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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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彼女を知るために ①


 昨日の少女との戦闘の後、真人たちは対策局まで男性を護衛し、駐在していた職員に任せた。

 昨夜は激しい戦闘を繰り広げ、流石に疲労の色が隠せない二人は天園家にたどり着くと、倒れこむように布団へ飛び込んで眠りについた。



                ◆◇◆◇◆



 そして翌日の朝。


「あー……。着替えずに寝てたか」


 目が覚めると、汚れたスーツのまま眠っていたことに気がつく真人。


(……とりあえず顔を洗うか)

 真人は布団から這い出ると、洗面所へ向かう。


 すると、そこには先客が。

 ブラシで髪の毛を整えている愛示がいた。


 彼女もまだ起きて間もないのか、着衣は乱れたままだ。

 その着崩れた服装のまま、振り返る。


「あ。おはようございます、先輩」

 いつも仕事に着けてくるコートをだらしなく羽織り、シャツのボタンも外している姿。


 いくら相棒の家といっても、いささか無防備すぎないだろうか。

 ……うん。一応注意しておこう。


「おはよう、愛示。ところで身だしなみには気を付けた方がいいぞ。この間も言ったけどさ。世の中、変な男も多いからな」

 乱れた着衣をやんわり指摘する真人。


 色恋沙汰には無縁の彼でも、さすがに目のやり場に困る。


 しかし、当の彼女はというと。


「大丈夫ですよ。こちらも何度も言いますけど、私が異性の前で無防備になるのは先輩しかいませんから」

 えへんと威張りながらのたまう。 


 この間の干物発言よりはオブラートな表現。

 いや、何とも思わせぶりな物言いとも取れる気がする。


 ……ああ。顔を見るとあえてそんな物言いをしたというような小悪魔的な笑みが張り付いていた。

 それを見て、真人はつい心のなかで愚痴をこぼしてしまう。


「こいつ、この思わせぶりな態度で何人も男を取っ替え引っ替えしてきたんじゃなかろうか……」


 あっ。口で言っちゃった。


 寝起きゆえか、致命的なミスをおかしてしまう真人。


 きっと今年を振り替える時、一番の失敗は今日この日だったと言いきるだろう。

 そう思えるほどに恐ろしい失敗をしたと瞬時に悟った。


 危機感ゆえ、この上ないほどに頭が覚醒した彼は必死に思考を巡らせる。

 今こそ持ち味の頭脳を活かすべき時なのだと、凄まじい速さで数多の案を巡らせた。


 だが。


(あっ。無理だ。これ)


 彼はあきらめざるを得ないことに気づいた。


 悲しいかな。

 いくら、彼が優れた思考能力を持っていようとも、それは必ず打開策を示してくれるわけではない。

 頭が優れていようが、そもそも解答がなければどうしようもないのだ。


 もはや、この現状を打開するには時間遡行のような非現実的な手段しかないと悟った真人は急速に思考がスローダウンしていくのを感じた。


(あー。急に時間を戻す異能に目覚めたりしないかなー)

