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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
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二十四

二十四

大きめの余震が収まった。市街地に入ってすぐのところにあるホームセンターの広い駐車場で車を停め、地震をやり過ごした瑞穂は、携帯電話の着信記録から徹の携帯に電話を掛けた。しかし、繋がらない。部屋に差し込まれていた伝言メモによると、徹は8時過ぎに駅に着くということだった。とすれば、駅にはもう着いているだろう。

駅に向けての道を進もうと駐車場を出ようとしたとき、救急車と消防車が駅の方から現れ、けたたましいサイレンを鳴り響かせながら目の前を通り過ぎて行った。ホテルのある山道へ交差点を曲がって進入していく。救助活動に向かうのだろう。

その時、携帯電話が鞄の中で音楽を奏でた。サイドブレーキを引き、急いで電話を取り出して相手を確認する。徹だ。

「もしもし、竹内君?」

「やっと繋がった。高橋さん、無事なんだね」

「ええ、何とか。ホテルで竹内君からの伝言メモを見て、慌てて車に乗ったの。今は駅に向かう途中」

「そうか、良かった。祥子と中野さんは?」

「それが、私だけで迎えに出ちゃってて。無事だといいんだけど」

「わかった。俺はまだ、列車の中なんだ。地震のせいで停車していて、なかなか動かない。そっちの駅まではまだ時間がかかるかも知れない」

「私も駅までまだ時間がかかりそうだから、焦らずにそのまま乗ってて。駅で合流したら、二人で皆を探しましょう」

「そうだな。じゃあ、駅で合流しよう。まだ余震があるかも知れないから、気を付けて運転してくれよ」

「うん、じゃあ後で」

電話を切って鞄にしまう。目の前を今度はパトカーが通り過ぎ、交差点を曲がっていった。左右を確認し、駐車場を出る。駅まではあと20分位だろう。

「でも、おかしいよね」

思わず独り言が出る。8時過ぎには駅に到着しているはずの徹が、何故まだ列車に乗っているのか。何かのトラブルで列車が遅れたのだろうか。

「まぁ、いっか」

瑞穂はそう呟くと、アクセルを踏んだ。


瑞穂に電話が繋がった。車を運転して、迎えに来る最中だという。瑞穂が無事で少し安心したが、祥子と美由紀は一緒ではないという。徹は、不安に押し潰されそうになり、祥子の携帯番号をリダイヤルで押し続けた。しかし、相変わらず繋がらない。呼び出し音も鳴らないのだ。

今度は卓也の携帯番号に掛けてみる。すると、呼び出し音が鳴った。思わず立ち上がって、そのまま待つ。…なかなか出ない。それでも徹は、待ち続けた。卓也はホテルに着いているだろう。早く状況が知りたい。

