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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
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三年一組の教室。新学期が始まって、心なしかクラス内はざわざわしている。登校時に体育館前の掲示板にクラス分けが張り出されていた。初めて同じクラスになる者、二年から引き続き同じクラスの者。卓也には、誰と同じクラスになるかは予め分かっていたが、それでも一つだけ心待ちにしていることがあった。片瀬清美。彼女とは高校三年間で一年間だけ同じクラスになった。それがこの三年一組なのだ。

黒板に書かれている席順を確認して、卓也は窓際の一番後ろの席に座る。横は、片瀬清美。嬉しいことなのだが、あまり卓也の記憶にはなかった。ずっと親しくできていたわけではない。それで良く覚えてないのか。


卓也が清美を知ったのは、一年のときの文化祭。清美のクラスは、メイド喫茶をやっていた。クラスメイトと四人でそこを訪れた卓也は、一人の女子生徒に目が釘付けになった。黒いまっすぐな髪。控えめではあるが、テキパキした仕草。

「お前、どの子が好みだ?」

「俺は断然あの子」

「俺もだな。高橋瑞穂。みんなそうだろ?」

卓也の目を釘付けにした黒髪の少女ではなく、にわかメイドの中にひときわ目を引く女子生徒がいる。幾つものテーブルを回り、オーダーを伝票に書き込んでいる。

「二年や三年の男子も、目をつけているっていう噂だぜ。この前、サッカー部の主将が告白したらしいけど、振られたって話」

「へぇ、あの先輩を振るなんて勇気があるな。もう相手がいるのかな?」

「それが、俺が調べたところでは、いないらしい」

「調べたって、どうやって?」

「そりゃ、本人に聞いたのさ」

「告白して振られたんじゃないのか?」

「いやいや、そんな勇気はないよ。雑談の中でいないって確信したのさ」

「どうだか」

卓也を除く三人は、瑞穂の話で持ち切りだ。

「浅野はどうなんだよ?」

一人が卓也に声をかける。目の端で清美を追っていた卓也は、あわてて目を逸らし、三人に相槌を打つ。

「そりゃ、僕も同じさ」

「だよな。誰が彼女にするか楽しみだ」

その時、一人の女子生徒が注文票を持って、卓也たちのテーブルの前に立った。

「ご注文は? 瑞穂じゃなくて申し訳ないけど、私も仕事しなきゃだから」

「あ、俺はアイスコーヒー」

「俺も」

「俺はオレンジジュースでいいかな」

卓也は、アイスミルクティーを注文する。

「有難うございます。ねぇ、瑞穂ほどじゃないかもだけど、私だってちょっと可愛いでしょ?」

その女子生徒は、メイド服のスカートの裾を手でつまみ、くるっと一回転する。

「うん、もちろんだよ。可愛い」

一人が、間髪入れず返事をする。確かに整った顔立ちであり、スタイルもいい。可愛いというよりは美人に分類されるタイプだが。

「菊池祥子だよ。彼氏募集中だし、覚えておいてね」

そう彼女は言って軽く頭を下げると、スカートの裾をひらめかせながらカウンターの奥へと消えていった。

「あの子もいいな」

先ほど彼女を可愛いと言った一人がつぶやく。それから三人は、瑞穂と祥子のどちらがいいかを言い合い始めた。卓也は、どちらの主張にも相槌を打つ。よく知りもしないのに、その人の良さなんて、わかるのだろうか。

その時、卓也がずっと目で追い続けてきたメイドが、テーブルに飲み物を持ってきた。それぞれの注文を確認しながら、テキパキとコースターを配り、飲み物を置いていく。三人は、意中のメイドではないので、どちらがいいかの話に夢中だ。

「ごゆっくりしていって下さいね」

思わず見とれていた卓也に向かって少し微笑むと、まだオーダーした飲み物が届いていないテーブルをみつけ、彼女は足早に去っていった。

と、瑞穂派の一人が卓也の視線に気づき、声を掛ける。

「あの子は片瀬清美さん。お前のタイプはあの子か?」

「いやいや、そうじゃないよ。あまり目立たないけど、頑張ってるなって」

「確かに、家庭的な雰囲気の子だよな。ちょっと控えめなところが、またいい」

「お前は評論家かよ。よく知りもしないのに、どの子がいいかなんて、僕にはわからないよ」

「そういうのは、付き合ってみれば自然とわかるもんだろ? 第一印象が大事なんだよ」

「そういうものかな」

「そうだって」

確かに、第一印象というものは大切なものかも知れない。現に卓也は、清美のことが気になっている。しかし、やはりどういう人なのかを知らなければ、その良さは本当にわからないのではないか。そう思いながら、相変わらず卓也の目は清美を追いかけていた。


その清美が今、隣の席にいる。以前の自分は、どういう人なのかがわからなければという変な思い込みのようなものがあり、清美とも言葉は交わすものの友人とも呼べない間柄だった。

大学生だった自分から飛ばされて数か月。本屋で声を掛けられたあの日は今の清美の中には存在していないが、卓也の中ではその思い出が日に日に大きくなっていた。携帯電話には清美の電話番号。しかし、一度もそれを使うことはなかった。卓也が知っているはずはないのだから。

