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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
25/25

二十五

二十五

卓也の家の最寄り駅。その駅前のコインパーキングに車を停めると、徹は息を大きく吐きだした。

雨は相変わらず降っている。ラジオで天気予報を聞いたが、この雨は明け方には止みそうだということだった。時刻は深夜0時を回っている。幾分小降りになったことが、徹は気になっていた。

清美からは一度、手術室に卓也が入ったという連絡があったが、それ以降電話は掛かってこない。

徹は、これまでのことを思い出していた。信頼しきった祥子の笑顔、控えめに徹と祥子を見守る瑞穂、そして新しい友人たちと旅行について目を輝かせて話す美由紀。いったい自分は、どうしたかったのか。

瑞穂の気持ちに気づかず、傷つけた。そしてそれが、卓也の命を奪うことに繋がってしまうかも知れない。まっすぐに使命を見つめて清美を守ると決めた卓也に引き換え、自分は何といい加減なのだ。

小降りになった雨が、また大粒となってフロントガラスを叩く。雨に当たってずぶ濡れになるには、今が一番良いかも知れない。徹は意を決して、ドアを開いた。そう、いずれにしてもやり直さなければならない。どうすれば良いのかはまだ分からないが、これは自分の望んだ過去、いや未来ではない。

大粒の雨。天からとめどなく降り注ぐ。徹は念を入れて、着こんでいたダウンジャケットを脱いで車の運転席に放り込む。冷たい雨。すぐに体の芯まで冷え込んでいく。

その時、胸ポケットの携帯電話が震えた。卓也の電話からだ。

「竹内君、片瀬です。卓也君、もう大丈夫です!」

医者の話だと、傷は深かったものの、幸いにも急所を外れており、命に別状はないそうだ。背骨や神経などの損傷もなく、数日で回復するらしい。

「そうか、良かった。安心したよ」

ふと徹は、このまま自分が再び過去に戻った後のこの時間がどう流れるのかを考えた。自分は再び目覚めることなく、意識不明の状態になってしまうのだろうか。それともちゃんと目覚めて、この時間軸は別の物語を紡いでいくのだろうか。

清美は、卓也の家に電話をしてくれたらしい。怪我の原因は、卓也が雪で足を滑らせ、鞄にしまってあった果物ナイフが外に飛び出してその上に転んだということにしたという。ちょっとあり得ない状況だが、病院へ向かう車の中で卓也と清美で話を作り上げたらしい。では、自分が浅野家の車を運転して戻ってきたのはどう説明すれば良いのか。

「なので、竹内君は急いでこっちに戻って下さい」

そう、やはりこんな状況で自分が卓也の車でこっちに来ているのは、辻褄が合わない。自分が卓也を刺し、逃走のために車を奪ったという見方もできる。

「わかった。多分、そちらに着くまでには2時間ぐらいはかかると思う。片瀬さんたちは少し休んで」

病院名を聞くと電話を切り、徹は運転席に戻った。カーナビで病院を検索する。雨に濡れたので過去に戻ることになるだろうが、そのあともこの時間軸は続くかも知れない。そのことを考えれば、ちゃんと病院に向かったほうが良いだろう。


深夜の高速道路。雨がフロントガラスを容赦なく叩く。

雨で冷え切った体を温めるために暖房を強めにしたが、そのせいか先ほどから眠気が襲ってきている。

……頭が重い。

以前、確かに感じたことのあるこの感覚。徹は、あの夜のことを思い出していた。あの時間軸が続いていたとしたら、ちゃんと自分は美由紀と仲直りをしただろうか。幸平は、運動会で一等賞を取っただろうか。

目的の高速のインターまであと20キロという標識が見えた。しかし、もう眠気は限界を超えようとしている。このまま眠ってしまえば、どうなるのだろう。事故を起こせば、もしかしたらこちらの時間軸の自分は死んでしまうかも知れない。しかし、その前に過去に飛ばされるのかも知れない。

過去に戻ることになったが、自分はいったい何をしたのだろう。何をすれば正解だったのか。これからまた過去に戻れば、正解を見つけられるのだろうか。

……頭が重い。

祥子が笑っている。瑞穂が泣いている。卓也が怒っている。美由紀がすねている。幸平が走ってくる…。

意識が遠のく中、徹は彼らに向かって言葉をかけた。

…お前たちは、過去よりも未来を掴め。

― 完 ―

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