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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
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考えなければならないことが、山積していた。十三年後に戻れれば一番いいのだが、何故高校時代に飛ばされたのか、原因がわからない。飛ばされる前の夜には、あまり経験をしたことのない頭の重さを感じたが、それは原因ではないだろう。何かほかに原因があり、頭の重さはそれに対する体の反応だったのではないだろうか。

それよりも、今の生活をどう切り抜けていくかが差し迫った問題だった。今は高校三年生の九月下旬で、受験を目前にした時期だ。一度学習したことがある内容だとはいえ、やはり十三年間のブランクは大きく、このまま受験をして母校の大学に合格できるとは思えない。試験問題を覚えていればいいのだろうが、さすがに十年以上も前のことだ。全く今は思い出せない。実際に問題に取り組んだときには一度やったことのある問題だということを思い出せるかも知れないが、それではもう手遅れだ。

それに、人間関係も大きく変わっている。卓也とは以前も友達だったが、今は自分が教えを乞う立場になっている。祥子と付き合っているのは以前と同じだが、瑞穂がグループに加わっている。なぜ、こんなに自分の知っている過去と違うのか。徹は、頭を抱えたくなる自分を抑えながら、急行に乗り込む。とにかく今は、そのグループがどういう人間関係になっているかを理解すべきだ。そのためにも、これから行く食事とカラオケで、状況を確かめなければ。

それともう一つ、差し迫った問題がある。結局昨日は、煙草を一本も吸うことができなかった。禁断症状のようなものは出ていないが、何とか入手しないと。日に一箱以上吸っていた徹にとって、煙草はなくてはならないものだ。

電車は、待ち合わせ場所のある駅に滑り込んだ。扉を開けてホームに降りた徹は、まずサングラスを掛ける。誰かに見つかるリスクはあるが、どうしても煙草を入手しなければならない。そのためには、知り合いにできるだけ見つからないよう顔を隠す必要があった。確か、こちらの出口の階段を降りたところに自動販売機があったはずだ。徹は無意識のうちに早足になり、階段を駆け降りた。

あった、自動販売機だ。十三年後は自動販売機で煙草を購入するには身分証明のICカードが必要なのだが、二〇〇三年の今はその制度の発効前だ。このままお金を入れれば買えるはず。

「おっ、安い」

徹は思わず呟いた。280円。一三年後は460円だったので、180円も安いのだ。これなら、高校生でも買えてしまうだろう。現に今、徹が買おうとしているように。逆に言うと、ものすごい勢いで値上がりした商品だということもできる。徹はコインを投入して、お気に入りの銘柄のボタンを押す。待ち合わせまでまだ時間はある。喫煙コーナーはこの先にあったはずだ。早速、一服しよう。

喫煙コーナーは、駅前の広場の一角にあった。背の高い植物が植えられたプランターで仕切られている。この位置は、一三年後も変わらない。徹は先ほど買った煙草を取り出すと、火をつけようとしてライターを持っていないことに気づいた。

「すみませんが、火を貸してもらえませんか」

隣の三〇代位の男性に声を掛ける。男性は何も言わず、ライターを取り出して徹の煙草に火をつけてくれた。喫煙コーナーで火を借りようとして、断られることはまずない。ちゃんと定められた場所で煙草を吸うマナーのある人は、喫煙者同士のマナーもできているものだ。

…うわっ。

頭がクラクラして、思わず座り込む。以前、徹が初めて煙草を吸ったのは、大学に入ってからのことだった。その時も、強烈なめまいと体が押さえつけられる感覚に見舞われた。高校生のこの体にとっては、あの時と同じように初めて摂取するニコチンだ。こうなるのも無理はない。

長い時間をかけて、漸く徹は一本の煙草を吸い終えた。もう一本吸うかどうか考えたが、連続で吸っては気分が悪くなりそうだった。それに、ライターも持っていない。コンビニにライターを買いに行くことを決めて、徹は喫煙コーナーを出た。


「徹!」

聞きなれた声。そこには、卓也の怒りに燃えた顔があった。どうやら、目撃されたらしい。現場を抑えられては、言い訳はできない。それに、物的証拠もポケットの中には入っている。

