固なものへと昇華させていく。


「何故、局長は異能保護協会へそこまで配慮なさるのでしょうか?」

 すっかり言葉を失っている愛示たちとはうって変わって、局長を問い詰める真人。

 彼はこの問答こそ、『霊歩律』にまつわる事件を解く鍵になると考えたのだ。


 しかし「手を引け」と言っている満望からすれば、この応答は意に沿わないもの。


 やはり満望にとって、不快な事だったのだろう。

 眉間にしわを寄せ、いかにも不機嫌だという表情を浮かべながら真人を見つめた。


「……異能保護協会は世論に対して強い影響力を持っている。そんな彼らを不用意に突いて世論の反感を買ったらどうするつもりだ? 君に責任が持てるのか? 天園三等」


 半ば脅しのような物言いの満望。

 しかし真人は、自分は思っていたより反骨精神のある気質だったらしい、と内心皮肉る。


 彼はひるむどころか、むしろ力強く訴えかけた。


「そもそも、そういった話が出ること自体が解せないのですよ、局長。我々は法にのっとった職権の範囲内で、異能保護協会の方々にも事件解決のための協力を『お願い』しているだけに過ぎません。言うまでもなく違法でもないし、道理に反しているわけでもありません。にもかかわらず。何故、局長は異能保護協会に接触することがいけないとおっしゃるのでしょうか?」


「……世の中というのはどう転ぶかわからないものだ。もしも、邪推した報道機関がそのように扱いだすという可能性も否定できない」


 真人の異論の余地のない正論。

 彼の理路整然とした物言いに、満望はもはや抽象的な言葉でにごすしかなかった。


「なるほど、それは確かにあるかもしれないですね」


 意外にもあっさりと局長の物言いに頷く真人。

 とはいえ、同意したからといってこのまま引き下がるような行儀の良い彼ではない。

 むしろ、手痛いしっぺ返しを与えるために『頷いた』のだ。


「———そんな現実性を欠く可能性を考慮して捜査をやめるというのなら、そもそも私たちはあらゆる捜査に着手できないでしょうがね」


 笑顔を浮かべながら、皮肉を言ってのける真人。


「……」


 返す言葉がないのか、不機嫌そうな表情のまま真人を睨みつけて黙り込む満望。


 この場を包み込む険悪な空気。

 今回ばかりは相手が相手なので、美来のみならず愛示もどうしていいかわからないといった様子だった。


 その時だった。

 局長室の扉が開き、誰かが入室してくる。


「———満望。俺の部下の呼び出しだというのに。何故、俺に話を通さなかったんだ?」


 やってきたのは真人たちの所属する第三班の班長・吉村大志一等捜査官だ。

 どうやら彼は真人たちの招集について聞き及んでいなかったらしい。

 ゆえに、話を聞きつけるや否や不審に思って、こうしてはせ参じたというわけだ。


「……吉村か。別に大したことじゃないから構わないと思ったんだ。実際、私はこうして一つ彼らに『助言』をしてやっただけだからな」


「『助言』だと? 局長という肩書を振りかざしながらか? お前がその肩書の重みを知らないわけじゃないだろう?」


 満望に厳しい視線を向ける吉村。


 実際、愛示と美来はどう反応するのが最良か測りかねて黙り込んでいる。

 とはいえ、それもやむを得ないだろう。


 下手に反抗して、自身の進退に関わる事態に陥るのは避けたいに決まっているのだから。

 むしろ、この状況で物怖じしないどころか挑発してみせる真人のほうが異常なのだ。


「満望、この対策局では5つの班それぞれが独立性を保持し、必要に応じて積極的に協力していくことを良しとしていることは言うまでもなくわかっているはずだ。それらの『調整役』を職務とする局長のお前が知らないわけがないものな」


「……」


 吉村の言葉に黙り込む満望。

 彼とて、もはや旗色が悪いことはわかっているのだ。

 立場上、局長の満望の方が班長である吉村より上であるが、この異能対策局という組織において局長の職務は『調整役』。それぞれの班は独立して運営されており、頭ごなしに命令する権限は持たないのだから。


