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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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出会いは暗き海の底にて ③

 少女の周囲に現れた『非常識』を見つめながら、彼女の力を分析する真人。


(……先ほどの道路の素材を用いた攻撃か)


(道路―――アスファルトの主成分は"炭化水素"。彼女の<想起メノン>は"炭化水素"を操るものか?)


 真人は少女の<想起>の性質を仮定し、対応策を練る。

 そして『強化』を発動して、身体と武器の能力を向上させた。


(彼女は攻撃を繰り出す前に『武器を生成する』という工程が必要だ。つまり、どうしても攻撃行為に及ぶまでの間隔が生じてしまう)

(ならば、一瞬の隙が戦いを左右する近距離戦に持ち込む)


 真人は一直線に少女の元へ駆ける。


 動き出した真人を見て、少女は何本もの『土の槍』を撃ち放つが、真人は最小限の動きによりその全てを紙一重で回避する。


「………!」

 彼の人間離れした脚力に息を呑む少女。


 無理もない。

 少女は異能戦闘など初めてで、想起者同士という埒外の戦いを本当の意味で知ることはなかったのだから。


 しかし。


 少女は経験の差を才能で追随する。


 彼女は真人に向けて放っていた『土の槍』のいくらかを彼の近くに到達すると同時に、まるで風船のように破裂させた。


「……っ!」

 真人は続けざまに飛んでくる『土の槍』の数々が突然破裂したことに驚き、突進をやめて後ろに跳ぶ。


 破裂した『土の槍』のもたらした効果を目の当たりにした彼は、少女の意図を察した。


(なるほど、目くらましか)


 『土の槍』はそれぞれがかなりの質量を誇っている。

 それがいくつも破裂したのだ。


 周囲は大量の土埃に満たされ、視界が霞む———否。何も見えなくなる。


 この状態で突貫するなど馬鹿のすること。

 真人は土埃に満ちた『空間』から距離をとり、様子を伺う。


 そして、少女のとった"手段"によって生じた疑問について考察する。


(……こちらの攻撃の命中精度を下げる目的なんだろうが、一つ不可解な事がある)


 この土埃の材質はどこにでもある、ありふれたアスファルトだ。

 彼女の生み出した物質ではないため、彼女のみには効果がない……なんて都合のいい話ではないはずで。

 こちらから見えないということはあちらからも見えないということになる。


 ならば……彼女はどうやって自分の攻撃を当てるつもりなのか?


 いや、彼女はまだまだ素人。そこまで考えずに、攻撃を逃れるためだけに及んだ可能性も決して低くない。

 推測を立てつつ、手では銃弾の再装填を行い、様子を見ようと一歩足を動かす。


 その時だった。


 即座にそれは間違いだと突きつけられる。


(……!?)


 その土埃の中から無数の『土の槍』が伸び、それらは寸分の狂いもなく真人が立つ"座標"に迫り来る。


 真人は思わず舌を巻く。

 どうやら彼女のことを甘く見ていたようだ。


(彼女はこちらを感知する手段を持っているんだ)


(炭化水素を操る能力かとも思ったがそうじゃないな。現状、行動には炭化水素しか使えないが能力の本質は別にあるといったところか)


(この視界が完全に遮断された状況で伝わる情報は音だけ)

(先ほどの探知は恐らく地面に跳ね返る音によるものだろう。なら、特定の物質を操るような用途の狭い能力ではなく、もっと大きな括りの……そう。例えば『地面』全般に干渉するものといったところか)


 思考しながら攻撃準備に入る真人。

 左手に構えていたショットガンの照準を合わせると立て続けに引き金を引く。


 一つ、二つ。

 真人の弾丸は正確に『土の槍』を撃ち抜き。


「愛示! コードD!」

 チャンスをうかがっていた愛示に指示を飛ばす。


「了解!」


 真人の後方にある電柱の陰から踊り出た愛示はまるで重力に反するかのように結界の上へ空高く舞い上がる。


 これが彼女の<想起>『天津風あまつかぜ』。


 文字通り風を操る<想起>。

 その応用は幅広く、風で遠くの相手への攻撃を行ったり、自分の周囲の風を操作して強固な守りを築くこと、さらには高速移動をするといったこともできる。

 異能の強さを表す干渉力はAレートだ。


 愛示は風力操作で、風を圧縮させて特大の『風の塊』を作り出すとそのまま土埃で満ちた『空間』へ撃ち込む。


 凄まじい激突音。


 『風の塊』は大量の土埃で満ちた空間に接触して炸裂し、凄まじい風が吹き荒れると共に土埃の全てが吹き払われた。


「!?」


 少女は伏兵がいたことにも驚いたようだが、何より大量の土埃で満たした空間がまとめて吹き飛ばされたことに驚愕した。

 

 露になった結界の中には幾重にも『アスファルトの防壁』が築かれており、真人の強化されたショットガンと言えども一発や二発ではとても突破できない堅牢な様相を呈していた。


 彼が遠距離攻撃に徹してくる可能性を考慮していたのだろう。

 彼女の慎重さと戦闘センスを感じさせる一手だ。


 しかし、それも無駄なことだ。


 タンッと少女の前方―――防壁群の前に愛示は着地し。


 右手に風を圧縮させて生み出した剣状の風圧カッターを、少女の前に築かれたアスファルトの防壁に振るい。


 次々と防壁を切り払っていく。

 まるで紙細工のようにスラスラと切り飛ばされて行く防壁を見て、少女は目を見開く。


 『疾風』。

 掌中に風を高圧縮して剣状の鋭利な風圧カッターを生み出す技で、接近戦でその真価を発揮し、鉄すらも易々と切り裂く鋭さを誇る。

 愛示が接近戦で好んで使う技だ。


 少女はこれ以上防御態勢を乱されないために『土の槍』を愛示に向けて続けざまに放ったが。


 愛示が周囲の空気を操作して築き上げた凄まじい風の層で軌道を反らされ、槍は彼女の横をすり抜けていくばかり。

 少女の攻撃を全て『受け流し』たのだ。


(嘘っ!?)

