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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
18/79

きっと違うのなら ①


 時は遡り、真人たちが異能の少女と交戦した直後のこと。


 都内の郊外にある小さな公園。

 ジャングルジムや動物を象った乗り物、シーソーなど、ありふれた遊具が備え付けられた何の変哲のない遊び場。


 そんなありふれた場所に『ありえない』変化が起こっていた。


 砂場にて、急に砂が内側が盛り上がるように大きくなると、まるで穴を開けられた風船のように弾けとんだのだ。


 巻き上がった砂が雨のように降り注ぐ中。


「げほっ!げほっ!」


 その中心に苦しげな声を上げながら這い出てくる学生服を着た若い女性の姿があった。


 その場に居合わせれば驚愕せずにはいられない光景であるが、幸いにも今は夜遅い時間帯。周囲には誰1人いなかった。


 女性はそれを確認すると、安心するかのように息をつき、砂場に仰向けになって手足を放り出す。


「はぁ……はぁ……。まさか、あんな強い人たちに邪魔されるなんて……」


 真田美来は先ほどの出来事を思い返し、苦い表情を浮かべた。


 異能捜査官と思われる男女によって、怨敵である男の殺害を阻止された件だ。


「あの強さ……。困ったな、勝つ方法が全然思いつかないや……」


 様々な武器を持ち出し、先の読めないトリッキーな戦いを繰り広げた男性捜査官。

 シンプルに強大な<想起メノン>で圧倒し、更には卓越した体術を操る女性捜査官。


 素人目から見ても、両者ともに思わず舌を巻いてしまう練度だった。


 美来とて、今まで街中で異能捜査官の戦いを何度か見たことがある。

 なので、彼ら異能捜査官の強さを知らないわけではなかった。


 むしろ目にしたからこそ、彼らが個としてはそれほど強くないという感想も抱いていたのだ。


 それもそのはず。


 想起者は数多くいるといっても、全体の8割程度はBレート以下という統計があり、その比率に違わず、異能対策局でも所属している職員の多くがBレート以下の想起者なのだ。


 たった2割の『高位』とされているAレート以上の異能者たる美来にとって、個としての彼らが弱く映るのは当然と言えば当然なのである。


 だからこそ。万が一、対策局の捜査官たちに邪魔をされても正面突破して目的を達せられるとタカをくくっていたのだ。


 だが、結果はこれだ。


 美来は怨敵どころか、捜査官にも一撃すらいれられずに再起不能寸前まで追い詰められた。


 他の捜査官ならともかく、少なくともあの二人の強さは群を抜いている。


 その上、実力に慢心することなく、連携を重視して安定性を更に向上させているのだ。

 正直言って、彼らが二人揃っている状態では微塵も勝算があるとは思えない。


 だけれども。恐らく今回、彼らが私に関する事件の担当になるに違いない。

 犯人との交戦経験がある捜査官のほうが、何かと随時適した対応を行うことが期待できるからだ。


 ならば、これから先はいつどこで彼らと遭遇するかわからない。

 彼らの目下の目的は恐らく『真田美来の確保』で、これからそのための捜査網を広げるのだろうから。


 つまり、『あの男』を仕留める成功率が格段と下がってしまった。

 その事実に美来は暗い表情を浮かべずにはいられない。


 だが。


(諦めるわけにはいかない。私の大切な人を食い物にしたアイツを野放しになんて絶対に許せないんだから)


 そう。この『想い』だけは絶対に諦めることはできない。

 例え、自分が命を落とすことになろうとも曲げられぬ誓いだ。


 決意と共に、美来は四肢に力をこめる。

 先ほどの女性捜査官に蹴られた脇腹はまだ酷く痛むが、泣き言は言ってられない。


 ただでさえ状況はよくないのだから。


 捜査官たちに存在を知られてしまった以上、これからは街中を歩く際も注意が必要だ。

 恐らく、ほどなくして美来の個人情報は対策局の人間にばれてしまうのだろうから。


 つまり、これから先は常に捜査官たちの目をすり抜けることを前提に行動し、"奴"——粕田の元へ辿り着かねばならないというわけなのだ。


(難しいけれども……やるしかない)

(だって……)

(『これ』だけが、私が母さんへの愛を示す唯一の手段なんだから……)


 そう今後の方針を決めると、美来は体についた砂を払いながら立ち上がる。


 彼女にとって粕田を仕留めることが最終目的であることに変わりないが、目下、別にすべきことがあった。


(今晩、どこで過ごそうかな……)

 

 そう。寝床だ。


 彼女は今すぐにでも粕田を殺しに戻りたいところであったが、今それをするのは現実的でないことはわかっていた。


 本日襲われたばかりなのだ。今、恐らく粕田の身の回りの警護は強固になってるはず。

 ならば本日に再び襲撃するというのは成功率がとても低い上に、逆に捕まりかねない。


 たった一日でも粕田が長く生きる時間を許してしまうことに頭の中が沸騰しそうな怒りに苛まれるが、焦りすぎて失敗してしまうのであっては元も子もないのだ。


 ならば今日は大人しく休むべき。


 どこか今夜を過ごす場所を探す必要があるのだ。


 誰に批難されることもなく休める場所として自宅が挙げられるが、今は帰るわけにはいかなかった。


 遠くないうちに素性が割れてしまう以上、このまま家に帰るのは危険なのだから。


(……うーん。ネットカフェ……は流石にこの時間帯にこんな格好だと門前払いされるよね……)


 自分の服装を改めて確認する美来。

 彼女の着衣は通っている高等学校の制服。

 都内では条例で23時以降の未成年によるネットカフェ等への入店が禁止されている。 


 公園に備え付けられた時計塔を見ると、もうすぐ0時を迎えようとしている真夜中。


 どう考えても入店させてもらえないだろう。 

 というよりも、ネットカフェのみならずこの時間帯ではどこの店も入れてくれないだろうか。


 美来はやっぱり野宿しかないか、と今いる公園のベンチに目を移したその時だった。


「あれ? もしかして真田?」


 突然、背後から名前を呼ばれてビクっと肩を震わせる美来。 

 もしや、もう対策課の人間が私を捕捉したのかと思い、身をこわばらせながら振り向く。


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