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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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ガラクタの私にしかできないこと ②


 変化は突然だった。


 まるで、絵画の上を絵具の雫が垂れるように、緩やかだが確実に空間を変貌させていく。


 部屋の壁、天井。

 厳密には粕田が座っている場所の周囲から無数の『槍』が粕田を包み込まんと迫り来る。

 

 ―――しかし。


 愛示は冷静に対処し、風の『弾丸』を連射して迫りくる壁や天井をまとめて吹き飛ばす。


 ついでに数発は粕田に直撃して、奴も飛んでいた。

 ……もしかすると、どさくさに紛れて粕田への鬱憤を晴らそうとしたのかもしれない。


「おぉ……お……」

 骨がいくらか折れたのか、あまりの激痛に気を失う粕田の姿。グッジョブ、愛示ちゃん。


 奇襲が失敗するや否や、真っ向から対峙する他ないと悟ったのだろう。

 突然、家の外壁に大きな穴が空き、そこから一人の少女が中に入ってくる。


「……下衆め。自宅なら安全と思ったか? お前がどこに逃げようが、隠れようが、確実に見つけて息の根を止めてやる」

 襲撃者――真田美来は言い放った。


 彼女はここで粕田を仕留めると『決意』しているのか。

 真人と愛示の姿を確認しても、その強い意志は微塵も揺らがない。


 しかし。


「真田……っ!」

 悲痛な声で彼女に話しかける久美。


 彼女がこの場にいることは予想外だったのだろう。

 美来は強い衝撃を受け、上田の顔を見ながら呆然と立ち尽くす。


「上田……さん」


 微かにだが揺らぐ声。

 しかし。瞳を閉じて頭を振りかぶると再び決意に満ちた様子を真人たちに示した。


 もはや全ての体裁をかなぐり捨て、ただ1つの目的……粕田の殺害を改めて決意したのだろう。


(ついこの間、勝てないと思って逃亡したばかりだ。俺たちに遭遇すれば退くと思ったんだが……甘かったか)


 前回の結果を見るに、これはあまり得策とは思えないものだ。


(……しかし)


 真人は想う。


 それだけ美来が決死の思いで粕田を始末しようとしている覚悟の表れでもあるのだ、と。


 例え、ここで尽き果てようとも。愛する母のために。


 そんな強い決意を宿した美来の瞳に胸が苦しくなる。


 もし、彼女が復讐を成功させれば。


 これから先、彼女には人を感情のままに殺す獣というレッテルが貼られるだろう。


 そのレッテルは間違いなく世間からの孤立を生み、彼女は人を愛さず、人に愛されずひっそりと不幸にまみれながら日々を過ごすことを強いる。


 純粋で優しく、大切な家族の無念を晴らすためなら自分を滅ぼすことも厭わないほど思いやりに溢れた彼女が。


 そんな、みじめな生活を一生過ごす。



 ふざけるな。


 そんなこと。


 許せるわけがないじゃないか。



 負の連鎖を断ち切るため、真人も決意する。


「愛示、久美」


「ここは俺に任せてくれないか」


 重々しい声を発しながら腰の刀を抜き、コートからショットガンを取り出す真人。


 その常々ならぬ真人の様子に目を見張る愛示。


「……先……輩? まさか『アレ』を、使うつもりですか……?」


 真人がこれから"何"をしようとしているか察したのだろう。


 声色にこの上ないほどの緊張が走る。


 これから真人が行おうとしていることが。 

 いかに"危険"なことであるか重々承知しているからだ。


 そう。


 『真人』への、どころではない。

 『世界』を混乱に貶めうる、大いなる"危険"だ。


 はっきり言ってどうかしている。


 たった一人の少女のために『世界』へ牙をむくだなんて。


 だが、それでも。


(俺は、彼女のために『世界』に抗おう)


「―――あぁ。すまない、愛示。でも、俺はもう……『出し惜しみ』をして助けたいやつを助けられないなんて嫌なんだ」


 真人は幾度となく頭をよぎる『後悔』に神妙な表情を浮かべる。


 3年前の『あの日』から、彼はずっと想っていた。



 もし。もしも、俺があの時に『本気』で戦っていれば。

 死力を尽くして戦っていれば。


 惨劇を防ぐことまでは出来ずとも、白宜はくのだけは助けられたんじゃないだろうか。

 その悔恨が、今もなお俺の脳裏に彼女の姿を焼きつけている。 


『―――私はね、真人。死んで後悔しないくらいなら、生きて後悔したいんだ』


 過去の情景が脳裏をよぎる。


 ……あぁ、わかってる。多分お前の言う通りなんだと思う、白宜。


 だから、俺はきっと。

 今。こんなにも『とが』にまみれた選択を、たまらなく求めているんだ。



「……先輩。わかりました」


 愛示は後ろに退き、神妙な面持ちで真人の背中を見守る。

 緊張からか、手袋は汗で少し湿っている様子だった。


(……?)

 美来はその様子を訝しむ。


 以前出会った時とは違う、この上なく緊張感に包まれた面持ちの二人。


(……一体、どんな恐ろしい攻撃をしてくるの)

 よほどすさまじい攻撃を繰り出すのだろうと思って身構える美来。 


(この間の戦いから考えると。あの男の人の異能は、物や自分の体……それか自分以外の体含め、"細工"をすること)


(何をしてくるかわからない力ではあるけど、そこまで大仰なことはできないはず……)


(じゃあ、この重々しい雰囲気は一体)


(いや……)


 美来は念じるように目をつむる。

 彼女の脳裏を『決意』という活力が駆け巡り、意志を形成する。


(———彼らが何をしようが、必ず粕田を殺す)

(私の四肢がはじけ飛ぶような恐ろしい攻撃が飛んでこようが)

(残った体で、牙で、粕田の首をかみちぎるだけだ)


 意を決した美来は<想起>を行使し、周囲に建物の床材で作った『槍』をいくつも出現させる。 

 それと同時に真人も能力を発動し、身体と武器が<想起>の青白い光を帯びる。


「……退いては。くれないですよね」

 ふと苦し気に響く美来の声。

 きっと、怨敵を庇う相手であろうとも矛先を向けたくはないのだろう。


 そんな彼女の心に触れ。

 真人は、つい頬をほころばせてしまう。


 その優しさが、真人を改めて決意させる。


 きっとこの『決意』の先で。

 果てしなく続く道の中で。

 彼女は悩み、苦しみ、涙を流すだろう。

 それでも。

 その先に、彼女が得るべきものが。

 幸福があるのなら。


 退くわけにはいかない。


 これは、『真田美来』の人生を懸けた戦いなのだから。


「もちろん。"君のため"に、俺は"君をあばく"」


 俺は、君の『決意』を打ち砕こう。


(私を暴く……?)

 美来は彼が何を言っているのか理解できなかったが、戦うつもりだということは十分に伝わってきた。


「わかりました……。行きますよ、お兄さん」


 美来は待機させていた『槍』の矛先を向け。


 真人は武器を持つ手に力をこめる。


「「―――――ッ!!」」

 両者ともに動き出し、激しい衝撃が空を揺らす。


 こうして。


 天園真人と真田美来の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。



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