「徹か?」

卓也の声。やっと繋がった。

「そうだ。ホテルにはもう着いているんだよな? 状況はどうだ? 祥子は? 美由紀は?」

思わずまくしたてる。

「ホテルは悲惨な状況だ。倒壊している。でも、誰かの爆破予告の電話のお陰で、避難できている人がほとんどのようだよ。徹だろ? 電話したの」

「そうか、良かった」

とっさの思い付きで爆破予告の電話をしたが、それがうまくいってくれたらしい。

「ちょっと待ってね」

そう卓也が言うと、ゴソゴソという受話器が何かに触れる音の後に、別の声が聞こえてきた。

「徹、祥子だよ。浅野君のお陰で、何とか無事です」

いつもの元気な声ではないが、確かに祥子だ。徹は胸を撫で下ろした。

「良かった、無事で」

「うん。ホテルの中に閉じ込められていたのを、浅野君に助けてもらったんだ。近くに来ていて、徹に私達がこのホテルにいることを聞いて寄ってくれたみたい。命の恩人だよ」

ホテルに行ったことを、卓也はそのように説明したらしい。確かに、三人がそのホテルにいることは、徹が知らせたのだが。

「そうか、卓也にちゃんとお礼言わなくちゃな。中野さんも無事なのか?」

「うん、清美が見つけてくれた。私より先に避難したから、無事だとは思ってたんだけど、顔を見たら涙が出て、抱き合っちゃった」

美由紀も無事だったらしい。これで一安心だ。

「でもね…」

突然、祥子が口ごもる。

「ん? どうした?」

「瑞穂が見つからないの。三人でお風呂に行ったんだけど、忘れ物をしたって言って部屋に戻ったきり。浅野君と清美に探してもらっているんだけど、まだ見つかってないの…」

「高橋さんなら、電話が掛かってきたよ。車でこっちに向かってくれている」

「えっ! ほんと? 無事なのね。そっちに向かうって、徹は今どこなの?」

「そっちのホテルに向かっている途中の列車の中だ。予定が空いたから合流したいと思って。祥子の携帯に電話を掛けたんだけど、出ないからホテルの人に伝言を頼んだんだ。その伝言を見て、高橋さんは車で迎えに来てくれているらしい」

「携帯、部屋の金庫に入れたまんまなんだ」

それで繋がらなかったのかと、徹は納得する。

「でも、それならそうと瑞穂も言ってくれればいいのに」

祥子は少し不満そうだ。

「黙って俺を連れて行って、びっくりさせようとしたんじゃないかな」

「そうか、そうかもね。心配して損しちゃった。でもやっぱり、無事で良かった。ちょっと待ってね」

祥子の「瑞穂も無事だって」という声が、電話越しに聞こえた。卓也の歓声が聞こえる。

しかし、徹は瑞穂の行動に何か引っ掛かりを感じていた。祥子たちを驚かすためでも、黙って自分を駅まで迎えに来るだろうか。駅までは車で40分近くもかかる。往復だと約1時間半。すぐに自分を連れていけるのならまだしも、1時間半も行方不明になれば、大騒ぎになるのは目に見えている。

電話越しに救急車や消防車のサイレンの音が聞こえてきた。やはり現場は騒然としているようだ。

「徹、ごめん。消防隊の人が話を聞きたいって。浅野君と代わるね」

「もしもし、みんな無事で良かったね」

「ああ、本当に。卓也と片瀬さんのお陰だな。感謝してるよ」

「徹の機転が皆を救ったんだ。僕たちだけじゃ、こうは行かなかったかも知れない。ところで、今はどこにいるんだ?」

「そっちの最寄り駅まであと3駅というところで、列車が止まってな。運転再開を待っているところだ。高橋さんが迎えに来てくれるから、そのうち合流するよ」

「わかった。高橋さんがいないって必死で探してたんだけど、無事で良かった。じゃあ、待ってるよ」

「ああ、後でな」

電話を切ると、徹は息を大きく吐いて座席に沈み込んだ。三人とも無事だということがわかって、力が抜けたのが自分でわかる。

「でも、やっぱり変だな…」

さっき感じた瑞穂の行動に対する引っ掛かりが、やはり頭から離れない。三人で風呂に入ろうとしているときに、何も告げずに祥子と美由紀を残して自分を迎えに来ることなど考えられるだろうか。

このスキー旅行に誘ったのは瑞穂だったという。そして、この地震。果たして偶然だろうか。徹は、ある考えが頭の中に浮かびかけたのを否定するために頭を横に振った。そんなことがあるわけがない。

その時、アナウンスが車内に流れ、軽い衝撃が伝わってきた。列車が運転を再開したのだ。徹は座席に背をもたれさせ、目をつぶって今までのことを回想し始めた。


祥子と美由紀は救急車で近くの病院に搬送された。怪我は大したことはないようだが、念のために病院で手当てをするという。パトカーも到着し、警察官がホテルの従業員に地震発生の際の様子を聞いているようだ。テレビの中継車も何台かやってきたようで、現場中継を始めている。卓也と清美は事情を聞かれるのを避け、車に乗り込んだ。非常ベルや爆破予告の電話について聞かれたら、事実を隠し通せる自信がない。

