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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第二章 正義の在処(ありか)
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その鎖の示すものは。 ④

 

「……ふむ、いいだろう」

 一方、彼女は拍子が抜けてしまうほどすんなりと承諾する。

 その様子に違和感を覚える散田であったが、こちらの都合のいいように進むのならこれ以上のことはない。


 意を決した彼は震える声で話し始める。 


「……まず。どこの命令かだが、俺は異至主同盟の使いとしてやってきた」


 まずは所属を明かす。

 早々にこれほど重要な情報を開示していいのかと思ってしまうところであるが、開示する情報は慎重に選択しなければならない。

 無意味な情報でじらしても、相手の鬱憤を無駄にため込むだけなのだから。


 一方。この答えを聞いて、「はぁ……」と、彼女はうんざりした様子になる。

 まるでぬぐってもぬぐっても取れない汚れを目の当たりにしたような反応だった。


「……やはりか。ああ、約束は守ろう。お前は四肢を潰すだけにしてやる」


「!?」


 言い放たれる処刑宣告。


 さすがに驚き焦る散田。

 まさか一言だけで『用済み』と判断されるなど、想像もつかなかったからだ。


「まっ。待ってくれ! 他にも聞きたいことはあるだろう!? どこの支部だとか、所在地だとか、構成員の情報だとか!?」


 つい数秒前まで必死に頭を回して想定した駆け引きの全てを裏切る展開に、もはや彼はわめくことしかできなくなった。

 もしかすると、これこそが彼女のやり方でここから徐々に情報を引き出していくつもりなのだと散田は思ったかもしれない。


 だが、そうではないのだ。


 本当に。

 もう彼女は『聞きたい』情報の全てを聞き終えたのだ。


 ゆえ、今彼女にとって関心深いのは、いかに自分の『欲求』を満たすのかという一点のみ。


「不要だ。組織名が分かれば、後は『情報筋』を頼って全ての拠点を根こそぎ潰せばいいだけなのだからな」


「……っ!」


 完全に想定外。

 再び全身に満ちる諦観の念。


 散田は「やはりここで殺されてしまうのか」と思って絶望した。

 だが、すぐに違和感に気づく。


 違和感の元は、先ほどの彼女の言葉と共にこちらに矛先を向けた鎖だ。


 今まさに向けられている鎖の矛先は彼の四肢のみで胴体部分を狙うものは一つもない。

 驚くべきことに、どうやら急所を貫くつもりはないらしい。

 ということは殺害はしないというつもりなのだろうか。


 この状況で、こちらに利用価値がなくなった状況でも律儀に条件を守ろうとしている点には驚きつつも安堵する散田であるが、すぐさまに考えを改める。


「……!?」


 『精密知覚』の異能によって視覚の能力を増幅していた彼はみてしまったのだ。

 回転する鎖の、ふと一瞬だけできた網目のすき間から彼女の表情を。


 それは、獲物をいたぶって暗い喜びを味わう略奪者りゃくだつしゃの瞳であった。


 散田は恐怖に身を震わせながら思った。

 確かに約束を破らない点は誠実な人間のようにも思える。

 しかし、彼女はきっと『死』のほうがマシだったと思わせるほどの苦痛を与えようとしているのは明白であった。


 もちろん、自身に近しい者に牙をむいたことに怒っている、ということ自体は真実なのだろう。


 しかし、彼女は……散田がそうした『道理に反する』行為をしたのだから、その代償として彼には『苦痛』を与えてもいいのだという免罪符を心の中に作り出し、それをって自分の『嗜虐心』を満たしてくれる『報い』を執り行おうとしている。


