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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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彼女を知るために ②


 車を走らせて数十分。


 真人と愛示はとある人物と会うために、街の大通りから離れた路地裏にある小さな喫茶店へやってきていた。


「邪魔するぞ。マスター」


 ドアを開くと同時に小気味良い鈴の音が響く。


 カウンターの向こうで真剣な表情でコーヒーを沸かしている白髪の壮年男性の姿が見えた。


 男性は真人たちに気がつくと穏やかな笑みを浮かべた。


「やぁ。天園くんに唯切くん」


 彼はこの喫茶店の主。

 コーヒーを作るのが好きだそうで、時折こうして来店すると新商品のコーヒーが並んでいることもしばしばだ。


「"あいつ"はいるか?」


「ああ。彼なら今日もいつも通り一番奥のテーブルで本を読んでるよ」


「そうか。ありがとう」


 真人は目的の"人物"がいることを確認すると、店主のいう一番奥のテーブルへ向かう。


「ちょっといいか?」

 テーブルへたどり着くと、真人はそこに座っている眼帯を着けた男へ話しかけた。


 彼は読書に夢中だったようで、真人の姿に軽く驚いた素振りを見せる。


「おや、真人くんか」


 そう柔らかな声を発するのは真人の恩師、マウンだ。


 ここは彼のお気に入りの喫茶店で、毎日ここでコーヒーを飲みながら読書をしている。

 彼は真人の後ろにいた愛示の姿も見つけると「唯切くんもいたのか」と軽く会釈し、愛示も礼を返した。


 彼に向かい合う形で席に着く真人たち。

 マウンは読んでいた本を横に置いて、コーヒーを一口含むと視線をこちらに向ける。


 その視線に釣られて彼に目を向ける真人。


 全てを吸い込みそうな深みのある隻眼、若い見た目なのに(真人が12歳の頃に二十代後半の見た目をしていたので40を過ぎているはずであるが)妙に堂に入った物腰は何度見ても不思議な感覚を覚える。


 今まさにテーブルの上で手を組んでいる仕草も、妙に似合ってて絵になっていた。


「いつもの「白兎の刀を持つ女性」についてかな?」


 話を切り出すマウン。

 実はこうして真人が彼の元へ話にくるのは初めてではない。


 マウンは<想起>に精通した人物で、対策局が持たない見識すら時折出てくるほどに豊富な知識を有しており、真人はたまに助言を求めてやってきているのだ。


 彼としてはマウンを対策局の相談役に推薦したいと思っているのだが、どういうわけか彼は公的組織に忌避感があるようでいつ尋ねても一向に首を縦に振る様子はなかった。


 なので。真人はこうして私人関係として助言を仰ぐに留めており、件の「白兎の刀を持つ女性」についても新着情報がないか時折確認していた。


「……いや、今日は違うんだ。先日遭遇した想起者についてなんだが———」


 先日遭遇した想起者の少女について話し始める真人たち。

 マウンは終始無言で耳を傾け、真人たちが話し終えると「ふむ」と呟いた。


「『地形』を操る少女……か」


「あぁ、そうなんだ」


 先日の戦闘を思い出す真人。


 少女の攻撃は大雑把な素人感の否めない攻撃ばかりであった。

 しかし、地中物質を材料にした巨大な槍や防壁を使い捨てるかのように無数に生成。


 並外れた膨大な干渉力の総量。

 あれほどの干渉力を単純な『破壊』に向ければどうなるか。


 もはや周囲の人間への被害すら度外視に、粕田の殺害のために周囲まるごと土に沈めるような手段をとった場合、どれほどの範囲の被害が予測されるか。

 そして。地に足をつけている限り、常にゲームで言うところのコンティニューを繰り返すことのできる彼女の優位性をどう崩すか。

 

 その対策を含めた相談であった。


「そうだね……。聞いた限りの話だと街の一区画くらい沈められそうだね」


 街の一区画。この東京は全国でも圧倒的な人口を誇る自治体。

 たかが街の一区画といっても被害を受ける人数は100や200では収まらないはずだ。


 いや。被害、と言うとあまりにオブラートな表現だ。

 つまり。今回の件で最悪の場合、数百、いや、千を超える死傷者が出てしまう可能性があるということだ。


「彼女が最後まで倫理を保っていたのならそれでいい。だがしかし……」

 