「病院に行く?」

清美が卓也に尋ねる。確かに二人は心配だが、怪我は大したことはないようだし、顔を見て無事を確認できた。

「いや、徹がこちらに向かっているようだし、駅に向かおう。高橋さんが向かってくれているようだけど、やはり二人の顔を見たいしね。合流してから、病院に行こう」

「そうね。高橋さんにもこちらの様子を知らせて、菊池さんと中野さんが無事だということを伝えてあげなくちゃ」

清美も同意する。卓也はカーナビをセットし、救急車や消防車の回転灯の赤い光が交差する中、ゆっくりと車を発進させた。

「卓也君が未来から来たって話、ちょっとだけ疑っていたけど本当のことなんだって実感しちゃった」

「うん。今まで色んなことがあったけど、こんなに大事件に関わることになるとは思わなかったよ」

「卓也君が知っているこの地震の被害は、どれ位のものだったの?」

「随分犠牲者が出てるっていうのを、ニュースで見たよ。このホテルが倒壊したっていう報道だった」

「じゃあ、私達がその犠牲になるはずだった人たちを救ったってこと?」

「そうだね。よくSFで歴史を変えてはならないっていうのがあるけれど、人の命を救うのはきっと悪いことじゃないと思う」

卓也には、清美を飛行機事故から救うという使命がある。そのことを強く意識しながら、卓也は答えた。

「そうよね。でも、あまり無茶をしないでね。卓也君が覚えている事故を全部防ごうとしたら、きっと卓也君も危ない目に遭うような気がするの」

「わかった。でも、僕が飛ばされたのはまさに今晩だから、これから起こることはもう何も知らないよ。心配なのは徹のほうかな。これから起こる12年間分の事件を、あいつは知ってる」

「そうなんだ。二人は別の日からこっちに来たのね。これから12年後かぁ。私がどうなっているか、ちょっと知りたいかも」

思わず卓也は、清美の顔を見る。

「危ないよ、卓也君。ちゃんと前を見て」

「ごめん」と言って、卓也は前を確認する。下り坂の山道で、しかも街灯はない。運転に集中しないと、事故を起こしかねない。12年後の飛行機事故のことは、もちろん言えるはずもないのだ。卓也が自分で防げばいい。ヘッドライトを上向きに変え、卓也は慎重に山道を下り始めた。


列車は漸く、ホテルの最寄り駅に到着した。列車を降り、階段を昇って改札口を出る。辺りを見回したが、瑞穂の姿はない。まだ到着していないようだ。周辺案内図を見ると、ホテルからの道は駅の東側のロータリーに通じているようだ。案内板を確認すると、徹は改札口から向かって左側にある階段を降り始めた。

階段を降り切ったその時、胸ポケットの携帯が震えた。卓也の携帯からだ。

「もしもし、竹内君? 片瀬です」

「あ、片瀬さんか。卓也からかと思ったよ」

「卓也君は今、運転中なので私が代わりに掛けてます。そちらにあと20分位で到着するので、待っててと言ってます」

「わかった。でも、高橋さんももうすぐ着く頃なんだけどな」

「ええ、でも菊池さんと中野さんが病院に今行っているので、合流して皆で一緒に病院に様子を見に行こうって話してて」

「病院? 怪我をしたのか?」

「いえ、大したことはないんです。でも念のためにということで、消防隊の人に病院に強制的に運ばれて行ったんです」

「なるほど、それなら大丈夫だね。わかった。高橋さんと合流したら、一緒に待ってるよ。そちらから来たら、駅前にロータリーがあるので、そこで待っていると伝えてくれないかな」

