きっと違うのなら ⑤
「おいおい、久美ぃ。それが父親に対する態度かぁ?」
男性のほうは何やら軽薄な物言いをする人物、正直見ていて気分のいいタイプの人間ではない。
「子供に金をせびりにくるやつを親と思うわけないでしょ! あんたとはとっくに縁を切ったの! さっさと帰って!」
どうやらあの男性は彼女の父親らしい。
彼は娘である久美に金を無心しているようだ。
娘からすら金をせしめようとする男性の発言や彼女の怒り狂った様子から察する限り、育児放棄しているとんでもないダメ親といったところなんだろうか。
美来が状況を見守る最中、話は徐々にヒートアップしているようで、とうとう久美は右手を握りしめ、怒りのままに父親の頬にストレートのパンチを見舞った。
「ぎゃっ!」
濁った悲鳴を上げながら情けなく地面に倒れる男性。
久美は男のその無様な姿を見て多少気分が晴れたのか、「次来たら警察にストーカー被害で訴えるからな」と捨て台詞を残し、彼に背を向けた。
どうやら彼女にとっては一応の決着となったらしい。
彼女はもう何も言うことはないといった様子で入り口の方へ歩いてくる。
そこでようやく彼女は美来に気がついたようで、ばつの悪そうな顔を浮かべた。
美来に見苦しいところを見られて恥ずかしいと思っているのか、先ほどまでの怒り狂った様子は鳴りを潜めていた。
だが、男の方は違った。
地面にへたり込んでいた彼は自尊心を傷つけられたと感じたのか、怒りに身を震わせていた。
その怒りは全くのお門違いであるが、そんなことを介する情緒など彼が持ち得るわけもない。
逆上した彼は懐から何やら鈍く輝く物を取り出す。
それが何なのか理解して目を見開く美来。
男が手に持った物の正体はナイフ。
それも刃渡り20センチはありそうな大きなものだ。
何故、ナイフを取り出したのか。
この場面で凶器を取り出した理由として考えられるのは二通り。
脅し……あるいは殺傷。
だが、彼の様子を見る限り、後者の理由しかないと思わざるを得なかった。
何故なら。
彼は目を血走らせて息を荒くし、およそ正気を保っているとは思えなかったのだから。
殺傷……いや、『殺害』。
彼が行おうとしていることはこれ以外に考えられなかった。
「上田さんっ!!」
そう思い至った美来は、男を指差しながら半ば悲鳴を上げるように彼女に声をかけた。
美来の尋常ならぬ様子に急いで男の方へ振り向く久美。
「!?」
息をのむ久美。
そのとき、既に男が彼女にナイフを振りかぶっている様子が見えたのだ。
しかし、男も怒りに飲まれて照準が定まらないらしい。
雑に振るわれたナイフを、幸運にも彼女はよろめく形でなんとか回避する。
だが、運というものは何度も続くものではない。
よろめいて地面に尻餅をついた彼女に次の攻撃を凌げる可能性は限りなくゼロに近かった。
「こんのクソガキがぁぁ!」
罵声とともに振るわれる凶刃。
久美はもう駄目だと諦め、ぎゅっと目を閉じる。