「よっ。また同じクラスだな」

卓也の前に座った徹が、後ろを向いて声を掛ける。

「うん、よろしく」

卓也も応じる。勉強ではライバルとでも言うべき位置関係にある二人だが、相性は決して悪くはない。その時、菊池祥子が一番前の席から二人を見つけ、近寄ってきた。

「私も同じクラスよ。またよろしくね」

祥子も二年生で同じクラスだった。いつの間にか徹と祥子は付き合っているようだ。

「もちろん。おい、卓也。今度どこか一緒に遊びに行かないか。お前も誰か誘ってさ」

「いや、僕はいいよ」

本当は誘いたい人がすぐ横にいるのだが、今までほとんど接点がなかったはずだ。誘うのはあまりに唐突すぎるだろう。

「じゃあ、もう一人は私に任せておいて」

祥子はそう言うと、高瀬瑞穂の席に歩いていく。この二人は、一年からの友達らしい。

「瑞穂も行くって。日にちはいつにする?」

「そうだな。今度の日曜なら俺は大丈夫だけど、卓也はどうだ?」

何だか強引に決められた気がするが、ここで断るのもカドが立ってよくないだろう。

「うん、僕も大丈夫かな」

「じゃ、決まりだな。女子はどこに行きたいか考えておいてくれよ」

「わかった。瑞穂と相談しておくね」

祥子はニコっと微笑むと、卓也の隣の清美に手を振って自席に戻っていった。そう言えば清美も一年のときは、瑞穂や祥子と同じクラスだった。仲がいいのかどうかはわからないが、言葉ぐらいは交わす間柄なのだろう。

(でも待てよ…。)卓也はここで首をひねる。よく考えてみると、自分には四人でどこかへ遊びに行った記憶はない。確かにこのクラスのメンバー構成は記憶と同じだ。しかし、清美の座席が隣になったことはあったか? 徹の座席が自分の前になったことがあったか? 何かが影響して、以前卓也が経験したものとは違う時間が流れているのではないか?


「それはそうと、学年末試験はびっくりしたよ」

徹が話題を変える。

「学年二位だなんて、お前いつの間にそんなに成績が伸びたんだ?」

「徹だって八位だろ。そんなに変わらないじゃないか」

「俺は常に十位以内はキープしてるさ。でも、お前は急な伸びだろ。びっくりしたよ」

卓也の高校時代の成績は、だいたい二十位程度だった。十位以内の席次は大体いつも同じ面子で占められており、食い込めたことはない。しかし今は、高校三年間の学力は既にあり、それに加えて八か月以上の受験勉強の上積みがある。テスト問題も内容は詳しくは覚えていなかったが、一度解いた問題ばかりなのだ。結果が出ないはずはない。

それよりも卓也は、この一月に行われたセンター試験の問題を見たときに思わず興奮したことを思い出した。何度も何度も解いた問題。それがそのまま出ていたのだ。誰にもこのことを言うわけにはいかないが、次のセンター試験、つまり自分たちが受ける本番の試験の問題も分かっている。清美のお陰で、二十回以上もその問題を解くことができた。また、志望大学の前期試験・後期試験の問題もわかっている。何度も何度も解いてきて、頭にきちんと入っている。あとは高校の内申書を良くしておけば、受からないはずはない。

「今度遊びに行った帰りに、お前の家に寄ってもいいか?」

徹が続いて話しかける。

「どんな本で勉強しているのか、どんな勉強が効果的なのか教えてくれよ」

…そういうことか。卓也はここで納得する。学年末試験の成績が良かったことで、これまで以上に徹は卓也に興味を持ったのだ。そこで、遊びに行くことを口実に卓也を誘った。もちろん、遊びに行きたいのは本心だろうが、一石二鳥を狙ったわけだ。

「ああ、いいよ。参考になるかどうかはわからないけどね」

卓也は応じる。本当のことを話すわけにはいかないが、今持っている参考書を教えるぐらいは構わないだろう。

「席に着いて」

担任の松原先生が教室に入ってきて、騒がしい生徒たちに声を掛けた。卓也や徹にとっては、二年からの持ち上がりの先生だ。生徒たちは慌てて自分の席に着く。

「担任の松原だ。二年生の時から一緒だった者も何人かはいるな。君たちの大事な一年を任されることになった。力が及ぶかどうかわからないが、何でも相談に乗るぞ」と先生は自己紹介をすると、教室内を見回した。

「君たちももう三年生だ。泣いても笑っても、一年も経たずに受験という現実に向かい合うことになる。そこで、席順は成績を考慮した。前方に座っているのは、頑張りが必要な者たちだ。後方に座っているのは、今のところ成績が良い者たち。この席順は定期テストごとに変えるから、心して勉強に打ち込むように」

…なるほど、そうだった。と卓也は思い当たる。以前の卓也は後方ではあったが、一番後ろに座ったことはない。成績順であったからだ。それが、学年末の成績が良かったせいで、座席が変わったのだ。少しずつ状況が変わっている。人間を取り巻く環境の変化は、こういうような少しの要因で起こるのかも知れない。いらついているのか、徹は貧乏ゆすりを始めた。前方で祥子が頭を掻いているのが目に入った。

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