「はい、伝えます。じゃあ、後ほど」

徹が電話を切ったその時、1台の車がロータリーに進入してきて停車した。運転席から若い女性が降り立ち、徹に向かって手を振る。瑞穂だ。瑞穂は徹のところに走ってくると、白い息を吐きながら声を掛けた。

「ごめんなさい、待ったかな」

「いや、少し前に着いたばかりだよ」

「それなら良かった。祥子と美由紀が心配なの。一緒に行きましょう。あんなに大きい地震だったから、ホテルはもしかしたら…」

「倒壊しているかも知れないな」

「えっ、そんな…じゃあ、祥子と美由紀は…」

「無事だよ。さっき連絡があった」

徹は瑞穂の反応を窺いながら、事実を話した。

「えっ…そうなの…良かった!」

瑞穂は喜んでいるようだが、少しの間が徹は気になった。

「ところでさ、地震があったとき、高橋さんはどこにいたのかな? 大丈夫だった?」

「ホテルからの山道を下りたあたりで揺れを感じたので、近くのホームセンターの駐車場に入ったの。びっくりしちゃった」

「そうなんだ。運転中だったら、びっくりしただろうね。山道の途中でなくて良かった。ハンドルを取られでもしたら、危なかったかも」

「うん。駐車場に入ってから大きな余震が来たけど、それも怖かったな」

ここで徹は、思い切って気になっていることを尋ねた。

「でも、どうして俺を迎えにくる前に連絡をくれなかったんだ? 連絡がつかなくて心配したんだぞ」

「えっと…8時過ぎに駅に着くって伝言メモに書いてあったから慌てちゃって…」

「へぇ、風呂に入っている二人には何も言わずに?」

「それは、二人を驚かせようとしたの」

「ホテルからここまでは、往復で1時間半もかかるだろ。驚かせるどころか、心配させるだけじゃないか」

「…竹内君、私を責めてるの?」

「それを責めてるわけじゃない。高橋さんは、もしかしたら地震のことを知っていたんじゃないかって思ってな」

「え…何を…言ってるの?」

「今までのことをよく考えてみたんだ。受験前にカラオケの店に行ったとき、ドリンクバーで連絡先を交換したろ?」

「うん…」

「そのとき君は、『さっき確認したんだけど連絡先を交換してないみたい』って言った。まるで、それまでのことはどうなっているのかわからないって感じだった」

「……」

瑞穂は下を向き、黙っている。

「それにカラオケに行く前日に祥子と話しているとき、自分のスケジュールがよくわかっていないという口ぶりだった。そのときはそれほど不自然には思わなかったんだが、よく考えてみたらその理由がわかった。俺と同じ境遇だったからだ」

「……」

「未来から飛ばされてきたという同じ境遇だから、自分のスケジュールがわからなかったんだ」

長い沈黙。それが、徹の推測が当たっていることを暗示していた。

一台の車がロータリーに入ってきた。瑞穂は大きなため息をつくと、顔を上げて徹を見つめた。

「私もわかっていたわ。浅野君と竹内君が、私と同じように未来から飛ばされてきたってことを。以前にはなかった勉強会や竹内君と浅野君の親密すぎる関係、それに浅野君と片瀬さんの関係なんかを見ればね」

