noise in minority
違う違う違うこの世界で何が違う。
今日の話題が違う。今日の夕食も違う。明日の朝食だって違うはず、何一つとして同じものは存在しないはずなのに、なぜ協調や共感やら上っ面だけを求めようとする?
どっかで聴いたような言葉ばかりを並べ奉って、現状に捕縛されてるだけの人生か?
他人の影響を受けて、好きな物が好きでなくなってしまう必要がどこにある?
――好きなゲームのコンテンツがインターネット上で酷評されてるのを見た。イヤんなった。もう寝る。
クソムカついたのでもう一回携帯で感想サイトにアクセスし、好きなコンテンツがボロクソにけなされているのを見た。中には擁護するようなコメントもあったが、六割以上が中身のない薄っぺらにぺらっぺらを重ねてもなお一枚の紙より薄いような明らかに他人に影響されたようなコメントで埋まっていた。
ありったけの罵詈雑言をかき集め、批判的なコメント全部に貼り付けてやろうかとも考えたが、こんなくそったれ共に脳のリソースを使ってやる必要はないと思い、とっとと床に入ることにした。
床に入って目をつぶってもなお、ムカッ腹で湯が沸かせるほどに腹が立ってしょうがない。
眼がぎらつく。ただ単純に眠れないというのであれば、すきっ腹にハーブティーでも流し込んでぐっすり眠れるというものだが、その腹が煮えくり返っていたら、どうしようもない手遅れである。
全くもって人をイライラさせるのが上手い連中の事を考える時点で敗北しているという考えがあるが、勝利条件が他人の意見のコピー&ペーストで相手の意見を封殺する事というのであれば、そんなもので手に入れた勝利に価値はない。
夏場の夜のように焼けつく脳を心で制御しながら、ゆっくりと眠りにつく。
「ちょっとォ、また目つき悪子になってんじゃん。嫌なものでも見た?」
「……見た」
呆れ顔で話しかけてくる友人(とこっちが勝手に思っているだけなのかもしれない)を尻目に、嫌いなものにコメントを付ける連中に思いを馳せる。
何を以てそのコンテンツが嫌いになったのか、なぜ嫌いなコンテンツに未練がましく批判的なコメントを残すのか、というような事を考えながら、表層的な知識を得る時間が過ぎるのを待つ。
「あたしオムライスにするけど、裕子は?」
「……カレーうどん」
「またカレーうどん? そんなにカレーうどんばっかり食べてるとカレーうどん人間になっちゃうよ?」
「うるせ~、そっちこそオムライス人間になっちまえ」
カレーという底の見えない汚泥の中に無実のうどんを投げ込んだ学食のカレーうどんが、私はどうしようもなく好きだ。
ゆるくないライス用のカレーをそのままうどんにかけたような雑多な感触が、いかにも食べている感を出させてくれる。
同年代はダイエットと言っていかにも効きそうなノンカロリーと称した物を食べてばかりいるが、食いたい物食って痩せるべき時に痩せるのが健康にいいに決まってる。
カレーうどん中毒者が健康などと言えた義理ではないが。
学校から家に帰り、パソコンを立ち上げて好きなコンテンツの更新情報・掲示板・SNSを追う。
最近の学生はパソコンを持たない――と断言されているらしいが、絶対に嘘に決まっている。嘘であってくれ。バイト代で十万の携帯じゃなくて六万のパソコンを買った私を物好きにしないでくれ。
何はともあれ、この時間こそが自分にとって最も幸福な時間の一つであり、誰にも邪魔されないゆったりとした時間であった。
――邪魔が入ってた。
キーボードを叩く手が滑って死ねの一言を送付しそうになったものの、このインターネット超監視社会で迂闊に足跡を付ければ待っているのは監獄であるため、未開封のスポーツドリンクを怒りのままに開封し、半分ほど飲み干して頭を冷やした。
『どうしてやりもしないのに批判するのか? 実装されてみなければ分からないのでは?』
怒りの代わりについ飛び出してしまった言葉を目にしながら、新たなメッセージが追加されるのを心臓を鳴らして待つ。
『信者か?』
死ね――と書き込んで送信しようとしていたカーソルを、即座に止めた。
そこらのホームページのチャットボットでもまだマシな返答を返すぞ?
本気の本気でキレ散らかしそうになった瞬間、メッセージアプリから連絡が来た。
『次のアップデートどう?』
『やってみないと分からん。またアンチコメ見ちゃった』
ゲームを介して知り合った友人――後に同じ学校で知り合う事になった――からのメッセージであった。
『上澄みに出てきたのならまだ分かんないでもないけどさあ、批判的な所行って臭い臭いって言うのそろそろやめた方がいいよ。いずれ同類になるから』
『ためになるなあ』
『漏れ出して来たのを見たファンがアンチになる過程だいぶ見てきたから』
『最後の人類みたいな事言わないで』
『誰が何を言おうとな、自分が好きだったらそれでいいんだよ』
『それに尽きるか』
『森羅万象これに尽きる。アンチの意見に左右されるような意思でコンテンツを応援してきたつもりか? 違うよな?』
『違うなあ』
『だろう? そりゃあ参考になるアンチのコメントもあるかもしれないけど、大抵のアンチは他人の袴で相撲を取ってるだけだ。自分の意思も持てないような連中に影響される事はない』
このような単純な事に気づかなかったのは、己の眼が曇っていたからかもしれない。
という事を考えながら、今日も床に入っていくのであった。