 そんな意味のない妄想を始めてしまうほどに取り返しのつかないことをしてしまったと後悔しているのだ。


 そして案の定、愛示はというと。


「ワタシ オマエ ゼンゴロシ」


 完全にブチギレていた。


 怒りの形相で真人に襲いかかる愛示ちゃん。

 真人はそのまま押し倒されると、馬乗りになった彼女の振り上げた拳が目に映る。


 もはや、これからの展開は想像に難くない。

 愛示ちゃんの怒りが収まるまでエンドレスで殴られ続けるのだろう。


 そう思った真人は必死に制止を試みる。


「あっあっ。ちょっと待って愛示ちゃ―――あー!」


 だが、彼の努力もむなしく。

 あー!あー!という情けない悲鳴と鈍く大きな殴打音が、しばらくの間、天園家に響き渡ったのだった。


                ◆◇◆◇◆


 それから暫くして昼下がりになると彼らは職場に出勤した。


「おお、天園。きたか―――って、なんだ? 昨日の戦闘で怪我でもしたのか?」


 真人を見かけるや否や、彼が今朝につけられた傷を心配する者が一人。


 眼鏡をかけた強面に筋骨隆々とした大きな体躯が特徴的な壮年男性だ。


「いや、なんか戦闘というよりは痴話喧嘩っぽい殴打痕だな……?」

 真人の顔いっぱいに残った、派手だが深くはない傷を見て呟く。


 彼は吉村大志よしむらたいし一等捜査官。

 真人や愛示が所属する第三班のトップで、数少ない一等捜査官の中でも、対人戦闘においては右に出る者はいないといわれるほどの実力を持った異能者でもある。


「あー……。いや。えーと、家にいた猫にこっぴどく痛めつけられたんですよね……」


 目を伏せながら、ビクビクと震える真人。

 そんな彼とは対照的に、愛示はニコニコと不自然に張り付いた笑みを浮かべていた。


 彼らの様子を見て『あー……』と察する吉村。


「天園。お前はもうちょっと女性を気遣えるようになるべきだな」


「……」

 ぐうの音も出ない真人であった。

 彼とて、今回は完全に自分が悪いと痛感していたのだ。


「……まあ、それはさておき」

 表情を引き締める吉村。


「昨日、お前らが連れてきた彼なんだが」

「どうにも隠していることがありそうでな。実際に現場で彼を助けたお前たちになら、何かこぼすかもしれん。取り調べに参加してもらいたいんだがいいか?」


「え? いいですけども……あの男、多分相当やましい事情があると思うので誰が相手でも口を割らないと思いますよ」


 昨日の少女の憎悪を思い出す真人。

 あれほどの怒りを買う男だ。

 はっきり言って相当悪質なことに手を染めているに違いない。


 そして、そんな外道である可能性が極めて高いあの男が、一回命を助けたからといって恩を感じてペラペラしゃべるとはとても考えられない。


「確かに……な。まあ、とりあえず試してみてくれ」

 吉村自身、ダメで元々と思っているのだろう。

 どこか投げやりな物言いだ。


 しかし、そういうことならば多少気が楽だ。

 真人とて本気で期待されているのであれば、それに背くのには多少の心苦しさを感じてしまうのだから。


「わかりました。じゃあ早速、取調室に行ってきます」

 真人は軽い調子で了承し、例の男がいる取調室へ足を進め、それに愛示も続いた。


                ◆◇◆◇◆



「だから、あんな子知りませんって! もうなんで襲われたか意味わからんのですよ!」


 取調室に入った真人たちは、いつまでもしらばっくれている男にうんざりしていた。


 名前は粕田智樹かすだともき、職業はジャーナリスト。

 取り扱う記事のジャンルは幅広く、何でもかんでもかじりつく貪欲さから界隈では有名 (悪名ともいえる) な記者ということがわかった。


「いやいや。知らないってわけないでしょうが。あんた、殺されそうになるくらい恨まれてるんですよ?」


 昨日の少女の様子を思い出す。

 あれほどの暗い憎悪に理由がないなんてありえないだろう。


(とはいえ、このまま普通に聞いていても時間の無駄か)


 真人は聞き方を変えることにした。


「それとも……あんたにとっては殺されそうになるほど恨まれるのは日常茶飯事なのか? なーんか、あんた。けっこうグレーなこともやってそうな雰囲気だよな? いや。というか、既にけっこうヤバいことやっちゃってるんじゃないか? どうなんだ?」


 話しの規模を大げさにしてみる真人。


 彼とて本気でそう思っていたわけではない。

 しかし、身に覚えのない不名誉なレッテルを貼られると、人はたまらず名誉回復のために口を開くもの。

 そうして、うっかり何か事件に関わることをこぼすのを期待したのだ。


 だが。

 相手は目に見えて苦しげな表情になり。


「まっ、まさか! そんなわけないじゃあないですか! 僕は善良な一市民にすぎないんですからぁ! はっはっは……」

 言い訳に終止し、しどろもどろになりながら冷や汗を垂らした。


 真人はその様子を見て『おいおい……』と内心呆れる。


(かなり応答がぎこちない。大袈裟に聞いたつもりが真に迫っているのかもしれないな。職業柄……というのもあるんだろうが、その中でも特にこいつはえげつないやり方をしてきたのかもしれない)


 ジャーナリスト。

 

 もうこれだけで、真人と愛示は事件背景のおおよその検討がついてはいた。

 そして。この粕田の様子を見て、それは限りなく確信めいたものに変わった。


 しばらくした後、事情聴取を終えると粕田はいそいそと逃げるように局内から出ていく。

 これ以上ボロを出してしまったらかなわないといった心境なのだろう。一刻も早くこの場を立ち去りたいという素振りが見て取れた。


「……先輩、どうしますか?」


 真人に指示を仰ぐ愛示。


 どうやら粕田は口を割りそうにない。

 なので、どういう方法で先日の少女の情報収集、そして対策を立てていくか、という意味だろう。


「あぁ。それについて考えがあってな。少し寄りたいところがある」


「寄りたいところ?」


「まぁ、ついてきたらわかるさ」


 真人はそう言うと外に停めてあった車に乗り込み、愛示と共に『目的地』へ走っていった。





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