他でもない君だから
真人と美来の決戦が行われた日のこと。
マウンは彼らの戦いの一部始終を現場からやや離れた建物の屋上から眺めていた。
戦いは終わり、マウンは少女たちに優しく接する真人を視界に収める。
「……あぁ。やはり君のその力は僕にとって必要なものだよ。真人くん」
彼は真人の淡い翠の瞳を見つめながら呟く。
「……君だけには、絶対に『至って』もらわなければならない」
世界で『たった一つ』しかないマウンの希望。
彼は自身の『目的』には、やはり真人のあの力がなければならないと改めて認識する。
「……しかし、まだ『足りない』な。もっと試行回数が必要というわけだろうか」
「次を期待しているよ。真人くん」
観察を終え、彼は現場から背を向けると歩き出す。
少し寂しげながらどこか嬉しそうな笑みを浮かべて。
「やっとだよ……『唯』。もうすぐだ……待っていてくれ……」
そう呟くと、彼はその場を後にした。
◆◇◆◇◆
そして、後日。
真田美来による一連の事件について。
通常であれば実刑が下りて当然であるが、美来が未成年であること、また、情状酌量の余地もある点から。
今回は保護観察ということになった。
また、ショッピングモールの物的被害は彼女自身の異能で補修が完了し、経緯を知った店のオーナーが彼女に大変同情した結果、温情によって賠償を求めないこととなった。
久美の父親に対する傷害は言うまでもなく正当防衛と判じられ、むしろ彼に殺人未遂の実刑判決が出た。
そして粕田だが。
今回の件で様々のマスコミが関心を持った結果。
過去の彼の悪行の数々が露見し、そのあまりに非人道的な行いは世間の反感を買い、世論に押された検察はこれを起訴する運びとなった。
虚偽であると認識していながら記事として売り出す極めて悪質な姿勢、また、一般人に多大な名誉棄損を行って死に追いやったこと。
さらに、<想起>による事件を抑制するために作られた特別法——『異能対策法』にて。
本件の騒動を引き起こしうる可能性が十分に予見できたという点から異能者への『殺人教唆』を行ったに等しいと判断され、終身刑が言い渡された。
通常の殺人教唆ではそれほどの量刑になることは考えづらいが、想起者を教唆することは一般人に対するソレとは規模が違う。
実際、今回の美来の件について、彼女の強い<想起>を考えると、場合によっては街の区画が一つ、土の中に沈んでいてもおかしくなかった。
もはや大規模なテロのようなもので、それに伴って量刑が重くなるのも当然ということだ。
かくして。マスコミをたきつけ、彼らの汚さを利用して金を稼いでいた男は。
最期は自分自身がそのマスコミに、ハイエナのようにたかられて社会的に抹殺されることとなったのだ。
◆◇◆◇◆
時は移ろい、美しく咲いた桜の木々が映る季節。
「しかし、先輩。なんであの時は『アレ』を使ったんですか?」
対策局の近くにある公園。
そこで真人と愛示はベンチに座って昼食をとっていた。
本日は内勤の日で、休憩がてら気分転換に外へ出ていたのだ。
「……あぁ。アレか」
アレ、というのはもちろん真人の力『理解』のことだ。
『理解』。レート不明。
<想起>という暴力を取り『離』し。
傷ついた心に寄り添って、そっと『解』かす。
彼の在り方を象徴するかのような力。
この能力の発動中は真人自身の瞳の色が淡い翠を宿すという特徴がある。
一見。<想起>の一種に見える上、対策局のみが保有する『干渉力測定器』という<想起>のランク判定の装置を使用しないかぎりわからない。
しかし。真田家で見せた『部分』発動状態ならともかく、美来との戦いで見せた『完全』発動状態だと瞳の変化を避けられない。
彼自身の瞳が淡い翠を宿すという通常の異能には見られない不可思議な特徴から、他者に<想起>とは似て非なる力なのだと看破される可能性も、わずかではあるが存在するのだ。
ゆえに、真人は上司である吉村からは極力この力を『完全』発動状態では使わないようにと要請されている。
というのも、<想起>という力が存在するだけで世界中の人々は能力を持った者を恐怖し、その結果、差別に満ち溢れた歪な社会を構築するに至った。
だというのに、もしも<想起>以外の未知なる力が存在すると世界が知ったらどうなるだろうか。
ああ、想像に難くないだろう。
今まで常人と思われた者たちの中にも、実は<想起>とは違うけれども何かしらの能力を持った人間が———危険人物がいるのではないか、と世間は疑心暗鬼に苛まれるだろう。
そして、その疑心暗鬼は過剰な恐怖を生み、暴動を生み、悲劇を生み、復讐を生み、果てには世界規模の全人類を巻き込んだ負のスパイラルを作りかねない。
最悪の場合、世界中で無秩序が生まれ、いくつもの国が崩壊するかもしれないのだ。
だからこそのなるべく使用を控えるべき力なのだ。
この『力』について、実は<想起>ではないと知っているのは、相方の愛示と上司の吉村、懇意にしている研究所の女性所長だけだ。
なので、くどいようだが本来であれば使うべきではない力なのだ。
にも関わらず、使った理由は相棒として知りたいと思うのは当然だろう。
「……やはり。昔の相棒の事を思い出したから、ですか?」
躊躇した様子を一瞬見せ、意を決して口にする愛示。
彼女は、真人にとって元・相棒に起こった出来事は忌まわしき過去なのだと思って気遣っているのだろう。
それをわかっているからこそ、真人は気まずそうな表情を浮かべつつも、意を決したように口を開く。
「勿論、白宜の事もある。……でも。何より、美来が過去の自分に似ていたからさ」
真人は遠くの空に視線を移すとぼやくように呟いた。
「過去?」
「あぁ……。俺も子供の頃。復讐に走っていた時期があったんだ」




