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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
20/79

きっと違うのなら ③


 程なくして彼女の自宅に到着する美来たち。


 木造住宅なのだが、彼女が先ほど言っていた通りあまりしっかりと整備されていないらしい。


 木の壁にちらほらと小さな穴が開いていたり、立てつけが悪いのか、風が吹く度にドアはガタガタと音を立てていた。


 そんな家をまざまざと見つめる美来に気まずくなったのか、久美は苦笑いしていた。


「ね? 言った通りボロくさい家でしょ?」


「いや……。風情があっていいんじゃないかな……?」


 さすがに肯定するのは失礼かと思った美来は精一杯の笑顔を浮かべた。


「そう? まあ、お世辞でもありがとうって言っとくね」


 ……どうやら真意は見抜かれているようだ。

 かえって逆効果だったと後悔する美来であったが、当の彼女はそれほど気にしていないらしい。

 何気ない素振りで美来に建物へ入るよう促し、彼女はそれに従って中へ入っていく。

 

 灯りが一つもついていない暗い家の中。


 どうやら、今は中に人がいないらしい。


(……いや。なんだか家全体があまり整えられていない?)


「両親は出かけてるの?」


 掃除が行き届いていないようで、随所に埃が付着しているのが目につく。

 どうやら日頃から、あまり人がいないようだ。

 

 すると、どうやら彼女にとっては具合の悪い質問だったらしい。

 感情を押し殺すような、無表情な様子が目に映った。


「……母さんはもう何年も前にどこか行った。父親もいないようなもんだよ」


(いないようなもの?)

 気になる言い方であるけれども、これは間違いなく詮索すべきでない話だろう。

 彼女の淡泊な応答がその証とも言えた。


「……なんかごめんね。とにかくシャワー浴びてきなよ」

「流石にこのボロ屋でも、そんな砂まみれの格好で動き回られると大惨事になりそうだからね」


 美来の服に指をさす久美。

 

「……うっ」


 自分の服装のことを思い出して、つい顔をしかめてしまう美来。

 埃や砂にまみれた学生服。


 確かにこれで他人の家の中を動き回るというのは非常識この上ない。

 勧められた通り、身なりを整えてくるべきだろう。


「うん……。シャワーお借りします……」


「はい、どうぞー」


 思わず赤面してしまう美来の様子をニコニコと笑みを浮かべながら眺める久美であった。


                ◆◇◆◇◆


(まさかこんなことになるなんて……)


 久美にお風呂を貸してもらった美来は温かい水の心地よさすら忘れ、頭上から滴る水雫を見つめながら考え事にふけっていた。


 もう公園で一夜を過ごすしかないと思っていたのでありがたくはあるが、同時に居心地の悪いものがあったのだ。


(もう友人と喋ることなんてないと思ってたな……)


 今夜、母の仇である粕田を殺し、美来は矯正施設に収容される。

 そう思っていたからこそ、今もなお友人と日常を生きる平凡な学生のように語らい、こうしてお泊りをしている状況は非常に違和感の強いものがあったのだ。


 でも。それもきっと今夜までか、と美来は思う。

 明日にもなれば、警察から学校に連絡が行っているのだろうから。


 そうなれば、もう美来は学校へ足を運ぶことも出来なくなる。

 同級生とも会うことは無くなるのだ。


(勿論、上田さんとも……)


 そう思うと心の奥が少し痛む感覚を覚えた。


 私が想起者メノシアンだと知られても避けなかった上田さんだからだろうか。

 

 美来は自身が想起者だと学内に知れ渡ってしまった時のことを思い出す。


 ……当時までは、私は別段協調性に欠けるわけでもないのでそれなりに友人と呼べる付き合いの同級生がいた。

 あの頃はどこにでもいる平凡な学生のように、自分か想起者だということを半ば忘れながら過ごしていたんだ。


 でも、それはある日唐突に終わりを告げた。


『知ってる? 真田さんって想起者らしいよ』


『あっ。どこかで聞いた~。あんな大人しそうな顔して異能者なんてびっくりしたぁ~』


『人は見かけによらないなんてよく言ったものだよね。可愛い小動物だと思ってたら、実は恐ろしい猛獣だったんだから』


 先日までの平凡な日々が嘘のように、同級生たちと私の間に大きな溝ができた。


 昨日まで仲良く話していた友達も気がつくと周囲からいなくなり、遠巻きに恐れを帯びた瞳をこちらに向ける大衆の一部となっていた。


 ほとんどの人が私に近寄るまいと振る舞い始め。

 まるで透明人間のようになってしまった私。


 でも一つだけ変わらないことがあった。


『おっ。真田おはよー』


 それが上田さんだった。

 彼女だけは想起者だと知れ渡る以前同様に接してくれた。

 とはいえ、とても親しい間柄というわけではない。

 ただ挨拶を交わす程度。仲が良いということすら少し違和感を感じさせる程度だ。

 きっと、彼女も知り合いを見かけたから声かけした程度の認識なのだろう。


 それでも、学校にいる間はあの時だけ。

 彼女の挨拶を受けたときだけは、自分がこの世界にいるんだって実感できた。

 

 だからだろうか。

 世界で唯一、私を見てくれていた母のいない今、彼女しか私の存在を認めている者はいないのだから。

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