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過去を掴んだ男たち  作者: 榊原高次
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二十一

二十一

カーナビに従って、車を走らせた。スピードはコンスタントに時速100キロを超えている。自然にハンドルを持つ手が汗ばんできていた。胸ポケットの携帯電話は、あれから一度も震えていない。徹は、瑞穂とも連絡がついていないのだろう。

これから起こる地震のことを清美に説明するには、自分たちの経験してきたことを話さないわけにはいかなかった。以前の自分がまさに今晩、2年ほど前に飛ばされたということ、徹は13年もの時間を遡ったこと、そして以前経験した時間とは違う時間が流れていること。清美は驚いたようだが、何も言わず卓也の話をじっと聞いていた。

「それで、今晩長野で地震が起こることを知っているのね」

卓也の長い説明が終わってから暫くの沈黙が流れたあと、清美は漸く口を開いた。

「そうなんだ。そして、倒壊するホテルに菊池さんや高橋さんたちが泊まっている」

美由紀のことは、話せないでいた。清美は美由紀のことを知らないはずだ。そして、将来清美が事故で亡くなってしまうことも、もちろん話せないでいた。今は、三人を救うことが先決だ。徹が連絡をつけられずにいるのなら、三人はホテルにまだいると考えざるを得ない。

時刻は7時を回った。カーナビが示すホテル最寄りのインターチェンジまであと10キロ。ホテルまではあと25キロを切った。到着予定時間は7時42分と表示されているので、このままいけば地震発生前に到着できることになる。

清美は自宅へ電話を入れ、帰りが遅くなることを話したようだ。卓也と山梨県の遊園地へ行くことは予め話していたようで、母親は気をつけて帰るようにとだけ言ったという。まだこの時間軸では、卓也は清美の母親に挨拶をしたことはなかったが、入試問題をプリントアウトしてもらったときに会話をしたときの様子を思い浮かべ、心の中で苦笑した。きっとあの母親は、清美の恋愛を応援してくれているに違いない。

「ひとつ聞いてもいいかな」

電話を切った清美が、口を開く。

「時間を遡る前の卓也君も、私のことを好きだったの?」

「うん、もちろん。高校一年のときの文化祭で見たときから、ずっと好きだった」

「あ、メイド喫茶?」

「そうだよ。でも、以前の僕は勇気がなくて、話しかけることもできなかった。漸くまともに話ができたのは、僕が大学を再受験しようとしていたときなんだ」

「えっ、卓也君はその時には受験に失敗してたの?」

「恥ずかしながら。で、仮面浪人をしながら受験勉強をしていて、本屋で偶然清美ちゃんと会ったんだ。そして清美ちゃんは、自分の家で最新のセンター試験問題を出力してくれた。こうして今、無事に志望大学に合格できたのは、清美ちゃんの協力があったからだよ」

「そうなんだ。でも、身に覚えがないのに、感謝されるっていうのも、何だか変な気分」

「そうだろうね。でも、やっぱり言えるのは、その時の清美ちゃんも今の清美ちゃんも好きだってこと。僕にとっては、同じ清美ちゃんだよ」

「ありがとう。何だか不思議な気分だけど、やっぱり嬉しい」

清美は恥ずかしいのか、下を向いている。車は、インターチェンジを降りて、一般道に入った。

「何だか寂しいところね。お店とかありそうなものだけど、何もないよ」

「スキー場近くの山の中だしね。お腹空いた?」

「ううん、あんまり。非常事態だしね。でも、目の前にファミレスなんかがあったら、お腹が鳴るかも」

「あ、あそこにコンビニがある。急いでおにぎりでも買おうか。少しだけど時間に余裕はありそうだし」

卓也がコンビニの扉近くの駐車スペースに車を停めると、清美は急いでドアを開け、外に飛び出した。


甲府で特急列車を降り、松本行きの列車を待つ。ここから列車に乗ってしまえばおよそ50分で目的のホテル最寄りの駅に到着するのだが、乗り換えの待ち時間が20分近くもあった。時刻は7時30分を回っている。

祥子からも瑞穂からも、一度も連絡は来ない。何度掛けても留守電サービスにつながるだけだ。徹は苛立ちを隠せず、喫煙ルームの壁を蹴った。すぐ近くの待合室で同じ列車を待っている女性客が、驚いてこちらを見ている。徹は軽く会釈をした上で視線に背を向け、壁にもたれて煙草に火をつけた。

…そうだ。ホテルに電話をしてみよう。

徹は携帯電話のウェブ検索で電話番号を調べると、ホテルへ電話を掛けた。今まで祥子と瑞穂の携帯電話にばかり掛けていたが、ホテルに掛ければ繋いでくれるはずだ。何故もっと早く気づかなかったのだろう。

「はい、ホテルグランドヒュッテです」

数回のコール音の後に、ホテルのフロントに繋がった。

「すみません、竹内と申しますが、そちらに宿泊している菊池祥子をお願いしたいのですが」

はやる心を落ち着かせながら、取り次ぎを頼む。

「はい、少しお待ち下さい」

フロントの女性が丁寧に応対すると、暫く携帯電話は無音となった。……長い。徹の苛立ちは、さらに募ってくる。その時、ホームの端に松本行きの列車が滑り込んでくるのが見えた。喫煙室を出ようと荷物を持ったその時、ガチャッという音の後に先ほどの女性の声が聞こえた。

「お部屋にはいらっしゃらないようですね」

「チェックインはしているんですね?」

徹はプラットホームへと足を進めながら尋ねる。

「ええ、5時前に三人でチェックインされています。お食事かご入浴ではないでしょうか。ご伝言があればお伺いしますが」

「すみません、ではお願いします。竹内がそちらに向かっているので、駅まで迎えに来て欲しいと伝えていただけますか」

「承知しました。お急ぎならば、メモをお部屋のドアに挟みましょうか?」

「お願いします。助かります。8時過ぎに駅に到着するとも伝えていただけませんか」

「承知しました。お気をつけて」

徹は電話を切ると、松本行きの列車に乗り込んだ。乗客はまばらだ。ドアの近くの席に腰掛ける。時計は、7時55分を指そうとしていた。

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