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そして、世界は零になる。 -離解者・異能捜査譚-  作者: 園崎真遠
第一章 そっと心に寄り添うということ
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嵐の前の静けさ ①


「はぁ~……幸せぇ~」

 こんがり焼かれ、ナイフを差し込むたびにジュワっと肉汁が溢れる高級ステーキを頬張りながら愛示はうめく。


 先ほどのショッピングモールでの捜査に書類の作成といった業務を終え、真人たちは夕食を摂りに、ちょっとした高いお店へやってきていた。


 対策局から少し南に位置する高級肉料理店『牛王亭(ぎゅうおうてい)』。


 普段ならまず行かない類の店であるが、今日はショッピングモールでの『罰』とやらでおごらされていたのだ。


 今回は食べ放題のコースをおごらされているのだが、やはり上等な肉を仕入れているとのことでけっこうな料金だ。


 しかし、先月にオープンしたばかりということで今は集客力アップに力を入れていて、割引やらクーポンが豊富で想定以上の出費にならなさそうなのが唯一の救いといったところだろうか。


 それに、値段に見合うパフォーマンスは確かだ。


 ナイフで切り取ったステーキを頬張る真人。


 いい肉は口に入れると融けるような味わいがあるというが、ここの肉はまさにそれだ。

 これほどの高級肉を好きなだけ食べることができる。


 普通であれば愛示のように笑みを浮かべるのが当然のはずだが、真人は神妙な面持ちでステーキを口に運んでいた。


 とても重大な"懸念"を感じていたからだ。


 というのも。


「……こんなうまいもん食ってると、日常の生活が心配になるな」


 "舌が肥える"のを恐れているのだ。


 普段、500円程度の定食ばかり食べている俺は、『勘違いするな、今日だけなんだぞ!』と自分の舌を肥えさせないよう暗示をかけながら食べていた。


 そんな真人を見て、呆れた視線を向ける愛示。

「先輩は貧乏性ですねぇ。大きな買い物をすると残高に関わらず、痙攣起こしちゃう病の人ですか? 仮にも三等捜査官なんだから、そこそこ良いお給料出てるでしょうし気にしなくていいんじゃないです?」


 そう。最高位である一等捜査官には及ばないが、真人の階級である三等捜査官も上から数えたほうが早い階級。 

 通常の給料に加え、場合によっては小規模作戦の指揮を任されることもあり、それに伴って手当のお金もたくさん入る。


 故に、それなりに稼ぎは多い。


 なので、ここの料理は高いといっても真人にとってはいちいち目くじらを立てるほどのことではないはずなのだ。


 しかし。


「金額じゃなくて……俺は自分の信条に基づいて、最も適した生活を送りたいんだよ」


 真人にとって"信条"に反する行為なのだ。


 彼の生命活動に著しい影響を与えかねない、由々しき事態であると大袈裟に認識していたのだ。


 すると。珍しく改まった様子で言葉を紡ぐ真人に感化され「……というと?」と、神妙な表情で聞き返す愛示。


 もしかすると。真人は何かしらの宗教に入信していて、その教義に反するものなのかなど、デリケートなことを考えているかもしれない。


 というか。実際、そのように考えていた。


(先輩は何かの信者だった? でも高いものがダメなんて戒律は聞いたことない……。それに胡散臭い。反社会的な新興宗教?)

(場合によっては私がその本拠地に殴り込んで立件する必要があるかもしれない……)

(もし、そうなら。先輩のためだ、時機を見て躊躇せず断行しよう)


 ここまでの思考を一息に構築する愛示。


 少々、大げさかもしれないが。内心では先輩を大事に思っている証でもあった。


 徐々に真剣みを増していく愛示の表情。


 それと同時に焦りを募らせていく真人。


 彼は彼女がシリアスな方面に勘違いしていっていることを察したのだ。


 こんなに真剣な表情で考えてくれている愛示に「高いものは舌が肥えるからやーだよ♪」なんて言えるわけがないじゃないか……。


 そう心のなかで自暴自棄気味に呟く真人であるが。これから罵倒されることを確信しながらも、既に退路はないこともわかっていた。


 今更、「何でもない」と誤魔化すことはできない。

 自分が言葉を濁すことで愛示に妙な心配をかけることはできないのだから。


 ゆえに。もうどうしようもない。

 なるようになれと、玉砕覚悟で口を開く。


「……俺にとっては、ほどほどの値段でそこそこに美味しい食べ物こそが最適解なんだよ」


「良すぎる物を食いすぎると舌が肥える。舌が肥えると安物を食う度にいちいち不満を感じる」

「その不満を解消するために良い物を食べたくなる欲求が高まる」


「欲求に従って良い物……つまりは高い物を買って食う。更に舌が肥える」

「このサイクルを繰り返す度にどんどん食費という固定の出費が増えていく」


「そら……非効率だろ?」


 内心震えながらもしたり顔で述べ終えると。『さぁ、愛示ちゃん。好きなようにしてくれ』と諦観した様子で話しのバトンを渡す真人。


 そして予想通りというべきか。

 『小難しいことまで考えちゃったじゃねえか』と怒りを露わにしている愛示ちゃんがいた。


「……えーと。先輩? とりあえず5~6発くらい顔面パンチしますね」


 『してもいいですか』ではなく『しますね』。

 普段、形だけでも同意を得ようとする愛示が有無を言わさぬ決定をする時点で、並々ならぬフラストレーションを蓄積していることは明らかだった。


 ゆえに、もはや止めることのできない暴力を前にした真人は。


「や……やさしくして……?」


 媚びるような声を愛示に向けて発し、次の瞬間、高速の5連パンチを顔面に受け取った。


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