「なんで煙草なんか吸ってるんだよ」

「ちょっと好奇心でな」

もう、開き直るしかない。

「僕だったから良かったものの、学校の先生か誰かに見つかったら停学だぞ」

「そうだな。気を付けるよ」

「気を付けるってお前、いつも吸っているのか?」

「いや、初めてだ。吸ってみて、これは体に毒だなって思った」

偽らざる実感である。それに、この体で煙草を吸うのは初めてだというのも嘘ではない。

「本当か。それじゃ、今すぐ持っている煙草を捨ててくれ」

「ああ、そうする」

勿体ないが、仕方ない。もしまた吸いたくなったら、また買えばいい。ライターも忘れずに。

「受験前にこんなバカなことをして。何の得にもならないだろう?」

卓也の怒りは、収まってきたらしい。少し優しい口調になった。

「そうだな、反省してる」

徹はそう言うと、コンビニ前のゴミ箱にさっき買ったばかりの煙草を捨てた。

「少し早いけど、待ち合わせ場所に行こうか」

煙草をゴミ箱に捨てたのを確認すると、卓也は安心したらしい。徹を促し、駅の反対側へ通じる通路へと歩き出した。いい奴だなと、徹は思う。自分の知っている卓也とは、少し違うような気もするが。


駅の反対側の噴水の前では、もう祥子と瑞穂が待っていた。二人を見つけて、祥子が大きく手を振る。

「早いね。まだ十五分前だよ?」

卓也は時計を確かめ、自分らが遅れていないことを確認している。

「瑞穂が買い物に行きたいって言うので、今まで駅前モールにいたの」

そう言えば、二人とも紙袋を一つずつ持っている。

「何を買ったんだ?」

徹は、何気なしに紙袋を覗こうとする。

「女の子の買ったものを勝手に覗いちゃダメ!」

祥子は慌てて紙袋を持った手を後ろに隠すと、非難の目を向けてきた。

「ごめん、ごめん。別に悪気があるわけじゃないんだ」

徹は弁明する。あまり隠されると、妄想がふくらむのだが。

「それより、どこでお昼を食べる? あまり小遣いの余裕がないんだけど」

卓也は見栄を張らないタイプだ。それは変わらないなと徹は思う。自分もそのほうが助かる。

「駅前のイタリアンの店にする? あそこ安いでしょ」

確かに、祥子の言うようにあの店は安い。300円台のメニューも結構あるので、学生などの若い層に人気がある。

「ちょっと、いいかな?」

瑞穂が口を挟む。

「あまり時間もないので、カラオケの店で食べちゃえばいいんじゃないかな」

「うん、それがいいね」

卓也も同調する。

「それじゃ、決まりだな」

「じゃあ、混んでるかもしれないし、すぐに行こうよ」

祥子は、早くも先頭を切って歩き出した。


ピザに焼きそば、カレー。どうしても、カラオケボックスでの食事メニューは、こういうものが主体になる。ドリンクが飲み放題というのが良いところだが、アルコール類が飲めないのが惜しいと徹は思った。未成年というのは不便なものだ。

インターホンで瑞穂が注文をしてくれている間、祥子は早くも一曲目を選曲して歌い始めた。十人以上いる女子アイドルグループの歌だ。卓也は、選曲の機械とにらめっこをしている。徹も祥子が使っていた機械を手元に引き寄せて、何を歌うか決めることにした。

新曲のボタンを押して、徹は思わず笑ってしまった。随分前に()()った曲ばかりが並んでいる。中には全然知らない曲もあるが、それほどヒットしなかったので記憶に残っていないのだろう。十三年後にはビッグアーティストと呼ばれるグループのデビュー曲もある。…高校生と言えば、アニソンだろう。徹は新曲の中からアニメの主題歌を選び、送信ボタンを押す。確か大学時代には続編を放映していた人気のアニメだ。