 そう。最後まで彼女は自分の復讐のために無関係な人間を巻き込むまいという良識を保っていたのであれば、この点については全く考慮する必要はない。彼女は強大な想起者メノシアンだが、勝つ算段はいくつもある。


 しかし。


 そうでないのなら。

 

 もし、彼女が自身の復讐のために最低限の良心すらかなぐり捨てた場合、干渉力の単純な総量で劣る真人には防ぎようがない。いや、回避すること自体は可能だろうが、周囲への被害はどうしようもなくなる。


 では愛示なら、と考えるがやはり難しい。干渉力の総量自体は少女に負けないだろうが、愛示の『天津風』の得意とする防御は『受け流す』こと。風という不定形のものを操る故、盾のような確固たる防御効果を発揮することは難しいのだ。

 絨毯爆撃のように展開される攻撃を前にしては、『受け流す』防御手段ではどうしようもない。


 厳密には愛示の『受け流す』防御も無意味ではないが、絨毯爆撃の軌道を変えるだけ。

 つまりは『助からなかったはずの区画』を助け、『助かったはずの区画』を犠牲にする。

 いわば身代わりのようなことを強いる結果になるのだから。


「では、そうなった場合にどう対処するか……だね」

 何やら懐から分厚いメモ帳を取り出し、ページをめくり始めるマウン。


「あぁ、それでどう……うん?」


 マウンは真人が言い終える前に、持っていたメモ帳のページをちぎるとそれをよこしてきた。


 その紙切れを開くと、真人は思わず目を見開いた。


 メモの紙切れの上部には『真田美来さなだみらい』という名前が書かれていた。


(少女———真田美来の情報……)


 その紙切れにはびっしりと文字がつづられており、彼女の<想起メノン>の詳細はもちろんのこと、彼女の近況など、様々な情報が記載されていた。


 少女の名前は真田美来 (さなだみらい)。今年で18歳の高校三年生。

 Aレートの想起者メノシアンで、<想起>は『乾坤隆起けんこんりゅうき』。地形を操作する能力。


「<想起>の特徴や容姿などから察するに、その子は『真田美来』という女子高生で間違いないだろう」


「僕は都内の想起者の情報なら、あらかた記録している。能力をつかさどる器たる『精神』の変化も把握するために、人間関係や近況なども含めてね」


 何でもないように言ってのけるマウン。

 真人はそんな彼を呆然と見つめた。


(それほどの膨大な情報、国家機関の力を用いても難しいだろうにどうやって……)


 だが、これは思った以上の収穫だ。

 この情報を用いることで、彼女の能力に対する突破口が開けるだろう。


 横に座っていた愛示も同様の対応に思い至ったようで、居ても立っても居られない様子だった。


 そんな落ち着きのない真人たちの雰囲気を感じ取ったのか、マウンは柔らかな笑みを浮かべると懐の財布に手をまわしながら席を立つ。


「これらの『材料』を胸に留めながら彼女の所縁ゆかりの地を巡りたまえ」


「あとは君の力であれば、自ずと活路を見いだせるはずだよ」


 彼は背を向けてマスターの元へ歩み寄っていく。

 もう十分な助言を終えたと判断したのだろう。


「ありがとう、マウン。このお礼はいつか」


 マウンがもたらした情報は他では絶対得られないであろう有用かつ膨大なもの。

 これのおかげでどれほどの命が救われるかわからない。


 だが、当の彼は全く気にしていないようで、まるでちょっとご飯をおごってやった程度の軽い様子で背を向けたまま手を振っていた。


「いやいや、構わないよ。別にお礼をもらうような案件じゃないさ。じゃあね、真人くん」

 そう言うと彼はカウンターで会計を済ませ、ドアについた鈴の小気味よい音を響かせながら店を出ていった。


(……あぁ。これは僕の『目的』にも関わることだからね)


 マウンは心の中でそう呟き、人混みの中に姿を消した。


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