車から降りた卓也と清美が、二人の姿を認めて近寄ってきた。

「片瀬さんを助けようとしているのよね、浅野君」

卓也と清美を見ると、瑞穂は卓也にそう問いかけた。

「えっ?」

卓也は立ち止まり、状況が掴めず言葉を失っている。清美は、三人の顔を見比べ、ただならぬ雰囲気であることを感じたようだ。

「高橋さん、どうしたの?」

「あなたはいいわ、片瀬さん」

瑞穂は冷静さを失ったように、言葉を荒げる。

「浅野君に、事故に遭わないようにこれから守ってもらえるんだもの」

徹はさすがに慌てた。清美は、自分が将来事故に遭うことをまだ卓也から聞いていないだろう。

「高橋さん、そのことは…」

「それにひきかえ、竹内君。あなたのしていることはどうなの?」

「えっ…」

「祥子を自分の通う大学に合格させ、しかも美由紀とも仲良くなるなんて。彼女と将来の奥さんを、これからどうするつもりだったの?」

「それは…」

徹は、答えられずにいた。そう、自分でもどうしたらよいのかわからないままだったのだ。

「高橋さん」

口を開いたのは、清美だった。

「私はさっき、卓也君と竹内君が未来から来たってことを聞いたの」

瑞穂は清美の顔は見ずに、徹の顔を凝視している。

「卓也君が私を守るために何かをしてくれるつもりだってことは初めて聞いたけど、やっぱり嬉しい。きっと二人は、将来起こる何かから私達を守るのに一生懸命なんだと思う。それは今日、地震から菊池さんと中野さんを守ろうとしたことでよくわかったわ。高橋さんだって、竹内君や菊池さん、卓也君と一緒に頑張ってきたんでしょ? きっと何かを変えたくて」

長い沈黙。四人の間の時間が止まっているようだ。

「片瀬さん、あなたにはわからないわ」

瑞穂は漸くそう話すと、肩を震わせ始めた。

「ある日目覚めたら、高校生に戻っていた人の気持ち。目の前にずっと好きだった人がいて、毎日顔を合わせられる幸せ。そして、どうやっても自分のことを見てくれない、以前と同じ日々を過ごす悲しさ。あなたには、わかりっこないのよ」

徹は、瑞穂の訴えかける目を直視できなかった。落とした視線の先に、雪の上に落ちる涙が見える。

「本当は、祥子は大学入試に失敗して竹内君とは同じ大学には通えないはずだった。そして、私が竹内君と同じ大学に入れれば、チャンスはあるかもと思ってた。国文科に合格すれば、もしかしたら美由紀を合格枠から振り落とせるかも知れないとも思ったわ。でも、二人は入学してきた。私にできることといえば、できるだけ竹内君を美由紀から遠ざけるために、美由紀と同じサークルに入ることぐらいだった」

それで瑞穂は、美由紀と同じ同人誌やミニコミ誌を発行するサークルに入ったのかと徹は思う。機先を制されたように感じたが、まさにそういう意味があったのだ。

「でも、竹内君と祥子の仲は一向に悪くならないし、美由紀も次第に竹内君に近づいてくる。本当に絶望的だったわ。何のために高校生に逆戻りして、好きな人と毎日顔を合わせられるようになったのかってね。そんなとき、思い出したの。今日の地震のことをね」

…やはりそうだったのだ。瑞穂は、今日の地震のことをわかっていて、祥子と美由紀をスキー旅行に誘った。そして、地震発生の少し前にホテルから脱出したのだ。二人だけをホテルの倒壊に巻き込むために。

