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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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きっと違うのなら ②


 だけれども、それは杞憂であった。


「ちょ……なんて怖い顔してるのよ。何かあったの?」


 声の正体は美来の学友だったのだから。


 彼女の名前は上田久美うえだくみ。<想起メノン>とは縁もゆかりもない常人。

 茶髪のポニーテールの、やや粗雑な物言いが特徴的な女性。


 美来が通っている高校の同じクラスの生徒で、とても仲がいいというわけではないが廊下ですれ違うときには挨拶する程度の付き合いはある。


 彼女が異能者であると知っても気軽に接してくれる数少ない知人でもあった。


「えっ。上田さん!? あっ……えっと……」


 思わぬ展開にどういう顔をしていいかわからずにいる美来。

 

 それも仕方ないように思う。

 何故なら「母親の仇を殺そうとしたんだけど、途中で捜査官に邪魔されちゃったんだ」なんて言えるわけもないのだから。


 しかし、この時間帯に高校生が一人で郊外の公園にいることの説明なんてとても思いつかず、困ってしまう美来。


(いっそのこと、ここの夜の風景が好きとかでも言ってしま……ん?)


 ここで一つ疑問が沸き上がる美来。


 そうだ。この時間帯に女子高生が出歩いていることはおかしいのだ。

 だからこそ、美来は返答に窮してるわけなのだから。


(じゃあ、彼女は……上田さんはどうしてこんな時間にこの辺りにいたんだろう?)


「上田さんこそ……この時間帯にどうしたの?」


 彼女の質問をそっちのけで質問を口にする美来。

 本来であれば失礼な物言いだと思うけれど、彼女はそういう思いは少しも感じてなかったようだ。

 代わりに、今度は彼女が返答に困ったような素振りを見せた。


「あー……。学校には黙っててほしいんだけどね。実はバイトしてるんだ」

「家が経済的に苦しくってさ」


 ばつの悪そうな顔で話す久美。

 それも仕方ない。高校生は確か22時までしか働けないと法律で決まっていたはず。

 つまり、0時頃になって帰路の最中にいる彼女は、恐らく法律を破って働いているということなのだろうから。


「そうなんだ……。あぁ、心配しないで! 言いふらしたりしないから」


 上田さんの家庭がそんな事情を抱えていたなんて、と驚きながら約束をする美来。


(それに、これから人を殺そうとしている私からしたら大したことがない話だ)

 彼女は自嘲気味に心の中で呟いた。


 久美とて、まさか学友がそんな大それたことをしようとしてるなんて毛ほども思わないだろう。


「それで、真田のほうはどうしたの? あんたもワケありっぽいじゃん」


「えーと、その……ちょっと家出をね……」


「え、まじで? 親と喧嘩でもしたの?」


「……」


 喧嘩、か。


 ふと、頬を何か温かいものが伝う感覚を覚えた。


 それを見て慌てる久美。


 美来は思う。


 どうやら私は涙を流してしまっているらしい。

 彼女にいらぬ心配をかけぬよう涙を止めようとしたが一向に止まらない。


 むしろ、今まで押し殺していた思いがあふれ出して、とても平静ではいられなくなった。


 大好きな母の温もりを思い出して、胸が苦しくなる。


 喧嘩、出来ていたら……どんなに良かっただろうか。


 もはや永遠に触れ合えない母と会うことができるのならどんな形でもいい。

 叱られるのだとしても全然かまわない。

 あの人と同じ世界にいる。

 そう実感できるだけで、私は幸せなのだから。


 でも、それはもう叶わない。

 どれだけ思い焦がれようが、世界の全てを捧げようが。

 ただの人間一人すら蘇らせることはできない。


 捨てられた子犬のような表情で泣き続ける美来を、久美はただそっと見つめていた。


「……訳ありなのはよくわかった」

「それで、今日は泊まる場所あるの?」


「……」


 口をつむぐ美来。

 それを否定と受け取ったのだろう。

 久美は「やっぱり」と話をつづける。

 

「まぁ、そうよね。未成年じゃ、この時間帯はどこの店も入れてくれないもんね」


 そう言って上田さんは美来に歩み寄り、手をとると引っ張っていく。


「う、上田さん?」


「うちさ……。ボロい家だけども、こんなところで野宿するよりはマシだと思うの」


「……いいの?」


 思わず確認する美来。


 自分でいうのもなんだけども、今の私は相当なワケありに見えてるはずだ。

 そんな私を家に招き入れるだなんて、お人好しすぎる気がする。


 だけれども、素直にありがたいのは事実。

 汚れた着衣をどうにかしたいし、屋外にいてはいつ捜索にきた捜査官に見つかるかわからないのだから。


「流石にほっとけないでしょ。あんた、今にも死にそうな顔してるんだから」


(……)


 そこまで酷い顔をしてたのか、と自分でも驚く美来。


「……ありがとう」


 それから道中、美来に配慮していたのか何も聞かずにいる久美。


 彼女からしたらなんてことのない配慮だったのかもしれないが、心身ともに疲弊していた美来にとっては大変ありがたいものだった。



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