祥子の歌が終わった。90点以上の得点が表示され、大いに盛り上がる。次は徹の番だったが、記憶を辿りながら歌ったのであまり得点が伸びず、70点台に終わった。

「珍しいね、徹が70点台だなんて」

卓也が慰めるように言う。

「仕方ないよ。あまり覚えてなくて、思い出しながら歌ったんだから」

「でもこのアニメ、すごく好きだってこの前言ってたでしょ?」

祥子が不思議そうに尋ねる。そうだった。この頃はこのアニメが好きで、結構ハマっていたのだ。

「ブルーレイレコーダーが録画したものを見てるから、主題歌のところは飛ばすんだよ」

何とか言い訳をする。

「えーっ、徹の家にはもうブルーレイがあるの? まだすごく高いでしょ?」

祥子はびっくりして食いつく。…しまった。ブルーレイが一般家庭に普及するのはもっと後だったか。

「ごめん、嘘です。この前雑誌で見て、これがあったらなと妄想していたから。DVDで録画したのを見てるんだ」

何とか言い訳をする。

「なんだ、そうなのか。ブルーレイがあるのなら、見せてもらおうと思ったのに」

祥子はちょっと残念そうだ。

「ははは。もしも買ったら、一番先に祥子に見せるよ」

徹は吹き出した汗をハンカチで拭いながら答える。これが冷や汗というものだろう。これからはもっと慎重にならなければ。ふと見ると、卓也が何か言いたそうにこちらをずっと見ていた。


卓也の歌が始まり、その間に食事が届いた。徹は救われた気分になり、オレンジジュースを飲み干してひと息つく。祥子にドリンクバーに行ってくると告げると、席を立った。

ドリンクバーは下の階にあった。氷を入れて、コーラを入れる。コップから溢れ出しそうになるのを慌てて飲む。

「コーラを入れてから氷を入れればいいのに」と、瑞穂が声を掛けて来た。

「あれ、高橋さんももう飲んじゃったの?」

「何だか喉が渇いて。あ、そうそう、竹内君の連絡先、教えてくれないかな? まだ聞いてなくて」

「うん、いいけど。まだ交換してなかったっけ」

徹の記憶は十三年後の自分の記憶だ。この状況がどうなっているのか、全くわからない。

「さっき確認したんだけど、そうみたい。お願いしてもいいかな」

二人は、赤外線で連絡先を交換する。飛ばされる前はスマートフォンが主流で徹もそれを愛用していたが、この時代はまだガラケーしかないようだ。以前使っていたものなので、使い方はよくわかっている。

「有難う。何だか、トイレに行きたくなっちゃった。先に戻っておいてくれる?」

「わかった。先に食べててもいいかな」

「うん、もちろん」と言って、瑞穂は階段を駆け上がっていった。


徹がコーラを持って帰ってきた。卓也は、焼きそばを食べる箸を置いて席を譲った。確かめなければならないことがある。昨日の勉強法の質問、今日の煙草、そしてブルーレイ。もしかしたら、徹は自分と同じような境遇にあるのではないだろうか。

しかし、先週までの徹は、卓也が知っている記憶通りの徹だった。違和感を感じているのは、昨日からだ。卓也が高校時代に飛ばされてきたのは昨年の十二月。同じ境遇にあるのだとしても、かなりの時差がある。

「さっき徹が歌ってたアニメ、僕も好きだよ」

このアニメは一か月ほど前に放映が始まったばかり。原作はまだ連載中で終わっていない。確かめるにはちょうどいい。

「おお、そうか。やっぱり俺たち、波長が合うよな」

「だね。徹はどのキャラが好きなの?」

「やっぱり主人公の兄弟だな。あんな能力を俺も持ってたら、色んなことができるのに」

…無難な線で来たな。それならば。

「でも、やっぱりアニメは可愛い女の子に目が行くよね。僕はあの子がいいな。あの、別の国から来た…なんだっけ?」

「メイちゃんだろ? 可愛いよな、確かに」

…引っかかった! メイはまだ連載中の漫画にも登場していないはず。これを知っているのは、未来から来た証拠だ。

「そうじゃないよ。リンちゃんだよ。メイって誰?」

「あっ、違った。それは別のアニメだった。そうそう、リン。リンも可愛いな」

徹は汗を拭きながら、必死でごまかしている。この辺で勘弁してやろう。未来から来た者同士。しかも友人で仲間だ。今後協力していければ心強い。ちょうど瑞穂も帰ってきた。食事が済んだら、みんなで歌える曲を歌おう。