「つまり高橋さんは、徹を自分のものにするために、二人を殺そうとしたってことなのか?」

卓也が問い詰める。そして、瑞穂との距離を詰める。何が起こるかわからないこの状況だ。場合によっては瑞穂を取り押さえなければならないかも知れない。

「そうよ。そうすれば私だけになる。それしか方法はないじゃない!」

そう言うと瑞穂は、肩から下げているポーチから何か光るものを取り出した。

「それが叶わないなら、こうするしかないのよ。もう、祥子と笑い合って話す竹内君を見るのはいや。美由紀を目で追いかける竹内君を見るのもいやなの!」

瑞穂がそう言って徹の胸に向かって光るものを振り上げ、振り下ろした刹那、卓也がその間に割って入った。背中に深々とその果物ナイフが突き刺さる。

「…あうっ!」

卓也はうめくと、片膝を雪の上につく。

「卓也!」

「卓也君!」

徹と清美が同時に叫ぶ。

「高橋さん、こんなことしちゃ、ダメだよ。未来は決まっているものじゃない。どうなるか、やってみなきゃわからな…」

そう言うと卓也は、そのままうつ伏せの状態で雪の上に倒れた。徹が卓也を抱きかかえる。清美が駆け寄ってくる。

「徹、こんな未来にはしちゃいけないね。僕らはこんな未来を望んではいなかった」

卓也はそう言うと、徹の目を見た。

「頼みがあるんだ、徹」

「あまり喋るな、卓也。片瀬さん、救急車を!」

あわてて清美は携帯で電話を掛ける。背中に刺さったナイフを抜こうかと徹は思ったが、抜くと大量に出血するかも知れない。

「やばいな、目がかすんできた…。徹、よく聞いてくれ」

「ああ、何だ?」

「実は、今日は僕が未来から飛ばされた日なんだ。こっちでは雪だけど、東京のほうでは雨が降ってる。飛ばされてきたその日、僕はずぶ濡れになって家に帰った。色々考えてみたんだけど、飛ばされてきたのはそれが原因かも知れない」

「そう言えば、俺も飛ばされてきた日にずぶ濡れになった。その日は高橋さんにも会ったが、やっぱり濡れていたな」

「やっぱりそうか。科学的な根拠はひとかけらもないけど、それが原因かも知れない」

徹は卓也を横に抱えていたが、仰向けの状態にして上半身を起こすように抱えなおした。このほうが卓也は息をしやすいだろう。手に何か温かいものを感じて、手のひらを見る。それは、卓也の血で濡れていた。

「僕にもしものことがあったら、申し訳ないけどもう一度徹がやり直してくれないか」

なるほど、今日がその日だということなら、可能性はある。徹は力強く頷いた。

「ああ、わかった。こんな未来を作るために、俺たちは頑張ったわけじゃないからな」

「僕のポケットに車の鍵がある。清美ちゃんから家には連絡をしてもらうから、もしもの場合には頼むよ」

徹も免許は取り立てだが、初心者というわけではない。都内に住んでいるので必要性を感じず、自家用車は買っていないが、取引先に営業車で向かうこともしばしばあった。

「わかった。じゃあ、急がないといけないな。あとのことは、片瀬さんに任せよう。お前は心配だが、仕方ないな」

そう言うと、徹は清美を呼んだ。

「ごめん、卓也を頼めるかな。実は今日は、卓也が過去に飛ばされた日なんだ。もしもの場合は、俺がもう一度飛ぶことにするよ」

「えっ、過去への戻り方がわかったの?」

「確証はないけどな。多分戻れるんじゃないかと思う」

「わかった。でも、卓也君が無事なら戻らなくてもいいんだよね?」

「そうだな。病院で処置をしてもらって、状況を俺に連絡してくれ」

「うん、でもね…困っているの。救急車が到着するまでに、随分時間がかかりそう。地震で沢山の人が怪我をして、要請の電話がかかっているみたいで」

徹は卓也の様子を確認した。意識はあるが、肩で大きく息をしており、かなり辛い様子だ。辺りを見回したが、タクシーの姿は見つけられない。

その時、ずっと座り込んでいた瑞穂が立ち上がると、涙を拭いて二人に声を掛けた。

「私が車で病院に運ぶわ。私がしたことだもの。浅野君、本当にごめんなさい」

卓也は薄く目を開くと、瑞穂に微笑んだ。

「わかった。じゃあ、高橋さんの車に卓也を運ぼう。二人とも手伝って」

瑞穂が車のハッチバックドアを開け、後部座席を倒す。徹が卓也を背負い、清美が卓也の両足を抱えて卓也を車に運ぶ。そして、平らになった後部座席に横向きに寝かせた。

「じゃあ、頼んだよ。雨が止む前に俺は行かなきゃ」

卓也に寄り添って後部座席に乗り込んだ清美に声を掛けてドアを閉めると、徹は預かった鍵を握りしめ、卓也の乗ってきた車に向かって駆け出した。

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