 愛示の凄まじい戦いぶりに息を呑む少女。

 まさか、あれだけ用意した防壁と槍がこんなにも易々と突破されるとは思ってもみなかったのだ。


 これで全ての防御手段を失い、攻撃も受け流されて無防備になった少女。


 後は愛示がとどめの一撃を加えるのみ。

 難なく少女のすぐ傍までやってきた愛示は少女の意識を刈り取るために腰をひねり、回し蹴りを撃ち出した。


 これで終わり。


 の、はずだったが。


「えっ!?」

 少女の思わぬ行動に驚愕する愛示。


 それもそのはず、少女は一瞬でアスファルトに飲み込まれるように地面へめり込んで消えたのだから。

 

(おいおい、本当に初戦闘か……?)

 少女の行動に驚く真人。


 先ほどの土埃の目くらましといい、咄嗟に地面へ逃れる機転といい、とても初めての戦いとは思えない。


(だが、これで恐らく)


 真人はショットガンをコートの中に仕舞うと、代わりに拳銃を取り出す。

 今回は拳銃の銃身にも、弾丸にも『強化』を施すことなく、後方の―――男性付近へ銃口を向けた。


 それを見て男は「ヒッ!?」と短い悲鳴を漏らしていたが彼は無視する。今はそんなことに構っている余裕はないのだ。


 そして予想通りに。


 ほどなくして地面から少女が姿を現す。

 出現場所はターゲットである男性のすぐそばの地面。

 彼女の目的は初めから男性の殺害で、真人たちはただの障害でしかないのだから当然だ。


 だからこそ。


((これで終わり))


 真人と少女が共に脳裏で呟き。


 銃声が響く。


「―――ッ!?!?」


 音と共に、少女の横にあった設置物———飲料水を販売している自動販売機に異変が起きた。


 とても自動販売機のソレとは思えないほどの大容量の電流が、小さく穿たれた穴から外へ放出され、少女に迫る。


 この穴こそ、今、真人が拳銃で作ったものだ。


 咄嗟に少女は防壁を築き上げるが、アスファルトは電撃の前には脆く、すぐ溶けてしまう。

 ゆえに電撃を防ぐため、少女は全リソースを防御に回さざるを得なくなり、攻撃に手が回らなくなった。


(自動販売機の"バッテリー"を『強化』した)


 先ほど、愛示のフォローを受けている間に真人は傍にあった自販機に触れて『強化』を施し、彼女が傍に来るまで"工程『待機状態』"にしていたのだ。


 アスファルトの主成分は炭化水素。

 炭化水素は熱に弱く、高温にさらされるとたまらず熱分解を起こしてしまう。


 現状の絶え間なく電気が襲い来る状況では、アスファルトの防壁は非常に"相性が悪い"のだ。


 彼女が今扱えるのは"アスファルト"のみ。熱に相性の悪い素材しかなく。

 相性の悪い防御しか使えないがために手いっぱいにならざるを得ない。


 当然、その隙を逃すわけがない。

 愛示が周囲の風を操作して高速で少女に肉薄すると。


「――ッ!?」


 驚く少女の脇腹に、今度こそ回し蹴りを見舞った。


 彼女の脇腹から、ミシミシと嫌な音が響く。


 強い異能を操るとはいえ、身体は鍛えているわけでもない一般人の少女。


 優れた体術を誇る愛示の蹴りを食らって無事なわけはない。

 そのまま吹き飛ばされて地面を転がった。


 これで勝敗はついた。


 だが。


「愛示! そのまま彼女を捕まえて空中へ飛べ!」


 まだ安心はできない。


 何故なら、彼女が地面へ逃れるというこちらから干渉できない退避手段を持っていることは確認済みなのだから。


 "地面"から引き離さないことには逃げられる可能性が依然高いままだ。


 しかし、少女のほうが一瞬早かった。


 愛示が少女の体に触れる寸前というところで地面の中へと溶け込み、周囲から完全に姿を消したのだった。


「……くっ!」


 悔しそうな声を上げる愛示。

 真人も同じように苦い表情を浮かべる。


 だが捕捉できない以上、退くしかない。


 多少、戦いで公共物の損壊が出てしまうことは職務の性質上認められているが、さすがにこの辺り一帯の地面を掘り返して少女を探すわけにも行かないのだから。


「対策局へ連絡してあの子の情報を照合してもらいましょう、先輩」

 苦い表情を浮かべながらも次の一手を提案する愛示。


「ああ、そうだな。あの子の特定は急務だ。だけど——」


「まずはこの人に事情を聞かなければいけないな」

 真人は先ほど少女に命を狙われていまだにびくびく震えている男性に目をやる。


 まだ怯えているのかと、ため息をつこうとしたが男性の視線の先———地面を見て息を呑む。


 そこには。


『お ま え を ぜ っ た い コ ロ す』


 と、砂で書かれていたのだった。


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