「……もう話は終わりということでいいんだな。じゃあ彼らを返してもらうぞ」


「……あぁ、私も言いたいことは全て言ったからな。構わない」


 吉村の言葉にしぶしぶ同意する満望。

 言葉の端々に不満がにじみ出ていたが、ここは彼自身が引き下がる他ないとわかっての答えであった。


 そのまま退出していく吉村と真人たち。


 扉が閉まると同時に満望は深いため息をつきながら椅子に座り込む。


「……まぁ。こうなるとは思っていたが……やはり、いざその現実を見せつけられると疲れを感じずにはいられないな」


 彼は天園チーム……いや、『真人』については以前から注視していた。

 ゆえに彼の性質を心得ていたし、局長の立場を振りかざしても首を縦に振らないだろうということは予想できた。

 今回は吉村という思わぬ乱入者がいたが、彼がいなかったとしても結果は変わらなかっただろう。


 そんな思考を巡らせていたとき、彼は自身の背後に気配を感じた。


「———あぁ。まあこうなるのだろうな。それで? 貴方は次に何をするんだ?」


 いつの間にか背後に現れた男に視線を向ける満望。


鳴海なるみ君か」


 満望は背後を振り返って男の姿を見るや否や呟く。

 中肉中背でやや長い前髪に眼鏡をかけた、クールな印象を受ける青年だった。

 彼は黒いロングコートのすそをたなびかせながら、満望の傍に歩み寄る。


 この青年は満望にとって面識のある人物に留まらず、ある意味『真の同胞』と呼べる存在であった。

 そんな同胞である彼にだからこそ、満望は本音で相談することにした。


「……あぁ。君なら知っているだろうが、このままだと霊歩律と私の『関係』が露見しかねない」


 そう。満望は水面下で霊歩律に助力しており、彼女が異至主同盟の北支部の所在地について知ったのも彼からのリーク情報だ。

 彼は邪魔でしかなくなった異至主同盟の面々を殺害するよう、霊歩律をたきつけていたのだ。


「まぁ。この国の異能犯罪の対処を一手に引き受ける異能対策局の長ともあろう者が裏で違法な殺人に手を染めていたと知られれば、世論の混乱は計り知れないだろうな」


「あぁ。しかし、綺麗事だけでは世の中は良くならない。それは君が誰よりも知っていることだろう?」


 何気なく口にした一言。


 その言葉を受け、眉を顰める鳴海。

 別に満望に怒りを覚えているわけではない。

 ただ、満望の言葉を受けて彼の内にある『人間』という種への憎悪が再燃したのだ。


「……あぁ、私はそれをよく知っている。偏見、妬み、恐れ。『人間』という種の多くは理性的に行動することの叶わない、感情のままに醜く這いずり回る、悪性を振りまくだけの出来損ないだ。ゆえに、『真理』に到達した我々こそが動かねばならないのだ」


 鳴海は怒りのままに吐き捨て、神妙な表情を浮かべながらそれに同意する満望。


「あぁ、その通りだ。だからこそ———」


「———殺せばいいのだな?」


 満望の言葉を引き継ぎ、答えを述べる鳴海。


「……話が早くて助かる。頼めるだろうか?」


「無論だ。それに彼女は『あの情報』を掴んでいるそうじゃないか」


 冷静さを取り戻した鳴海は、以前耳にした情報の真偽を問う。

 その問いに満望も思うところがあったようで、深刻な表情を浮かべて手を顔の前で組んだ。


「……あぁ。『W』について末端構成員に問いかけていたようだ」


 満望は北支部に設置していた盗聴器の音声を思い出す。

 霊歩律に『W』の情報は一切与えていなかったはずなのに、彼女がその言葉を口にしたことは満望にとっても驚くべきことであった。


「ならば、貴方の案件を別にしても処分しておくべきだろう? まだ世界は『W』について知るべき段階に至っていないのだから」


「……確かに君の言う通りだな」


 少々予定とは異なるが、やむを得ないと切り捨てる満望。

 どちらにせよ、遠くないうちに霊歩律は始末するつもりだったのだ。

 何も躊躇することはないだろう。


「では……その算段について話をしようか」


 霊歩律暗殺のため、鳴海に段取りの詳細を告げる満望であった。


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