貴方の理由 ①
マウンの助言を受けて、都内にある彼女の自宅に訪れた真人たち。
彼女の母親は小さな定食屋を営んでいたそうで、個人経営の小規模店じゃよくある自宅兼店舗と言った構造になっていた。
やはり真田美来は留守にしていたので、真人は能力を『部分的』に発動しながら用意していた合鍵で中に入る。
視界に広がるのはごく平凡な一般家庭の様子。
玄関から見える景色の中には、特に不思議な点は観られない。
不自然に散らかっているわけでもなければ、物が少なすぎるわけでもない。
にも関わらず。
入ってまもなく、真人は神妙な表情を浮かべた。
『声』が、聞こえたからだ。
落ち着きのある女性と、元気な女の子の声だった。
―――美来。忘れ物はない? お弁当は持った?
―――大丈夫だよ、母さん。行ってきます!
目を細め、緩やかに脳裏に届く『声』に耳を傾ける真人。
誰かが何か言葉を発しているわけではない。
実際、彼の傍にいる愛示には何の声も聞こえない。
だが、確かに。
真人には、その『声』がはっきりと認識できた。
(……これは、真田美来が母と過ごしていた日々の『名残』)
この世界は、人が思っているよりも不確かなものらしい。
人間は『意思』を外部に表しながら生きる存在ゆえか。
人が在った場所には『意思』が募り、『名残』として遺る。
それは生者か死者のものかを問わない。
人が確かにそこに在ったという『記録』。
真人は今、その『記憶』と繋がっているのだ。
彼の脳裏に映し出されるのは、何気ない……どこにでもありそうな親子の情景。
娘を愛おしそうに見つめる母と。母の愛を噛みしめ、その幸福を満面の笑みで示す娘。
真人の脳裏に映る娘……真田美来は、とても殺人に手を染めようとしている人間には見えない。
(……しかし)
その音なき『声』の響く中。静かに、ゆっくりと世界が色褪せていく。
まるで在りし日の『幸福』が、『慟哭』へ変わっていくかのように。
―――ごめんなさい。ごめんなさいね……。美来。
―――なんで母さんが、こんな目に……。どうして……!
悲しみに彩られた『過去』には『色』など無く、モノクロの世界が映る。
力なく倒れる母を抱き支えながら、あふれ出る涙の下に怨嗟の表情を張り付けた彼女が。
(……これが、彼女の『復讐』の原点)
『悲劇』はまだ、彼の脳裏に再生される。
真田美来が一人、呆然と立ち尽くしていた。
母の姿は、もうどこにも見えない。
―――アイツだ。アイツがあんな根も葉もない記事を書いたせいで母さんはあんな目に……。
―――許せない。絶対に殺す。アイツだけは。絶対に私が殺す。
―――じゃないと。母さんが浮かばれないもの。
『決意』する彼女。
幸せを噛みしめていた平凡な女子高生の頃の面影はなく、憎悪に駆り立てられる『復讐者』となっていた。
その彼女の姿を最後に、色あせていた世界は再び『現実』の色を取り戻していく。
『声』も『情景』も消えゆき、ただの誰もいない家の姿が再び目の前に広がった。
「……先輩。大丈夫ですか?」
ふと、耳に届く『現実』の声。
真人は声のする方へ振り向くと、愛示が彼の右手を心配そうに握っていることに気がついた。
「ちゃんと……此処にいますか?」
「……あぁ、すまない。ありがとう」
バツの悪い表情を浮かべたまま返事をする真人。
愛示はそんな彼を無言のまま見つめた。
彼女は真人が、悲劇の『跡』に触れる度にこうしてぼんやりした様子になるのは目にしている。
しかし、何度繰り返そうと……この光景には慣れずにいた。
夢心地の様子で、寂しそうに佇む彼が。
そのまま心をどこかへ置いてきてしまうんじゃないかと思えて仕方がないのだから。
そんな心を痛める彼女の様子に申し訳なさを感じる真人。
彼は『能力』で過去の『名残』に接しているだけで、別に過去と一体化しているわけじゃない。
ゆえに精神が現実に戻れなくなるなどありえない。
しかし、傍目から見ていればそう思えても仕方がないのだろう。
なので、少しでも彼女が安心できるように「よし」と普段より大きな声を上げて必要以上に気力に満ちた様子を見せる真人。
彼女が握ってきていた手を彼も握り返す。
その確かな『彼』の感触に安心したようだ。
ようやく彼女は安心したように柔らかな笑みを浮かべた。
そんな彼女に笑みを返す真人。
「さて。中を調べようか、愛示」
そのまま彼女の手をひいて中へ入っていき、家に上がろうとする真人。
だが。傍の棚に何かの写真が飾られているのを目に入り、つい足を止める。
「これは……家族写真か」
小さな女の子と母親らしき女性が笑顔で映った写真。
母親らしき女性のほうは先ほどの『情景』で見た女性にそっくりだ。
小さい女の子のほうも、恐らくは真田美来の小さい頃の姿なのだろう。
「……ええ。彼女は母親と二人暮らしをしていたそうです。しかし、母親は先月に亡くなったようですね」
愛示の補足に「あぁ」と相づちを打ちながら考えにふける真人。
「……それもただの病気じゃなくて過労。その原因がジャーナリスト・粕田……か」
真人はマウンから渡された紙切れの情報を思い返しながら呟く。
彼が流布した真田の飲食店の悪評。
それが今回の事件の根幹にあるらしい。
「それじゃあ、探索を開始するか」
「ええ」
そうして真人たちは真田家の捜査を始めた。