 そう、散田は思った。


 確かに道理にかなっている。罪には罰を。当然の事だろう。

 動機はどうであれ、彼女がこれから行う事は正当性を保持している。


 だが、しかし……。


 散田は恐怖で麻痺していく思考の中で、彼女という存在の『異質』な思考論理回路に戦慄する。


 人間のソレとは思えない歪な感性。まともじゃない。

 とんでもなく『異常』な手合いの飼い主に手を出してしまったのだと……そう"後悔"し始める散田。


 もはやこの先に待つは凄惨な拷問のみ。

 そして響くは彼女の『渇き』を癒す———拷問の開始を告げる合図。


「さぁ……。心地よい無様な声を上げてくれ……」


 無慈悲な声と共に。鎖のいくつかが弾かれるように彼へ殺到する。

 散田は最後の抵抗にと<想起>で感覚を増幅して回避を試みるが、ここは完全に『彼女』の領域テリトリー


 その領域を形作る『鎖の壁』は彼の逃げ場を無くすように徐々に狭まってくる。

 いくら彼が優れた感知能力を持っていようが"動ける空間"がなければ棒立ちの一般人と変わらない。


 彼は<想起>を発揮する機会を得られず。


「ぎゃっ! ぎゃあ! ぎゃあああああああああ!」


 無数の鎖で両手両足を串刺しにされると『鎖の壁』は姿を消し、おびただしい量の血を地面にボトボトと落としながら空中につるし上げられる彼の姿が露わになる。


 その手足は"隈なく"念入りに鎖で撃ち抜かれていた。

 その無残さはアップルパイの表面を思い浮かべるような、肉体の残った部分よりも穴のできた空白部分のほうが多い様子。


 それを気味がよさそうに眺める彼女。


「あぁ———」


 口元を三日月のように歪め、自身の頬に付着した彼の血の温もりに歓喜しながら、その男の醜態を嘲笑う。


「———手足がなくなって。本当のウジ虫みたいになってしまったな」


 ◆◇◆◇◆


「なに、これ……」

 会場の混乱を真人たちと共に沈めて一足先に現場へやってきた愛示。

 鎖に連れていかれる男とその異能者と思しき女性を追いかけてきたはずだったが、想定外の惨状に呆然と絞り出すように呟く。


 目の前にいる追跡対象の男は四肢を鎖で撃ち抜かれ、街中の電灯につるし上げられていた。


 現在は何の攻撃も受けていないようだが、鎖以外の支えがない状態で宙にぶら下げられた彼は自身の体重によって鎖を体に食い込ませ続け、ただでさえボロボロの四肢を現在進行形で一層傷つけていく。


 その耐え難い痛みに苦悶の声を上げ続ける彼を、少し離れた地上から嗜虐的な笑みを浮かべて、ただただ見つめる使用者らしき女性。


 愛示はこの女性に見覚えがあった。

 確か演説が始まる前に霊歩会長に付き添っていた、ウルフボブの髪型が特徴的な女性だ。


 しかし……。


(まさか、彼女はこの状況を楽しんでいるの?)

 同じ人間とは思えない残虐性に目を見張る愛示。


 これではまるで『拷問』だ。


 放っておけない。


 意を決した愛示は女性の傍に寄ると捜査官手帳を突きつけながら口を開く。


「異能対策局の唯切です。直ちに攻撃行為を中止してください!」


 すると。彼女は笑みを止めて生真面目そうな表情を浮かべると愛示のほうへ振り向き、<想起>を解除して男を地面に落とした。


 愛示は彼女を凶暴な人物と推定していたのであっさりと男が解放されたことに驚き、訝しむように彼女の様子を観察する。


 まるで人が変わった、そんな印象を受けたのだから彼女も慎重に様子を伺う必要があると考えたのだ。


 一方。件の女性は『当然のことをしたのに、どうしたのだろう?』と言わんばかりに首を傾げつつ、愛示のほうへ視線を返していた。


「捜査官殿か。私は霊歩律れいほ りつ。正当防衛及び暴徒鎮圧のために異能を振るわせて頂いた」


 傍に転がっているボロ雑巾のように痛めつけられた男を一瞥(いちべつ)もせず、何食わぬ顔で言ってのける律という女性。

 この惨状は法にのっとった正しい行為の結果だと主張したいらしい。


 このむごたらしい状況を作っておきながらよくもそんな平然と、と驚愕した愛示であったが想起者同士の戦いとは過剰戦力のぶつけ合いのようなもの。

 ゆえにこの状況を過剰防衛と断ずるのは難しいということもわかっていた。


 だからこそ、愛示もまた事務的に対処する。


「……ご協力ありがとうございます、霊歩さん。この男の身柄は私が責任をもって預からせていただきます」


 その言葉を聞くと、彼女は民間人による異能の発動についての報告義務を果たしたと判断したのだろう。


「そうか、了解した。唯切殿。それでは私はこれで失礼する」


 そう言い残して、何事もなかったかのような足取りで会場の方へ去っていった。

 その背中をしばし見つめる愛示。


(とてもあの惨状を生み出した人間の様子に見えない……)


 あまりに平静な律に不気味な印象を受けながらも、すぐさま愛示は男の手当を行って真人たちと救急隊の到着を待つことにした。


「ん……?」


 一方で、ふと疑問がわいた。


「……霊歩?」

 彼女の異常な攻撃性を目の当たりにして忘れていたが、これは協会の会長と同じ名字。


 愛示は問いただそうとしたが、その時には律の姿は消えていた。

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