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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第二章 正義の在処(ありか)
36/79

伸びる線 ②


「先輩」


「ひっ!」


 唐突に投げ掛けられた、静かだが凄みを感じさせる愛示の声。

 呼び止められた真人は、まるで蛇に睨まれたカエルのように動けなくなる。


 そんな見る人によっては哀れみを感じかねないほどにビクビクと怯えている真人に、彼女は容赦なく言葉を投げ掛ける。


「何で、私じゃなくて美来ちゃんに声をかけたんですか?」


(ハッ!)


 ミスったあああッ!


 心の中で叫びながら、後悔の念を帯びた表情を浮かべる真人。


「あっ。いやっ。あのっ。そのっ」


 彼は完全に気が動転して、あらゆる状況に冷静に対処する普段の面影は微塵もなかった。


 そんな取り繕おうとした様子は愛示の更なる怒りを買ったのだろう。


「……私と先輩の仲なのに、どうして取り繕おうとするんですか? 私は何でも気兼ねなく話せる仲だと思ってたのになぁ」


 そう残念そうな声色を響かせながら鬼気迫る表情を潜めると、『不自然』なほどに綺麗な笑顔を、冷や汗を垂らして口角を引くつかせている真人に向けた。


 愛示は彼の背後まで歩み寄ると、そっと背中に手を添え、彼の耳元で(ささや)く。


「先輩……。私たち、もっとこれまで以上にお互いを知る必要があると思うんですよね……」


 緊張のあまり、為すがままにされている真人。

 彼は「助けてくれ!」と表情で美来に伝えようとしていたが、美来は尋常じゃない愛示の様子に慌てふためくのみ。


 そして美来は本能的に何かを感じたのか、ササッと真人たちから距離をとって、小動物のように身を震わせながら傍観に徹することにした。


 もう外部からの助けは見込めない。


「たっ……確かに、そうかもしれないなっ!」


 もはや彼女を少しでも刺激したくない真人は手放しに彼女の物言いに賛同する。


 そう。


 賛同してしまう。


「ふふっ。わかってもらえたようで何よりです、先輩」


 それが彼にとって、この先の人生を左右する大事件をもたらすものだとも知らずに。


「……だからですね、先輩。今日、この間の話通り、日用品を置きに行くので部屋の掃除をしておいてくださいね」


「!?」

 真人の脳内に大音量で警告音が流れる。何故なら、唐突に気楽な一人暮らしの生活を奪われようとしていると悟ったからだ。


「あと今度、先輩の家にお泊まりします」


「えっ。いやっ。ちょっとまっ———」


「———お泊まりを、します」


「……」


 有無を言わせぬ愛示の様子。

 彼女は元々真人に対しては強引なところがあったが、今日の彼女の強引さは普段とは比べ物にならなかった。


 そんな愛示の様子に驚き焦る彼。

 真人はどうしてこのような状況に陥ったのかと頭を悩ませた。


 確かに約束自体はしていた。あれは美来に出会う直前の焼き肉の日。半ば強引にだが約束を取り付けられたのは覚えている。


 しかし。彼は当時の愛示の口ぶりから、まだ猶予はかなりあると踏んでいた。

 ゆえに口では了承しつつも、その猶予の間に彼女の翻意を促そうと画策していたのだ。


 当然、心の準備などできているはずもない。


 思わず抗議しようとする彼だが、代わりに「ひえっ」という情けない悲鳴をあげて震え出す。

 焼き肉の夜に見せたノリのような様子とは打ってかわって、絶対に実行するという決意を秘めた恐ろしい笑顔を見せる彼女に圧されてしまったからだ。


 もはや打開策は、ない。


「……はい」


 観念する真人。

 こうなった彼女の意志を変える手段を持ち合わせていないことを、彼は重々承知していたのだから。


(なんでこんなことに……)


 自分はただ、後輩を励まそうと頭を撫でただけのはず。

 それだけの行為から、何故このような重篤な事態に(おちい)ってしまったのか。


 わからない。わからないが……。


(まだ合鍵は要求されていないことで……妥協するしかない……か)


 そう結論付けた真人は項垂れる。


 さようなら、愛しき日々よ……。


「……」


 そんなやりとりをしている真人たちを、じっと見つめていた美来。


 彼女はこのような事態になった原因を考えていたのだ。


 しかし少しすると『あっ。もしかして私がきっかけ?』と、疑問を解決したのだった。

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