「えーっと、ここで私たちから、お二人にプレゼントがありまぁす!」

食事のあと、マイクを持った祥子が突然言い出した。徹と卓也は、顔を見合わせる。プレゼントなんて、全く予想していなかった。

「はい、徹はこれ。浅野君はこっちね」

A5サイズほどの包みだ。

「俺たち、何も用意してないんだけど」

徹は、恐縮しながら祥子からその包みを受け取る。卓也も戸惑いながら、同様に瑞穂から受け取っている。

「ああ、いいのいいの。私たちの分も入ってるから」

「どういうこと?」

卓也は意味がよく呑み込めていないようだ。もちろん、徹にも意味はわからない。

「開けたらわかりますよ」

瑞穂が言うので、二人は包みを丁寧に開けてみた。そこには、来年のスケジュール帳が入っていた。しかも、二冊ずつ。

「あなたたちの分には、もう私たちの志望校の受験日、合格発表日が書き込んであるから。一冊は私たちの分なので、二人の志望校の受験日、合格発表日を書いて、明日私たちに渡してね」

「なるほど、これはいいね。お互いに応援できるし。目標が明確になっていいや」

卓也は感心しきりだ。

「これって、さっき買ったんじゃないのかな。いつ自分たちの予定を書いたんだ?」

徹は疑問に思ったことを聞いてみる。

「このプレゼントは、昨日瑞穂が思いついたの。で、私たちのスケジュールをメモして持ち寄って、一時間前に待ち合わせをして買いに行ったの。そのあと、集合場所で座って書き入れたってわけ」

「そっか。計画的なサプライズだな」

「でもこれ、徹の受験についてはまだ書かれてないよね。男同士は受験スケジュールがわからないんじゃ。それに、君たちもどちらかのスケジュールしかわからなくなる」

スケジュール帳に見入っていた卓也が質問をする。

「そうですね。なので、二人でスケジュールを書き込んでから交換して、私たちのスケジュールにも二人の予定が書き込んである状態にして明日持ってきて下さい」

瑞穂が説明する。なるほど、それなら全員の予定がわかることになる。

「了解。でも、明日君たちに完成版を渡すのなら、俺と卓也は今日交換しなくちゃならないな。この後の予定はどうだったっけ?」

徹は、このあと祥子に勉強を教えることになっているのを思い出しながら言った。

「じゃあ、浅野君も私ん()においでよ。受験日は私のパソコンで調べられるし」

祥子は卓也に言う。

「えっ、お邪魔じゃないのかな?」

「もちろん。徹だけじゃなくて浅野君にも教えてもらったら、わからないところ全部なくなりそうだし」

「なんか祥子だけずるいな。家庭教師の先生より、ずっとそっちのほうが良さそう」

瑞穂がむくれている。

「いやいや、僕はスケジュール帳を完成させたら、すぐに退散するよ。やっぱり、邪魔しちゃ悪い」

卓也は手を大袈裟に振りながら、祥子の家庭教師になることを遠慮する。

「いや、卓也。俺にも苦手なところはあるし、いてくれると助かるんだが」

…と言うより、今は自分が教えてほしいんだがと徹は思う。昨日の授業のことを考えれば、祥子の家庭教師が務まるかどうか、非常に怪しい。卓也がいてくれれば、随分助かるだろう。

「そういうことなら。でも、あまり長居はしないよ?」

「俺だって長居はしないさ。夕飯までご馳走になるなんてことはしたくないから」

「じゃあ、決まりね。今はまだ時間があるから、みんなでカラオケを楽しみましょう」

祥子はそう言うと、徹の分まで曲を予約し始めた。それを見て、徹は内心ほっとしていた。さっきの曲のようなことが起こらないよう、自分が歌う曲は祥子が決めてくれたほうがいい。

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